猫の飼い方

戻る

職場の同僚が見せてくれた写真には、ボールと戯れるかわいらしい子犬が写っていた。
もういたずら盛りで……と眉根を寄せる彼女は、それでも愛しそうに写真を撫でている。
彼女の表情と写真とを交互に微笑ましく見つめていたら、同僚が思い立ったように、
「スタンさんは何か飼っていらっしゃらないんですか」
と訊いてきた。なのでとっさに、
「俺は……」
いない。そう答えかけたが、一瞬頭に浮かんだ姿にすぐ言い直す。
「いるよ。猫」
――――それもとびきり綺麗で、上等で、可愛げのないのが。
そう言えば、同僚は「まぁっ」と眼鏡の奥の目を愉快そうに細めた。
















「遅い」
家に帰ったとたん、玄関先で仁王立った"猫"に出迎えられた。
柳眉を逆立てる様は、きれいな分迫力がある。
対するスタンも、同じように眉を寄せて視線を受け止めた。
緩慢な動作で靴を脱ぎながら、"猫”をにらみ返す。
「しょうがないだろ、今日残業だったんだから」
「ここのところ、いつもそうだな」
あからさまに疑いの眼を向ける"猫"に鞄を押しつけ、スタンは居間へと向かう。
"猫"はまだぶつぶつ言いながらそれでも大人しく鞄を手にくっついてくる。
スタンは案外素直なその態度に、先ほどの気分の悪さも忘れ、軽く笑った
「悪いな。三月、四月は引き継ぎやら何やらが多くてさ」
事実、この一週間と言うもの引き継ぎやら転退職する者の後始末やらに追われていた。
元々人の少ない部署なので、一人一人に伸し掛かる仕事の量は多い。
午前様は当たり前。一昨日なんて会社に泊まり込んだほど。
今日だって、終電に乗れたのは奇跡的な事だ。
「食事はどうする」
「貰う。風呂は?」
「入ってる」
なんだかんだ言いながらコートを脱がせてくれる"猫"の甲斐甲斐しいそぶりに、スタンは浮かび上がる微笑を押さえきれなかった。

















スタンが"猫"に――――リオンに出会ったのは、まだ雪のちらつく二月の終わり頃だった。
いつものように仕事帰り、コンビニに立ち寄って帰ってくると、マンションの入り口で誰かが倒れていた。
驚いて駆け寄り、体を揺すってみたが返事はない。
怪我はしていないようだった。ただ、ひどく衰弱している。
スタンは逡巡した。
このまま警察を呼ぶべきか。それとも救急車を呼ぶべきか。もしくは、管理人に連絡するのが先か。
どうするべきか迷い続けるスタンの耳に、突然けたたましい音が聞こえた。
誰かが通報したのか。遠くから聞こえるパトカーのサイレンにはっとして立ち上がるスタン。
その腕が、何かに引っかかる。
引っかかったのは、今まで意識が無いと思っていた青年のものだった。
無意識のうちか。青年は力強くスタンの腕を握る。
顔は相変わらず紙のように白く、息も荒い。
危険だ。一刻も早く、保護しなければならない。
サイレンの音が、だんだんと近づいてきている。
スタンは――――。
迷わず青年を抱きしめ、買ってきたコンビニ弁当を打遣らかすと雪の中を走り出した。



















夜中に突然駆け込んだにもかかわらず、子供の頃から世話になっている主治医は何の詮索もせず少年を診てくれた。
医者の言うことには、空腹による栄養失調らしい。
点滴を打って美味いものを食わせてやれば大丈夫だと言われ、スタンは胸をなで下ろした。
その様子を見て、青髪の医者は可笑しそうに笑う。
「まったく。昔からおまえは変なものばかり拾ってくるな」
人間は初めてだけれど。
幼なじみでもある医者の言葉に、スタンはぐぅの音も出なかった。
そのまま数日間、拾いモノは入院した。
スタンも、拾った者の義務として会社が終わるとすぐ病院に駆けつけた。
青年は意識を取り戻した最初の方こそ迷惑そうにスタンを迎えたが、数日もすると態度が柔和になってきた。
スタンも、単純にそれを喜んだ。
青年はよく喋ったが、話の内容は主にスタンがどこで何をしているかに絞り、自分の身分やなぜマンションの前で倒れていたかなどは全く話そうとしない。
スタンも、あえて詮索はしなかった。
必要がないと思ったからだ。
成り行きで助けてしまったとはいえ、入院が終われば青年は自分の場所に戻ってゆくはずだ。
縁はたぶん、そこでとぎれる。
ならばあえて詮索せず、せいぜい退屈な入院生活の気晴らしにつきあってやろう。
そう、スタンは楽観視していた。
まさかこの小さな気まぐれと善行が、これまでの平凡な人生を180度変えてしまうなど、夢にも思わずに……。















青年が退院してから一週間後。
残業で心身ともにぼろぼろの体を引きずり帰宅したスタンを迎えたのは違和感だった。
誰もいないはずの部屋に、なぜか明かりが煌々とついている。
会社へ出かける前、確かに電気を消したのを確認した。
さらにスタンは一人暮しだ。鍵を預けるような彼女はもう何年もいない。
両親は幼い頃すでに他界しているし、唯一の肉親である妹も若くして結婚し、今は旦那と一緒に異国の空の下である。予告も無しに現れるなんて考えられない。
スタンは慎重に空気の違う我が家を探り歩く。進むたび、違和感が喉に引っかかった小骨のようにちくちくとする
なぜか見知らぬ小物が増えている。なぜか台所からいい匂いがする。なぜかベッドルームから音楽が聞こえる。
スタンはいつ襲われてもいいよう鞄を盾代わりに構えてベッドルームへ続くドアを開けた。
すると、なぜだか今朝まであったはずのパイプベッドは姿を消し、代わりに部屋半分もあるキングサイズのベッドがお出迎えしてくれた。
ベッドの上には、違和感の極致がのんびり雑誌をめくっている。
「あぁ、遅かったな。食事はできてるぞ」
尊大な口調でのたまう元・拾いモノの顔面めがけ、スタンは絶叫と共に明確なコントロールで鞄を投げつけた。

あとがき

五周年連続更新企画作品。
同人界ではありがちな「きみはペット」ネタ。
以前スタンペット化話(HPには上げていません)を書いたことはありますが、
今度は逆。
じっくり目を凝らすとフィリアやディムロスらしき人物に出会えます(笑)

戻る