曇天注意報

/戻る

「む」
部屋に入った途端、イクティノス少将は柳眉を顰めた。
机に突っ伏している人物の姿を認めたからだ。
記憶のページを手繰る事無く、その人物が同じソーディアンチームに属するディムロスの養い子、スタン上等兵と分かった。
分かったはいいが、しかめっ面は解けない。
いくらディムロスの養い子というか秘蔵っ子というか溺愛っ子とはいえ、一上等兵が神聖なる会議室で何をしているのか。
――――いや、何をしているのかは見れば分かる。
イクティノスは少し荒々しく部屋の電気をつけると、大またでスタンに近づいた。
「エルロン上等兵」
冷静沈着な声の裏に珍しく苛立ちを滲ませ、呼びかける。
しかし太平楽に眠りを貪るスタンは、それに応じない。
「起きたまえ、エルロン上等兵」
再度、今度はもう少し強く言ってみる。
しかし結果は同じ。
青年のまぶたは目覚めるどころかピクリとも動かない。
いつまでも眠りにしがみ付いたままのスタンの様子に、本来使用頻度の少ないイクティノスの頬の筋肉が引きつる。
普段から冷静沈着が服を着て闊歩していると称される事の多いイクティノスであったが、なぜかスタン相手ではいつもの調子が出ない。
ありていに言えば苦手だった。
もちろん、スタンの前はおろかどんな人間の前でも、そんなことおくびにも出さなかったが。
苦手な理由は色々考えた。
ライバル視されているディムロスの養い子だからか。あるいは、階級の差など気にもせずにずうずうしく――――人懐っこく話しかけるスタンの態度のせいか。
あるいは、もっと別の理由か――――。
(くだらない)
イクティノスはとめどなく思考を侵す思いに頭を振った。
くだらない。あまりにくだらない。
実りのないどうでもいい事に囚われるなど――――。
「くだらない……」
苦いものを吐き捨てるように呟いて、イクティノスは再びスタンに視線を合わせた。
状況は先ほどと変わらない。
常々シャルティエがお気に入りだと言って憚らない青い目はぴったり閉じられて震えもしないし、奇麗事ばかり吐く唇もいまはただ寝息しか零さない。
良くぞここまで爆睡できるものと関心さえしてしまう。
「せめて、気配くらい悟れるようにならないか……」
いつ天上軍が襲ってくるか知れない戦況でこの無頓着さ。
無防備だ。あんまりにも無防備すぎる。これなら、いつ襲われてもおかしく――――
「っ!」
一瞬頭に浮かんだ映像に、イクティノスは呼吸を止めた。
普通、「襲われる」と言えばモンスターや敵に「殺される」場面を想像するはずだ。
しかし、一瞬イクティノスの脳裏に浮かんだ襲われるスタンの姿。
それはまさしく「殺される」と言うより「犯される」姿で――――。
自分で自分が信じられなくなった。
ディムロスやシャルティエではあるまいしなどど、本人達が聞けば憤怒必至な事まで考える。
しかし、一旦脳裏に焼きついた妄想は消えるどころかますます過激さを増してゆく。
強大な敵を前にしても退いたことのない足が、一歩一歩後ろにずり下がる。
「――――ッ!」
とうとう堪えきれなくなったイクティノスは、念頭にあった会議の事などそっちのけで廊下に飛び出た。
とある兵士は後に語る。
彼の通った道には、点々と赤いモノが続いていたと――――。




















「……」
部屋に入ったディムロスは、部屋の暗さに眉を顰めた。
カーテンを閉め切っていたので仕方がない。かといって、開いていても外は暗雲。明るさに大差はない。
その薄闇の中、ディムロスの目は見慣れた金髪頭を捕らえる。
よく見知った青年―スタン―が、机に突っ伏して惰眠を貪っている。
見慣れた部屋。見慣れた寝汚い姿。見慣れた光景。
しかし。ディムロスは首をひねる。
何かが違う。どこかが違うと。
疑問を明確にするため、壁にあるスイッチを押すと、ニ、三度明かりが瞬いて部屋の中は明るくなった。
急に部屋に明るくなったにもかかわらず、スタンは身じろぎ一つしない。
その姿に、ディムロスは疑問を確信に変え、改めて部屋の中を見回した。
ゆっくりと部屋全体に行き渡る視線は、ある一点――――普段リトラー指令の立つ壇に止まる
「……おい」
零れた声は静かで、それでいて冷たかった。
一点を凝視する目は揺らがない。
「おい――――これはどういうことだ。居るのはわかっているんだぞ。……ハロルドッ」
一喝は大気を震わせ、戦慄かせる。
余韻が消え去るのと同時に、壇の裏からピンク頭がひょっこりと顔を出した。
「あーら、バレちゃった?」
可愛らしく小首を傾げて見せるものの、ディムロスの視線は絶対零度のまま上がりそうにない。
しかしそれを特に気にした様子も無く、ハロルドはディムロスではなくスタンの前でぴたりと足を止めた。
「――――いつから気付いてたのかしら。後学のために、ちょっと教えてくンない?」
「はじめから――――と言えばウソになる。実際は数分たってからだ」
淡々としたディムロスの言葉に、ハロルドは猫のように眼を細めた。
「さァッすが、親バカ。他はずぅっと気付いてなかったのに――――。うん、さすが」
凄い、凄いと珍しく手放しで賞賛するも、どこか根底にからかいが混じっているように感じてならないのは、普段のハロルドの所業のせいか、はたまたディムロスの被害妄想か。
堂々巡りの思案は、ハロルドの底抜けに明るい声で遮られた。
「よくできてるでしょー、コレ」
胸を張って、得意げに机の青年を指す。そして、突然手をスタン目掛けて振り下ろした。
青年は目覚めなかった。
それどころか、"体に手を突き入れられても"グースカぴーすか眠っている。
ハロルドが体の中で手を振るたび、スタンの姿は漣を起こし、揺れる。
ディムロスは目の前の光景に眼を見張ると、やがて吐息と共に呟く。
「幻……?」
「正確には、"ホログラム"って言うの」
ディムロスの答えを、ハロルドは正確に修正する。
しゃがみ込んだハロルドが足元でごそごそ動いたかと思ったら、スタンの幻が消えた。代わりに立ち上がったハロルドの手には、ちいさな機械が納まっていた。
「さて、問題。地上軍【ウチ】が天上軍に負け越しているのは何が原因でしょう。お分かりかしら?ディムロス中将」
手の中で機械を弄びながら、挑発するようにハロルドはディムロスを見据える。
挑まれたディムロスは、間を空けずに口を開く。
「――――圧倒的戦力の差」
答えはたやすく出た。
「向こうはいろいろな意味での"プロ"が多い。こちらは大部分が素人の寄せ集め……。数も質も絶対的に不利だ」
言い終えて、ディムロスは下唇を噛んだ。――――苦い事だが真実だ。
ハロルドはそんなディムロスの悔しそうな顔を見て、鼻を鳴らす。
「不利は不利だけど打開策がないわけじゃない。質に関しては今すぐにって訳にはいかないけど……数に関しては何とかなるわよ」
「それがこのホログラムだと」
ディムロスはハロルドの手の中の小さな機械に眼をやる。
眇めた視線に、先ほどの礼もかねて不信感をありったけ籠める。
ハロルドはそれを真っ向から受けると、また得意げに鼻を鳴らした。
「精巧さはさっきので証明済みデショ。敵の眼を欺くくらいならできる。いまはまだ映像だけだけど、その内音声も出るようにするつもりよ。……触られたらバレるってのも、今後改良していくにあたっての課題の一つね」
「……それで?」
一人で言って一人で納得しているハロルドを前に、ディムロスの声のトーンが下がる。
マグマのように煮えたぎる怒りを無理やり押し込めているせいで、声がどうしても震える。
「だからなんだ。私の質問には答えてもらっていない」
「答えたじゃない。"どうして、こんなホログラムを作ったか"」
「私が聞きたいのはそこじゃない。聞きたいのは――――なぜスタンを使ったかだ!」
机を一発殴りつける事によって、怒りを発散する。しかしそれは、僅かなもの。腹の虫はそうたやすく収まらない。
常日頃、イクティノスのように冷静になろうなろうと勤めているディムロスの久しぶりに見せた本気の怒りに、並みの人間なら、ここで泣き出すなり失禁するなり気絶するなりの反応を返すだろう。
だが、残念ながらハロルドは"並の人間"ではなかった。
年よりは――――というより、もはや年齢不詳の幼い顔を可愛らしく傾げて、
「あえて言うなら、趣味?」
その一言でディムロスはぶちキレた。
「ハロルドォッ!」
獰猛な獣のごとくハロルドに掴みかかろうとしたディムロスであったが、そう簡単にハロルドがつかまるはずも無い。
ひらりひらりと気まぐれな蝶の様に、軽やかにディムロスの手を入り口まで逃れると、ハロルドは唐突に振り返って、
「ほーんと、スタンの事になると余裕無くなるのねぇ。……みんな」
「最後のはどういう意味だー!」
――――時は正午。地上軍本部会議室前。
華やかにして高慢な女性の高笑いと、低音にして悲痛な男性の咆哮とが二重奏のように重なり合い、灰色の空に響き渡った。

あとがき

三周年連動企画より。
内容は、
『「晴天注意報」の対になる感じで。 転地戦争時代にスタンはいます。
ソーディアンメンバーの誰かが会議室の前を通りかかると、 中ではスタンがグッスリ眠っている。
チョッカイを出そうとするが、次々と撃退されていく。 最後にディムロスがやってきて、スタンを見て後ろを向きハ ロルドを呼ぶ。
落ちはハロルドで。』
えーと、イクティノスがむっつりになりました。
いや、最初はそんな気無かったんですが、筆がすべりに滑ってこの結果に……
何気にディムロスと被る所も(汗)
あと、タイトルあんまり関係ないです。
ただ「青天注意報」と対な感じにしてみたかっただけ。
リクくだすったお方。こんな形になってしまってすみません(泣)
もっと個人個人の個性を書き分けられるように努力します。
そして実は裏に続きます(笑)まだ書いてないけど。

/戻る