曇天注意報

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「おや、まぁ」
薄暗い部屋の中見慣れた、しかし居てはならない人物の姿を認めて、シャルティエは思わず苦笑をもらした。
薄闇にぼんやりと光る金の髪。遠い記憶の底にある空と同じ色をしたシャルティエお気に入りの目は、今は安らかに閉じられている。
机に突っ伏して惰眠を貪っているのは、地上軍上等兵であり、ソーディアンチームに籍を置くディムロム中将の秘蔵っ子、スタンであった。
今日は確か、ソーディアンチームにのみ緊急の会議とかで招集が掛けられたはずだ。
当然、いくらスタンがチーム全体に可愛がられているとはいえ、一上等兵にお声がかかるはずもない。
「眠くなって、適当な部屋に飛び込んだって所かな?」
容易に想像のつく光景に、シャルティエは小さく笑いを零した。
そしてそのまま、そっとドアを閉める。すると、闇はいっそう濃くなる。
別に灯りをつけてもいいのだが、それはなぜか躊躇われた。
「スタンくん」
足を忍ばせ近づき、声をかけるも起きる気配など無い。
もう少し声を大きくして見るが反応は同じで、これでは苦労するはずだと、シャルティエは育ての親に対して同情を禁じえなかった。
「スタンくんってば」
目線を眠るスタンと同じに合わせる。
思ったよりもまつげが長いと、シャルティエは初めて知った。
「あんまり無防備だと――――悪戯しちゃうよ?」
可愛らしく首を傾げて問うも、当然、返事はない。
シャルティエの口元の笑みはいっそう濃くなる。
「返事がないってことは、いいんだよね」
勝手に解釈すると、零れそうになる笑いを必死に堪えて、シャルティエはさらに顔を近づける。
残り数ミリにまで近づいた、瞬間。
「ぐッ!」
星が誕生するかのような爆発的な光が目から飛び出し、シャルティエの意識を飲み込んだ。



















「っと」
カーレルは一瞬部屋に入るのを躊躇った。
部屋の中央で、見慣れた金髪が、これまた見慣れた姿で眠っている。
「スタン君……」
自身に確認するように、カーレルはポツリと呟く。
ドアから差し込む明かりが、金の髪に照りかえる。
ドアが開けっ放しだった事に気がついたカーレルは、ゆっくり音を立てないように扉を閉めた。
昼日中であってもけして太陽の光が届かない部屋は、たちまち暗闇に包まれる。
しばらく佇んでいると眼がこなれてきて、スタンの寝顔まで覗きこむ余裕が出てきた。
余裕が出ると疑問が湧く。なぜスタンがこんな所にいるのか、カーレルは首をひねった。
「起きなさい。スタン君」
呼びかける声はけして大きくない。
起こして理由を聞きたいと思う反面、安らかな寝顔をもっと見ていたいという相反する気持ちが、如実に出ていた。
「困ったな」
言って、カーレルは眉を下げた。
声だけでは埒が明かない。
困り果てたカーレルの目に、吐息を零すスタンの唇が映る。
薄く開かれたそこから、僅かに赤い舌が覗く。
柔らかそうだな――――。
ちらりと浮かんだ感想に、カーレルは自分の事ながらギョッとして、思わず周囲を見回す。
挙動不審な行動は、改めて二人きりなのだと再確認するだけに終わった。
恐る恐るもう一度視線をスタンに戻す。
青年は、カーレルの心中など知るよしも無く、相変わらず深い眠りの国に旅立ったままだった。
「す、スタン君」
渇いた喉から飛び出した声が、知らずに鶏のように裏返る。
しかし、胡乱な雄鶏の目覚ましでは起きるはずも無い。
「スタン……君。起きなさい、スタン君」
呼びかけながら、そっと顔を近づける。
いつの間に、部屋の温度が上がったのだろう。近づくたびに顔が熱くなってゆく。
「起きなさい……」
言いながら、だんだんと語尾がかすれてゆく。
「スタン君」
とうとうカーレルの吐息が、スタンの唇を撫でた。
0.5秒後。
会議室から控えめな、けれど聞き間違えようの無い打撲音が漏れて――――消えた。

あとがき

三周年連動企画より。
あまりに長くなったので二つに分けました。
なんだかカーレルがチキンでごめんなさい(汗)

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