突然だった。 
本当に突然だった。 
目の前に、魔物が降ってきたのは――― 
旅を続けてきてこんな事何度もあったが、パーティの守り神とも言うべきレナが回復したてで気が抜けていたせいか、体勢をとるのに少々手間を取った。 
さらに場所も悪かった。 
あろうことか、相手は人の多い街道で襲い掛かってきたのだ。 
逃げ惑う人に揉まれ、思うように動けない。 
―――最悪の状態で戦闘は始まった。 
       
       
       
       
       
       
「づっ!」 
空から矢のように降る衝撃波。 
浅い傷が幾つも出来る。 
翼を持つ魔物が見下ろしている。 
その目には翼を持たぬ者への嘲りの色があった。 
ここまではこぬまいと、地上の獲物を嗤っていた。 
「こンのっ・・・吼竜破!!」 
剣に溜めた怒りと氣を、敵にぶつける。 
放たれた氣は青白い竜に変化し、魔物の翼を落とした。 
紫の体液で地を染めながら、魔物は怒った。 
『ゲゲッ・・・ゲ・・・』 
片翼ではうまく飛べないのか、ふらふらと居場所が定まらない。 
体が翼の無い方に傾き、高度が落ちる。 
瞬間、クロードが無言で地を蹴った。 
そのまま相手の脳天目掛け剣を振り下ろす。 
濁った目に自分と青空が映る。 
そのまま、重力に従い魔物を地面に叩きつける。 
頭を割られた魔物は、そのまま紫の砂と化し崩れ去った。 
だがその様をクロードは見ていなかった。 
       
      次の敵に狙いを定める。 
      次は銀の体毛を持つ獣。 
(狼に似てるな・・・) 
クロードは近付きながら思った。 
しかし人のように進化した手足は獣ではありえない。 
剣の柄を握り締める。 
気配に気づいた魔物がこちらを向く。 
最小の動きで確実に仕留められる場所・・・ 
首。 
「はぁっ!」 
走り出した勢いのままに剣を突き出す。 
が。 
「なっ」 
剣の先には実体がなく、数本の銀毛が散らばっていた。 
顔の横を生臭い息が通る。 
振り返ろうとした刹那、 
「うああっ!」 
敵の鋭い歯が肩に食い込んだ。 
相手がそのまま食いちぎろうと強靭な顎を振り回す。 
そうはさせまいと、クロードは足を踏みしめた。 
己の生暖かい血が体を伝う。 
押さえ込もうとする相手の爪が腕を掴む。 
噛まれた方の腕に感覚が無くなって来た、その時。 
「エナジーアロー!」 
空間から現れた幾つもの負の槍が敵の体を突き刺した。 
『ギャゥン!!』 
牙が離れる。 
その隙を逃さず、クロードは振り返り、相手の心臓を貫いた。 
『グ・・・・・・ガゥ・・・』 
数度の痙攣のあと、崩れ落ちる体。 
クロードは剣を抜くと、自分と相手のもので出来た血だまりに膝をついた。 
ぐらりと頭が揺れる。 
何か詰めたように耳が遠い。 
「クロード!」 
一瞬レナの声が鮮明に声が届いた。 
同時に他の声も・・・ 
『ブラックセイバー!』 
声の方からこちらに向かってくる闇の刃。 
それがスローモーションのようにゆっくりと映る。 
(殺られる!) 
クロードは反射的にぎゅっと目を瞑った。 
       
       
      
      
  
(・・・?) 
だがいくら待っても予想していた衝撃はやってこなかった。 
恐る恐る硬く閉じていた目を開く。 
そこに見たのはレナが寝込む羽目になった張本人の後姿だった。 
       
      
      
  
「なぁにやってんだよ、こんな雑魚に」 
「―――ウルルンッ!!」 
今は人の形をとっている魔竜の片割れは皮肉な笑みを浮かべて、クロードを見下ろしていた。 
「クロード!!」 
      慌てて駆け寄ってきたレナが手早く回復章術をかける。 
クロードの傷は見る間に癒えていった。 
「ウルルン、レナ、ありが・・・」 
「礼は後だ」 
クロードの声を遮り、ウルルンは再び前を見据えた。 
その先には、主の命に従いこちらに突進してくる獣の姿があった。 
「来るぞ!」 
「レナは下がってて!」 
叫ぶが早く、二人は獣の群れに突入していた。 
鋭い爪をかわし、腹へ剣を突き立てる。飛び散る血で他の敵の目をつぶし又一匹。爪が頬を掠るのを気にもとめず顎へ一撃、地響きを立て敵が倒れる。 
圧倒的な数の獣を徐々に、だが確実に減らしてゆく。 
ちらりと、意識を近くで戦っているウルルンに向ける。 
ウルルンは舞うような動作で敵を倒していた。 
      いつの間にやら伸びていた爪が敵の体を引き裂く。と、同時に傷口から敵の体が凍り始めた。動きが鈍くなる相手に容赦ない一撃。背中から襲い掛かってきた敵が首に噛み付こうとした。だが敵は動かなかった。動けなかった。ウルルンの体をまとう冷気が獣の開いた口から体を凍結させていた。一瞬ウルルンがにやりと笑う。凍りついた体を、振りかぶった手刀で薙ぎ払った。跳ねた首は血を吹く事無く、大地に付いた途端砕け散っていた。 
       
「―――さてと」 
ウルルンの声に、クロードははっとした。 
気がつけば敵は全滅している。 
そして周りを見渡してみると誰もいない。 
どうやら魔物騒ぎに他の人間はとうの昔に逃げ出していたらしい。 
「結構楽しかったな」 
うんと伸びをするウルルンの周囲一帯には氷の破片が散らばっている。 
どれも彼に向かっていった敵のなれの果てらしい。 
「もう少し手ごたえがありゃあ尚よかったんだが・・・」 
少し不満げに氷漬けの獣の腕を足で転がす。 
それを聞いてクロードは目をむいた。 
冗談ではない。こっちはこれほど苦戦したって言うのに・・・ 
と、足元を見ていたウルルンがクロードのほうを向いた。 
そのまま笑みを浮かべて歩み寄る。 
「お前結構やるなぁ」 
「え、あ、ありがとう」 
プライドの高い魔族が他の種族、特に下等と思われている人間を誉めるなど滅多にない。 
だがその事を知らないクロードは純粋に喜んだ。 
「ウルルンもすごく強いね」 
「ま、当然だろう」 
そう言って胸を張る。 
少し子供っぽい動作に、クロードは微笑した。 
「でもやっぱりまだまだだな」 
言うと、ウルルンはクロードの頬に手を伸ばした。 
「いっ」 
ぴりりと走る痛みに、クロードはびくりと身を引いた。 
「あんな奴等相手に怪我を負うなんて」 
「―――ちょっと油断しただけだよ」 
クロードはウルルンの手を払い、苦笑した。 
「血が垂れてる・・・」 
眉を寄せたウルルンの顔が近付く。 
目線は、クロードより若干低い。 
クロードは何が起こるのか分からず、されるがままになっていた。 
そしてそのまま・・・ 
『あ――――!』 
其処此処で起こる悲鳴、嬌声―――殺気。 
だが当の本人、クロードは声も出せぬほど吃驚していた。 
ウルルンが、頬の傷を舐めた。 
しばし呆然としていたが、やがて動き始めた舌にやっと我に帰る。 
「ちょ、ちょっと・・・!」 
体を押すと、相手は意外にあっさり離れた。 
けれど。 
「お前の血って、結構美味いな」 
にやり、妖艶な笑みを浮かべ、とんでもない事を言い放つ。 
くつくつと悪戯そうな笑いを堪えながら、ウルルンは片割れの元へと行く。 
待っていたギョロは不機嫌そうにウルルンを睨みつけていた。 
それを見ると、ウルルンはよりいっそう楽しそうな顔をして言った。 
「先手必勝、早いもん勝ち・・・だろ?」 
       
       
       
      
      
      
  
その後ろで、クロードは足元に転がる死体より尚深いところで凍り付いていた・・・
      
      
      
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