■Scene/Seven■
「ー!」 頭がまだ現状を認識し切れていない状況で、銀次が飛びついてきた。 処理速度の遅い頭は、さらにオーバーヒート寸前で煙を上げる。 懐かしい体温に図らずも頬が赤らむ。 が。 「うひゃあぁー!?」 銀次を抱き締めかけた手を、無数の絃が襲う。 「カカカ、カヅ……」 「よかったね、。無事で何よりだよ」 菩薩の如き笑顔の背後には、阿修羅の如き憤怒のオーラ。 は花月の無言の脅しに、回りかけた手を万歳の形で固まらせた。 「……どしたの?」 うっすら涙の浮かぶ目で、小首を傾げる銀次に、よもや「貴方の背後にいらっしゃる仁王様が恐ろしいだけデスワ」なんて言える訳もない。 はただ、ぶんぶんと首を横に振るのみだった。 「いよぅ、錆頭」 「げっ!ウニヘビ!?」 第二に恐れていた人物の登場に、は心底嫌な顔をする。 それを見ていた蛮は、非常に楽しそうに顔をゆがめると、 「災難だったなぁ〜。錆頭?」 「……うっさい」 「こーんな雑魚相手に何ちんたらやってたんだよ。俺様だったら五秒だぜ。まっ、テメェは弱ッちい仕方ねぇけどよぉ〜」 (コロス……。後で銀次さんが見てないところでコロスッ!!) ギリギリと奥歯を噛み鳴らし、は常日頃の決意を新たにした。 「おい」 「あっ」 ひょいと顔を上げれば比較的常識人な(あくまでこのなかで)士度が、裏口を指しながら、 「そろそろ逃げた方がいいんじゃねぇか。警察がきたら厄介だぞ」 「うきゅう?何で?」 「警察が来て、この状況を説明できますか?」 花月に言われて辺りを見回す。 ボロボロの状態で床に臥した強盗達。 確かに、誰がやったかと訊かれたら非常に困る。 (もう取調室はイヤーッ) 過去の経験から蘇る悪夢。 ドラマの中みたいに、カツ丼を奢ってももらえず延々同じ事を訊かれる苦痛は、一度だけで十分だ。 (……アレ?) 見回して、初めて気がついた。 「ねぇ、あの子は。――――さっきまでアタシと一緒にいた女の子は……」 「あっ?あの子なら一緒に来た奴らと逃がしたよ」 「警察にあれこれ聞かれたんじゃ、俺らより厄介だろ」 説明も出来ねぇだろうしな、と蛮が言う。 (――――なんだ) せっかくなんだから、一言くらい挨拶してくれればよかったのに……。 は達が出て行ったであろう裏口を見つめて、ほんの少し眉を下げた。 「おめぇら、しばらく息すんな」 「あっ?何やってんのよ、ウニヘビ」 帰ろうと裏口を出かけた達は、後方の蛮に声をかけられ、振り向く。 蛮の手には、小さな小瓶が握られていた。 「卑弥呼ンとっからちょろまかした忘却香だ。行員や犯人から、俺らの記憶を消したほうがイイだろ」 「相変わらずせっこい」 「用意周到って言え」 ここが違うんだよ――――と、自分の頭を指で指す蛮に、はべぇっと舌を出す。 踏み倒されたのであろう見張りの制服警官をまたいで、外にでる。 外はすっかり、夕暮れから夜へとその姿を変えようとしていた。 は振り向き、罅のいったコンクリートの壁を見つめる。 (――――終わったんだ) 長かったような、短かったような――――寂しかったような不思議な気持ちが胸を締め付ける。 ――――帰ろう。 日常へ。あの騒々しくも非現実な日常へ。――――自分の居場所へ。 背後から、喧騒が聞こえる。 けれどはもう振り返ろうとしなかった――――。 「キュウ〜!」 「あ、銀次さん!!」 「この馬鹿!いつまで息とめてんだ!?」 ――――そして、日常へ。 |