それはけして在りえない出会いであった。
昼と夜とがけして交わる事の無いように、二人の住む世界には大きな隔たりがあった。
だがしかし。
違えていた筈の道はある一点、それも何気ない日常の一瞬によって歩みを同じくした。
それは神の悪意か、悪魔の厚意か。
いずれにせよ二人は出会う。
互いに素性も、名も知らぬ者同士として。
そしてまた――――再会の時は来る。
事件から、数日がたった。
強盗事件が連日テレビを騒がす中、の周囲は、まるで何事もなかったかのように静かであった。
報道された内容は、いずれも人質は行員達のみ。犯人は仲間割れの末全員昏倒のところを逮捕とされている。
ただの一言も、やに触れるものはない。
何もテレビに映れる事を期待していたわけではないが、しかし、確かにあの場に自分はいて、がいて、全てを見ていたはずだ。
それともこの記憶は虚実だと言うのか。
撃たれた行員の血のどす黒さも、顔のすぐ横を通過した弾丸の風も、の悪戯な笑顔も、何もかもが白昼夢だったと言うのだろうか。
確かめようにも、一体誰に確かめればいいというのだ。
あの時一緒にいた、は今どこにいるのだろう。あの後、彼女はどうなったのだろう。
ここ数日、は悶々と思い悩む日々を過ごしていた。
(どーしたもんかなぁ)
まだ日の高い四時前。
は一人、人気の少ない校門へと向っていた。今日は部活もないため、早く帰れる。
別に、テニス部が終わるまで待っていてもいいのだが、それでは何時間待たされるか分らない。
(それに一人でゆっくり考え事もしたいし)
大きく溜息をつきながら、は校門を出ようとした。
しかし。
「ずいぶん、おっきな溜息ねぇ〜」
聞いた事のある声が、耳に入る。
頭の中で声を反芻しながら、は信じきれない思いで、声の方を向いた。
「Hey!。忘れ物を取りにきたわよ」
カランコロン。
と、軽やかなベルの音が鳴り響いて、外の空気とまったく大差ない温度の風が肌を舐める。
後ろについてきたは、鞄を抱き締めながらおっかなびっくり中へと入る。
はその様子に、くすりと薄く笑った。
「そんなに脅えなくったっていーわよ。何も取って食うわけじゃないんだからさ」
「で、でもですねぇ!いきなり引っ張られて、電車乗せられて、こんなとこ連れて来られて!」
「電車代奢ったじゃない」
「そんな問題じゃあッ!?」
「よぉ。」
「こんにちは、マスター。お客、連れてきてあげたわよ」
「拉致の間違いじゃねぇのか?」
「げっ、ウニヘビ」
にこやかな表情も一変。見たくない顔がカウンターでふんぞり返っていて、テンションは思いっきり急降下。
むすっとした顔を隠しもせずに、蛮から離れた場所に座る。
その隣で、も倣ったように腰掛けた。
「……銀次さんはどうしたのよ」
「波児の買い物の手伝い」
しらりとした答えに、は眼をむく。
「――――っ!また銀次さんだけ働かせて!アンタはなんでそー腐ってんのよ!まずアンタが働け!!」
「あァン!?俺様は奪還屋だぞ!何でバイト何ザしなきゃなんねぇんだよ!ンなちまちました事し無くっても、依頼さえありゃあ、がっぽり稼げんだ!!」
「まるで、パチンコでフィーバー来ないようなダメダメ発言ねっ。いい加減ヒモから卒業しろ、この腐れ外道がっ!!」
「そお言うテメェはいつまでたっても銀次さん、銀次さんって……。お前は親離れできねぇ子供か、ストーカーかぁ!?」
「オオバカ!ストーカーなのは花月さんだ!」
「わー!ストップ、ストぉーップ!!」
とうとう互いの胸倉をつかみ合うまでに発展した口げんかを、必死の形相で止めたのはだった。
「なんなんですか!私、何のためにここに呼ばれたんです?さんは私にこの愉快な口げんかを見せたかっただけなんですか!?」
「あっ」
本来の目的にやっと気がついたは、胸倉をつかんでいた手を放す。
「そーだ。ウニヘビに構ってるヒマなかったんだ」
「テメェだきゃあ、後でシメる……っ!」
「やれるもんならやってみろ、ウニヘビ。返り討ちにしてくれる……っ!」
「さぁ〜ん!」
「やれやれ」
再度勃発しそうな争いにの泣きが入り、波児はいつもの事とカップを磨いている。
――――結局本題に入ったのは五分後。カウンターテーブルには、くっきり拳の跡が残っていた。
「あの後、犯人たちがどうなったか興味ない?」
頭のこぶを擦りながら、はノートパソコンを取り出した。
画面を開くと、どこかの小部屋が映る。
中央にはスタンドの乗った小さな机。入り口脇にも机が一つ。
何処かで見たような……。
考えて、気がついた。
「これ、取調室!?」
「正真正銘、モノホンの尋問鑑賞」
がにやっと得意げに笑う。
対するは、困惑の真っ最中だった。
どうしてだ。どうして、こんなものが映る。
「なんですか、これ!なんかの芝居のセット?」
「だぁから、本物だってば。ホ、ン、モ、ノ」
「だって!」
「映像は予め仕掛けておいたビデオから。音声は――――」
がちょいっとのうなじ辺りを撫でる。
「コレと同機種のものを、カメラに貼り付けておいたの」
手に持っていたのは、小さな四角い……マイク?
「盗聴器か」
「いっ!?」
煙草をふかしながら言った蛮の言葉に、はおもわず、うなじを押さえた。
「と、とう……盗聴器ィ!?」
「あの時――――銀行強盗の時ね。こっそり仕掛けておいたの、忘れてて……。今日会いに行ったのはそれを回収するため」
あっけらかんと言われて、の顔は青ざめ、叫ぶ。
「ぷ、プライバシーの侵害だ!!」
「いーじゃん。アタシ、昨日まであんたに盗聴器つけてたの忘れてたもん。誰も聞いてなかったわよ」
“もん”、じゃない。“もん”じゃ。
ことごとく常識から外れた発言の数々に、の意識はユラユラ揺れた。
(ダメだ……。なんか、この人自分の手に負えるような相手じゃない……)
「生中継じゃないのが残念だけどー。ま、何でこんな馬鹿なことしたか興味あるし……。あ、始まるよ!」
喜々としてパソコンのボリュームを上げるを前に、は何も言う言葉が見つからず、ただカウンターに突っ伏するしか無かった……。
簡単な名前などの問答があった後、髭面の刑事は直球勝負で事件に至るまでの経緯の質問をはじめた。
茶髪の青年(おそらくイヌのぬいぐるみを被っていた男)は、多少の躊躇いの後、重い口を開いた。
『社長に――――言われたんです』
『社長……。君は確か松坂組の構成員ではなかったかね』
『うちの組じゃ、組長の事、社長って呼ぶんです。あからさまにそんな風に呼んでたら、今住んでるマンション追い出されるから……』
「あ、この人ヤクザ屋さんだったんだ」
なんだかんだ言いながら興味があるのか、がひょいとパソコンの画面を覗く。
「ヤーさんって言っても、こんな情けないヤーさんもいんのねぇ……」
が混ぜっ返すその間にも、画面の中では話が続いてゆく。
『うちの組……前からビンボーで……。今にも破産寸前だったのに、アニキが取引に失敗して多額の借金をしちまったんです。そんで、その事社長に報告したら、“銀行強盗でも何でもやって金作れ!”って言われて……』
仕方なかったんです!と泣き崩れる青年。
刑事はそんな青年の肩を優しく叩く。
たいして画面のコチラ側では、何ともいえない空気が漂っていた。
「素直に……同情できないのはどうしてでしょうね……?」
「喩えも理解できないのかよ、このボケ……」
それぞれに呆れるやら溜息をつくやらしている中、は一人黙りこくった。
「あの、さん?」
が声をかける。
しばらくの逡巡のあと、は顔を上げてポツンと呟いた。
「その手があったか……」
とたん唸る、蛮の拳。
脳天を直撃したそれに、勢い余ったはスツールから転がり落ちた。
「な、な、なにすんのよ!ウニヘビー!!」
「アホかー!テメェ、人に真面目に働けっつっといて、自分はバカに影響受けて銀行強盗しようってか!?」
「ただ思っただけじゃん!実際ヤらないわよ!そんなことの区別もつかないの、バカ!つーか、アンタが忘却香なんか使わなかったら、ひょっとしたら今頃警察で、金一封貰えてたかもしれないンだから!」
「バカはテメェの方だろ、錆頭!あのまんまいったら捕まってただけだっつーのがわかんねぇのかよ、バカ!」
「バカ言うな!バカっていった方がバカなんだぞー!!」
「お前は小学生か!」
「アホ!十七の小学生が存在してたまるか!居たとしたって、一体何年留年してんの!!」
「バーカ、バーカ。小学校に留年はありませんー!」
「ムキー!!」
内容が脱線、低級化してゆく口げんかに、半比例する小競り合いの激しさ。
カップやら、スプーンやらが飛び交う中、はマスターと一緒にカウンターの下へ避難する。
「あいつら……、また払えねぇ借金増やす気か……」
青ざめながらも、額に青筋を浮かばせながらメモ帳になにやら書き付けてゆくマスター。
その隣では思う。
果たしてこの出会いは正解だったのかと。
出会わなければ、こんな事に巻き込まれる事も無かっただろう。
しかし、会わなければあの時、五体満足で生還できたかどうか疑わしいのも事実。
しかしとりあえず、今はそんな事、保留にしておいて。
(お父さん、お爺さん、母さん、くーちゃん。誰でもいいから、ここから帰してー!!)
――――窓ガラスの弾ける音に、はぐっと体を縮こまらせた。
=終/END?=
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