■場面/七■
「ちゃん!」 何が起こったか判断もしないうちに、いきなり誰かに飛びつかれ、は思わず後ろに倒れる。 「いったぁ〜……。――――菊丸先輩!?」 「うにゃぁ〜ん。ちゃんが無事で良かったよぉ〜!!」 ぐりぐりと跳ねっ毛の頭を押し付けられて、はくすぐったいやらなんやらで、起きるに起きれなくなってしまった。 「何で、どして菊丸先輩が――――」 「英二、邪魔」 静かな声がふってきて、同時に菊丸が体から跳ね飛ばされる。 またしても呆然としているうちに、手を引っ張り上げられる。 「不二……先輩?」 「元気だった、ちゃん」 『!』 争うようにやって来たのは桃城と海堂の二年生コンビ。 「!外にテレビ来てるぞ!!」 「テメェは他に言う事がねぇのかッ!」 興奮気味の桃城に海堂のツッコミ。 「実に貴重な経験をしたな、」 「乾先輩……」 「今後のデータの為だ。後で詳しく話を聞かせてくれ」 乾の眼鏡がきらりと光る。 「ケガはないかい?さん」 「河村先輩……大石先輩……」 大石がクシャリとの髪を撫でる。 「よく頑張ったね、さん」 「……」 「くーちゃん……」 ――――どうしてみんなここにいるんだろう。 ひょっとしてコレも幻覚なのか。 自分は、あの時撃たれてすでに死んでいて――――だからこんな都合のいい幻を見るんだろうか。 何もかもが混沌とした渦の中、聞きなれない声が、の意識を現実へと引き戻す。 「オイ、お前ら」 それは恐ろしく目つきの鋭い青年だった。 こちらを見下ろしたまま、青年は裏口を指差す。 「とっとと帰った方がいいんじゃねぇか。ここは俺らに任せろ」 「何、アンタ」 越前がと青年の間に立ちはだかる。 「何でアンタに指図されなきゃなんないのさ」 「お前らがここにいたってしょうがねぇだろ。オイ、そこのお前」 指された先には、しかいない。 は困惑気に自分の顔を指差す。青年が頷いた。 「お前だ。お前、やってきた警察にこの状況を説明できるか?」 言われて、辺りを見回す。 不審な傷を作り、渾沌するぬいぐるみ。撃たれた行員。脅える人々。 そして、得体の知れないぬいぐるみに抱き締められたの姿が映る。 (――――無理だ) 自分でも何があったのかよく分かっていないのに、他人に説明しようなんて無理だ。 下手に何か言えば、の立場が悪くなるような気がする。 は静かに首を横に振ると、ゆっくり立ち上がった。 「あの……私、帰ります」 「そうした方がいい」 鷹の眼をした青年が、踵を返す。 「あの」 仲間たちの元へ去ろうとしていた背中に向い、は問いかけた。 「さん、大丈夫ですか?」 「――――アイツの頑丈さは筋金入りだ」 初めて青年がにっと笑って、もやっと安堵して頷いた。 数時間ぶりに見た空は、すっかり濃い藍色へとその色を変えていた。 その変化に、結構な時間がたっていた事に気づく。 「さぁ、帰るぞ。」 「くーちゃん……」 の足は、固まったまま動かない。 「――――どうしたの、先輩」 越前の声が、やけに耳の奥で響く。 次第に景色がぼやけてきた。 「う……ッ、ふ、うぅ……」 「っ!?」 ボロボロと涙がこみ上げてきて、頬をぬらす。 「ごめんなさい……。心配かけてごめんなさい……」 イの一番に言おうと思っていた言葉が、涙と一緒に零れてくる。 「ごめんなさい……。ごめん……」 「……」 俯く頭の上で、長い溜息が聞こえる。 ふわりと慣れた感触が頭を撫でて、涙はいっそう止まらなくなった。 ――――やっと、日常が戻ってきた。 |