■Scene/Two■

確かネット小説だったか。
朝起きる場面から始まって、主人公が一分の猶予も無く次々と災厄に見舞われてゆくと言う話があった。
その話の始め、主人公の前に現れた占い師が一目見てこう言う。
『あなたは一生のうちで今日が一番運の下がる大凶星の日。この世のありとあらゆる災厄があなたを襲う事でしょう。』
だとしたら、とは思う。
今日が自分にとっての大凶星なのかもしれない、と……。














(どーなってんのよ、コレ)
ブラインドにより、外の光が一切遮断された行内は、明かりがついているとはいえ何処か薄暗い。
掛かりすぎた冷房は、涼しいを通り越して肌寒さを感じるくらいだ。
はソファーに座り込んだまま、むっつりと前方を睨みつけていた。
その目の前では、色鮮やかな動物の着ぐるみが拳銃を向けている。
現在は、銀行強盗犯によって人質とされていた。
さっきから聞こえるのは嗚咽と言い争い。
「どーすんだよ、オイ!」
「今考えてんだから静かにしろ!!」
「ッソ!金とってとっととオサラバのはずだったのによォ……っ!」
犯人たちは二人の見張りと別に、答えの出ない談合を繰り返している。
さっきから聞こえる会話によれば、犯人の計画はこうだ。
まず、閉店間際の銀行に押し入り、シャッターを閉めさせあたかも閉店したかのように思わせる。
そして、行員たちを縛り、金を奪った自分たちは裏口から悠々逃亡。
ここまで聞いて頭が痛くなってきた。
この計画にはあまりにも穴がありすぎる。
図らずも銀行は大通りに面しているのだ。
こんな派手な格好の一団が銀行に入っていって、しかもそのまま出て来ずにシャッターが閉まったら、道行く人はどう思う?
顔を見られないためと配慮するならばもっと地味にこい。いっそサングラスで十分だ。
しかも防犯のためか偶然かは知らないが、百mと離れていない場所にデンと姿を構える警察署。
何故よりにもよってこの銀行を選んだかと、首謀者に問い詰めたい。いっそ一晩中話し合ったっていい。
真っ先に全員のケータイを取り上げた時は、結構キレる奴らかと思ったが……。
こんな計画を立てたのはきっと、よほどの大物か、よほどの大馬鹿だろう。
――――絶対後者な気がするのは、たぶん気のせいじゃない。
この分じゃあ、自分が動かなくても外に集まってくれた警察が何とかしてくれる事だろう。
自分に出来ることはこれ以上、事を荒立てず、大人しい人質を演じきること。
それしかない。
(でも)
はふっ……と溜息を漏らした。
大人しくしていなきゃと思う反面、急がなきゃ、とも思う。
落ち着いているはずの心の表面に、細かな漣が立ちはじめる。
原因は、明白。
先ほどから野太い声や嗚咽にまぎれ、うめき声が聞こえる。
上げているのは、強盗の犠牲者。
はじめ、強盗が放った二発の発砲は、一人の行員へと向けられた。
銃音は言葉にならない言葉となって、全員の鼓膜を震わせる。
『もしも逆らえば、次はお前がこうなる』
狙った効果は絶大で、誰一人取り乱そうともせず、ただ震えているだけ。
しかし、逆にこの状態が長続きすれば、圧縮された緊張がいつ爆発するか分らない。
もしそうなったとしたら――――阿鼻叫喚どころじゃすまなくなる。
(焦るな。今はとにかく撃たれた人の状態確認をして……)
落ち着こうとすれば落ち着こうとするほど、苛立ちは濃くなる。
意味もなく時計を見ては、進んでゆく秒針にまた焦りが募る。
(どうしよう……。こんな時。こんな時銀次さんだったら……)
息苦しさすら感じる胸元をぎゅっと握り締めた、その時。
「あの、ちょっといいですか」
その存在すら忘れていた隣の少女が、手を上げ立ち上がった。
少女の突然の行動に、一瞬誰もが動きを止める。
それは犯人側も同じ。
一拍の間をおいて、正気に返ったらしいクマが、
「て、テメェ動くなって……っ!」
「さっき撃たれた人は大丈夫ですか」
向けられた拳銃に脅えた色一つ見せず、少女は犯人達を見つめる。
「そんなもん、お前に関係ェねぇだろ!」
「ありますッ!」
叫び返した少女の毅然とした態度に、さしもの強盗たちも怯んだように後退る。
「目の前で怪我してる人がいるのに、関係ないもへったくれもありますか!」
「うるせぇッ!」
「ッ、キャアァー!!」
銃声が、甲高い悲鳴を引き連れ、空気を震わせる。
放った一発の銃弾は、窓ガラスに小さな風穴を開けた。












そういえば。
頬を撫ぜる新鮮な風とガラスの破片を感じながら、は思った。
そういえばあの小説の主人公は最終的にどうなったんだろう?
――――残念ながら、はその結末を知らなかった。