■Scene/One■

がその銀行にやってきたのはまったくの偶然である。










一仕事終えたは、振り込まれているであろう報酬を受け取るため銀行へとやってきた。
ついでに最近滞り気味な借金の返済金を波児の口座へ振り込むためである。
ちなみに、が借金を背負う羽目となった経緯は本編「BadTiming」を参照していただく。
銀行へ向うの足は重かった。
一度、我が懐に入れた汗と怪我の結晶を何故またすぐに他人の財布へと入れなおさなければならないのか。
もちろん、そうなった原因の一端が自分にあることは百も承知である。
しかし。だがしかし!
守銭奴まではいかないまでも、十二分にお金の尊さと恐ろしさを知っているは、一銭も入ってもいない財布が軽くなったのを感じた。
今なら、人類で最初にお札に羽を生やした人の気持ちがよく分かる。
は重い溜息を吐きながら、とぼとぼと銀行へと近づいていった。










自動ドアが開くと同時に冷たい風が中から溢れる。
今回の仕事場から一番近かった銀行は、いつも利用しているのと同じ系列の銀行だった。
内装は清潔感のある白と、イメージカラーである赤で統一され、床にはゴミ一つ落ちていない。
窓辺に設置された観葉植物は日差しを浴び、その青さを増している。
閉店間際なせいか、植物の前に置かれたソファーには少女が一人、座っているだけだった。
ここまで見ればなかなか理想的な銀行だろうが、ある一点がの不機嫌に拍車をかけた。
入り口入ってすぐ横。
ずらりと並んだ振込機に、軒並み『故障中』の張り紙が張ってあったからだ。
それも両替機まで、全部。
ここまで壮観な光景は、今朝MAKUBEXからアタッシュケースいっぱいの銀次の生活を『見守る』為の道具を渡されそうになった以来だ(結局押し問答の末、盗聴器だけ持った)
頭痛がしてきた。
今の今まで生きてきた中で、機械を使わずお金を下ろしたことなど一度もない。
むしろ現ナマを見たのだって両手で数える程度だ。
理由は実際現金を手にするより、カードを持った方が数倍収納や支払いにベンリだから。
クレジットカード万歳。機械化ハラショー。
……などと逃避していた所で機械が直ってくれるはずも無くて。
このまま突っ立ってたって、開かれたままの自動ドアから際限なく冷房が逃げるだけだ。
は行員の怪訝な視線のなかを、まっすぐカウンターへと進んだ。
厚化粧のせいで、コフキイモを連想させる女子行員から必要な書類を説明を受け、必要事項を記入してゆく。
滅多に持たないペンは手になじまず、結局三枚も書類をダメにしてしまった。
不機嫌な気持ちは解消されるどころか、ますます消化不良を起こし、は八つ当たりのように荒々しくソファーに腰掛けた。
手にした番号札は二番。
どうせ二人しかいないのだからこんなもの渡さなくても……。
間隔を置いて横に腰掛けている少女に眼を向ける。
学校の制服と長い黒髪が、の目に珍しく映る。
表情は道路の方を向きっぱなしのため分らなかった。
は暇つぶしに、すぐ隣にある本棚から犬の写真集を取ってパラパラと捲る。
今流行の魚眼レンズで撮った写真はどれもユーモラスだが、歪みきった犬の顔は非生物めいていてどこか不気味だ。
二、三ページ捲った所で、行員が甲高い声を出した。
「番号札一番をお持ちの様!……様!!」
少女は聞こえていないのか、じっと道路を見詰めたままだ。
(――――耳が聞こえない?)
が気づかせようと少女の肩を叩きかけた、まさにその時。
様ァ!」
「は、はい!!」
ヤケクソ気味に張り上げられた行員の声に、少女は飛び上がった。
それと同時である。
外から聞こえたタイヤの悲鳴。
少女に向けたままの視線は、同時に入り口から入ってくる着ぐるみの一団を捕らえた。
来るは、来るは、少し色あせたカラフルな動物たちが総勢八人。
けれど、手にした写真集の犬よりよっぽど現実味があるのは何故だろう。
その手に、見慣れた機器を握っていたせいかもしれない。
「扉を閉めろ!テメェら全員動くんじゃねぇぞ!!」
可愛らしいと言えなくも無いウサギが、オッサンの声で怒鳴った。
の口は開いたまま閉じない。
すっかりその存在を忘れていた写真集が手の中から滑り落ちる。
「おかしな真似した奴は容赦なくぶっ殺す!」














――――脅し文句の範疇に自分が含まれているとやっとが理解した時、二発の銃声が銀行強盗犯篭城事件の始まりを告げた。

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