■場面/二■
昔。 何かのテレビ番組で言っていた。 『人生と言うのはシーソーのようなもので、人は幸運、不運。それをギッコンバッタンと交互に体験しているのであう』 だとしたら、とは思う。 今はきっと、『不運』の方に運命のシーソーは傾いているのであろう、と……。 (どーしよう……) は途方にくれていた。 外に通じる出口は軒並み封鎖され、行内は完全な密室状態。 しかも窓と言う窓にブラインドがかけられている為、余計重苦しさを感じてしまう。 微かに聞こえる嗚咽とうめき声とが、よりいっそう重さを上乗せしていた。 その中でうろつく着ぐるみ達を見ていると、まるで動物園の檻の中にでも放り込まれたような気になる。 しかも可愛らしい外見に似合わず、動物達は全員猛獣ときている。 (これからどうなるんだろう) 今、の中には恐怖も怒りもない。 全てが目の前で行われているにも関わらず、まるで夢の中を漂っているかのように、ふわふわと現実味が無い。 今こうしている時も、ひょっとしたら何かのアトラクションかと疑っているほどだ。 激しい言い争いを続けるぬいぐるみ達も、何だか芝居がかって見えてしまう。 「どーすんだよ、オイ!」 「今考えてんだから静かにしろ!!」 「ッソ!金とってとっととオサラバのはずだったのによォ……っ!」 ギリギリと、くぐもった歯軋りの音が聞こえる。 話し合いをしている五人の他は、拳銃を人質たちに向けていた。 眉の濃い虎が、まるで彫刻のように固まったまま、黒い銃身をこちらに向けている。 押したらそのまま、がたんと硬い音を立てて直立不動で倒れてしまいそうだ。 はちらりと隣に視線を向けた。 隣の少女は、組んだ足に肘を立て、顎を支えている。 その表情は硬く、じっとカウンターの向こう側を凝視しているようだった。 そういえば、と、もカウンターの向こうを見透かす。 うめき声と嗚咽はカウンターの向こうから聞こえていた。 (……だいじょうぶ、かな) 強盗達が押し入ったとき、二発の銃弾が一人の行員に襲い掛かった。 行員はそのまま倒れ、カウンター向こうにいた為今は姿が見えない。 ひょっとしたら、ケガが酷いんじゃないだろうか。 たった一瞬、見えた姿が脳裏に強く刻まれている。 音がしたと同時に、絹を裂くような悲鳴と押しつぶされた様な悲鳴が重なった。 ぐらりと男性行員の体がかしぐ。血は出ていなかった。 しかし。 血の赤よりももっと鮮明に、男性の驚愕に満ちた顔が記憶に焼きついた。 たぶん……この記憶は、薄れる事はあっても消えることはないだろう。 記憶に残った顔が、血だまりの中に臥している姿を想像して、はぎゅっと自らの体を抱き締めた。 そこまでリアルに想像できても、やはり現実感は薄い。 言うなれば、精巧なスプラッター映画を見ているかのようだ。 ノンフィクションと紙一重の、フィクション。 (……確かめたい) もしコレが現実でなかったら、カウンター向こうには傷ついた人などおらず、全ては夢と片付けられるだろう。 しかし、もしこれが現実であったなら。 本当に、人が撃たれていたとしたら。 (……――――) は自分自身を抱き締めていた腕の力を緩めた。 「あの、ちょっといいですか」 は、まるで授業中、教師に質問するみたいに片手を上げ、立ち上がった。 一瞬、動物達の動きが止まる。 そして次の瞬間、我に返ったらしい虎が、銃身を突きつけた。 「て、テメェ動くなって……っ!」 「さっき撃たれた人は大丈夫ですか」 問えば、犯人は上ずった声で、 「そんなもん、お前に関係ェねぇだろ!」 「ありますッ!」 響く怒声に負けぬ大声で、は言い返した。 関係は大いにある。 現実であろうが無かろうが、怪我をした人を放って置けるほど自分は不人情ではない。 「目の前で怪我してる人がいるのに、関係ないもへったくれもありますか!」 「うるせぇッ!」 「ッ、キャアァー!!」 目の前の黒い穴が白い煙を吐いた。 鼓膜を劈きそうな甲高い悲鳴と、パンッという短い破裂音が耳の奥で反響し合い、言いがたい不協和音となる。 目の前できらきらと光が踊った。 (あっ……) やっと、分った。 (アレ、本物だったんだ) そういえば。 横に倒れてゆく視界を見ながら、は思った。 運命のシーソーが一方に傾いてゆく。 ――――それが幸運、不運のどちらに傾いたかまでは分らなかったけれど。 |