Welcome To Hard Luck!

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「それでちゃん轢かれちゃったの!?」
「いやいや。それじゃ死んでるし。轢かれてたら、今頃アタシお花畑で脱衣婆とラインダンスだし」





 濡れた髪をタオルで乱暴に拭きながら、夏実の用意してくれた真新しい洋服に着替えたは首を横に振った。
 シャワーからあがったが話し始めた「ボロ雑巾にいたる顛末」を聞いていた波児は、思わず首を振り降りため息をついた。
「お前さんもよくよく災難を拾ってくるよなぁ……。で、そのトラックってもしかして今朝ニュースでやってたテレビ局のトラックか」
「うん。たぶん、それ。つか、ニュースにもなるよねー。ラッシュタイムの新宿駅にゴミを山ほど乗っけたトラックが突っ込んでくりゃーさー」







 の元へ突っ込んできたトラックというのは、実はロケ帰りのテレビ局のモノであった。
 どうやらバラエティ番組の企画で、「ゴミ屋敷を元に戻そう」という住んでいる人間にすれば余計なお世話だが近くに住む人間にとっては諸手を挙げて歓迎すべき勤めを遂行中だったらしい。
 その帰り道。徹夜と掃除の疲れからか意識の朦朧としていた運転手がハンドル操作を誤ったのが直接の原因とのことだ。
 は事故の際、現場に居合わせた。
 いや、居合わせたどころではない。


 はある意味、この事故の"被害者"であり"加害者"であった。


 あの時。
 自分に向かって突っ込んでくるトラックを見たとき、はとっさに≪力≫を使った。
 今にして思えば、機転と言うにはあまりに乱暴なやり方だった。


 無意識のうちに発せられた風の刃は、分厚いトラックのタイヤを切り裂いた。
 結果、バランスを失ったトラックはその場で横転。
 トラックが直接突っ込んでくることはなかったが、はその際荷台からぶちまけられたゴミを一身に受ける羽目となった。
 しかもそのほとんどが発酵寸前の生ゴミだったと言うのが泣ける。
 いや、逆にそだいごみが直撃しておだぶつにならなくてよかった――――と考えるべきか。
 ただでさえ人の多い駅前にさらに人が集まってくる。悲鳴と驚愕とが渦巻く中、は運転手に怪我がないことを確認すると――――その場からゴミをまき散らしつつ一目散に逃げた。


 あのまま駅前にとどまっていればいずれ警察もくる。そうすれば騒動の当事者たるはなんやかんやと詮索を受けることだろう。
 そんなことに構っていられるほどは暇人ではない。
 何より、は警察と相性が悪い。
 とにかくとっとと逃げて、とっとと依頼を全うするのが先だ。




――――そう思った矢先、再びの眼前にはトラックがけたたましいクラクションを鳴らして迫っていた……。





「それでちゃん轢かれちゃったの!?」
「いやいや。だから死んでるし。轢かれてたら、今頃アタシ三途の川でカロンと水球だし」


 波児から差し出されたカフェオレで喉を潤しながら、げんなりとは続きを語り出す。


 こちらは≪力≫を使わず避けることで事なきを得たが、突っ込んできたトラックは養豚場のものだったらしく、横転したため荷台に積まれた豚は全頭逃走。
 しかも横転する際運悪く側にいたは、荷台に溜まった豚達の糞尿を一身に浴びる羽目となった。
 こんなところで時間を食ってたまるかと走り惑う豚を乗り越えその場から逃げ出したものの、二度あることは三度ある。
 次にを襲ったのは工事現場まで砂を運んでいたトラック。
 息ができなくなるくらい砂に埋まって這い出るのに一苦労した。




 ――――悪いことはひたすら続くもの。




 そこからも逃げ出したを待っていたのは、同じく工事現場まで鉄管を運んでいたトラックだった。
 正直言って自分の胴ほどもある鉄管が束になって降り注いできたときは、冗談でも何でもなく死を覚悟した。
 そして四度あるなら五度も六度も同じだろうと、次々に襲い来る不運達。








 鳥に糞を引っかけられるのはまだ序の口。
 道を歩けば上は自動車から下は一輪車、変わり種で言えばコンバインまで余すところなく轢かれかけ、怖そうなご面相の人間には五メートルごとに絡まれ、あげく空から降ってきたパンティーを偶然拾ってしまったがため下着ドロボーに間違えられお巡りさんには追っかけられるは、被害者女性から大声で痴漢呼ばわりさせるは……。




 よく分かっていないだろう通りがかりの幼女にまで「痴漢!」と叫ばれたのには正直泣きそうになった。
 そんな命の危機とそれを上回る社会的立場の危機を乗り越え、はホンキートンクへとたどり着いたというわけだ。


 だが、まだゴールしたわけではない。


 一通り話し終えたはカフェオレを飲み干し、スツールから立ち上がる。
ポケットから、何とか無事守り抜いた仕事用のケータイを取り出し、送られてきていた依頼人の次の指令に目を通す。
ちゃん、もう行くの?」
 そして、明らかに心配そうな顔で引き留める夏実にむかって頷き、
「夏実ちゃん、服貸してくれてありがと。これ洗って返すね。あぁ、アタシの服はもう捨てちゃって構わないよ」
 波児にカフェオレの代金を支払うと、バッグを手に入り口のドアへ手を掛ける。
最後に、はまだ心配そうな顔をしている夏実に向かってにっこり笑いながら、
「仕事が終わったら寄らせてもらうね。じゃ、また」
 手を振って、はホンキートンクを後にした。





「大丈夫かなぁ、ちゃん……」
 どことなく不吉な雰囲気を纏わせ去っていったを見送り、夏実は大きくため息をついた。
 同じようにが消えたドアを眺めながら、波児は一服タバコを吹かし、
「まぁ、あいつのことだ。殺したって死ぬわけ……」




 ――――波児の言葉を遮るかのように、店の外から魂すら削れるような鋭いブレーキ音と聞き覚えのある悲鳴が轟く。





 思わず無言で顔を見合わせる波児と夏実。
 そして、二人一緒に再びドアの方へ目を向けると、
「……香典の準備しとくか」
 波児がため息とともにはき出した紫煙が、ゆるりと天井で渦を巻いた。

あとがき

主人公と一緒に叫ぼう。
「ありえねーっ!!」

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