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       敵の一撃が頬を掠めて我に返る。 
うっかり見とれてしまっていた。 
「どうしちゃったの?」 
敵の腹にこぶしを叩き込んだナナミが、不安げな面持ちで問う。 
ハクウはなんでもないと首を振りながら、それでもさっき見た光景が目の前にちらついていた。 
       
       
       
       
       
       
       
赤が流れる。 
正確には衣服と血の赤。 
赤い服を纏った少年の繰り出す一撃が相手の脳天を割り、吹き出た血が地面に小さな池を作る。 
――まるで舞うように敵を倒してゆく少年。 
(これが・・・・・・) 
これがトランの英雄・・・・・・ 
言い知れぬ感動が己の胸を揺さぶる。 
今自分は彼と同じ場所で戦っている。 
間近で見る英雄は自分とそう年端も変わらない。 
なのに・・・・・・ 
血を浴び、戦いつづける彼は、まるで天の世界の生き物のように美しかった。 
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
たった数十分で決着はついた。 
あたりには累々と死体が転がっている。 
「こんな人里近くにまで・・・・・・」 
浴びた血を拭い、ハクウがつぶやく。 
「シグレさん、大丈夫ですか?」 
フッチが駆け寄り、心配そうな顔をする。 
「こっちは何ともないよ。フッチは?」 
「僕も大丈夫です」 
「そう・・・・・・強くなったね、フッチ」 
「はい!」 
どこか苦しそうな色を滲ませ微笑むシグレに対し、フッチは誇らしげな笑顔を返した。 
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
「シグレさん!すっごくお強いんですねっ!!」 
再び歩きながら、両目にきらきらと尊敬の念をこめて、ハクウは言った。 
「そぉそ。さっきの奴らなんて一撃ですもん!!」 
同じように無邪気な声をあげ、ナナミも賛同する。 
「ハクウ殿達もお強いですよ」 
「えっ。そーですかぁ?」 
憧れの英雄に誉められた嬉しさから、ハクウは頬を染め、大いに照れた。 
「そんなのお世辞に決まってるだろ。馬鹿」 
「なっ!?」 
通り過ぎざま、水を差すようにルックがポツリとこぼす。 
「なんだよー!!そっちなんか接近戦しかできないくせにめちゃくちゃ打たれ弱いじゃないか!!」 
「僕は体力じゃなくて頭で勝負する性質なんでね。どこかのサルとは違うんだよ」 
噛み付くハクウをさらりとかわし、続けざまにイヤミをとばす。 
本気で噛み付きそうなハクウを、フッチとナナミが懸命に取り押さえた。 
「でも・・・ルックも強くなったよね」 
騒動を見守っていたシグレがしみじみとした口調で言う。 
一瞬動きの止まった三人の中で、一番早く立ち直ったルックが、 
「当然でしょ。あれから三年経ってるんだから」 
「あれ?ルック照れてる?」 
ニヤニヤ意地悪く笑うハクウに対し、ルックは冷め切った口調で、 
「・・・うるさいよ。君って本当に猿だね」 
「なにー!?」 
ハクウの叫びから再度始まる子供のけんか。 
      後方で他の面々と同じように苦笑していたシグレが、ふっと表情を消して、 
「そう――そうだね」 
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
――――シグレの声がすこし沈むのを、ルックは聞き逃さなかった。 
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