『帰り道、ある村のキャラバンと盗賊団の話』

光の柱が、遥か北の空をつらぬいた日。
風が瘴気をさらっていってしまった。

からりからりと街道を音を立てて馬車が行く。
その手綱を引く者も見えず、ただひたすらにパパオパマスが一匹、勝手に歩いているようにも見えた。

街道を行くわずかな人々が、首を傾げてそれを見送る。
瘴気が晴れたばかりのこの世界、きっとどこかのキャラバンのパパオが逃げ出してきたのだろうぐらいにしか思わずに。

そうそう人通りが多い訳ではない街道。
まだまだ人々は突然訪れた幸せを信じきれていなかった。
もしも浮かれて外に出た瞬間、再び瘴気が襲ってきたら……。誰もがその不安をなかなか拭えずにいた。
それは長い長い間、苦しめられ続けてきたため。悲しい思い出ばかりがまだ心に多く残っているから。

世界はまだ、瘴気が消えたその理由を知らなかった。

□□□

「何だありゃ」
「誰もいないクポ?」

まるで無人のような馬車に気を取られた者が一人と一匹。
いつものように、音を立てない素早い走り方で馬車に近づき、慣れた動作で乗り込んだ。

「!?」
しましまの服を着た青年は、うっかり声をあげそうになった。
馬車は無人ではなかった。幌の中には、二人の少女が横たわっていた。

見覚えのありすぎる、クラヴァットとセルキーの少女たち。
この大陸の南の端、辺境とさえ言われてしまうような半島にある、小さな村のキャラバン。
ある時「行ってくるね」とだけ言って、遠くレベナ平野を越えた先、瘴気渦巻く幻の大地へと旅立ったはず。
そう、瘴気を晴らす……と。

疲れきっているのだろうか、バル・ダットやアルテミシオンの気配に起きる様子も見えない。
やや憔悴したような、しかし安心しきって眠る姿を見下ろし、青年は思わず「生きてたのか……」と呟いた。

「ボス〜? どうしたの?」
乗り込まず、いつものように馬車の後ろの方で待つ見張り役のしましまモーグリが声をかける。
「しーっ!」
慌ててそれを制し、用心深く馬車の中を見渡す。
馬車の中には、ボロボロになった二人の武器と防具類、そしてわずかばかり残った食べ物。……それから、必要のなくなった、不思議な輝きのクリスタルケージ。
どうするかしばらく逡巡した後、結局何も取らずに馬車から降りた。

「行くぞ」
「え? 何も取らないの?」
「……ほっとけ」
そう言い捨てて、馬車から離れる。

盗る気がなくなったから。
盗るようなようなものがなかったから。
言い訳のようにそう思いつつ、立ち去ろうとした彼の後頭部に、何かが飛来した。

がっつん。
「でっっ!!」
「ボス!?」
とさっ。

勢い良く飛んできたそれは、懐かしい香りを撒き散らし、草地の上に落ちた。
「な、なんだあ!?」
「あーっ、しましまりんごクポ!」
モーグリが嬉しそうに声をあげる。
一体どこから誰が投げてきたのかと思い振り返ると、そこには遠ざかりつつある馬車と、その後部からひらひらと振られる白い手。
「あ、あいつら……」

てっきり寝ていると思っていたのに、起きていたのか。
どちらが投げたのだろう。距離からしても、普通に投げたのではなさそうだ。
馬車に忍び込んだ仕返しか、はたまた寝顔を見られた恨みだろうか。
「今度会ったら根こそぎ盗んでやるからな!」
後ろ頭の痛みと妙な気恥ずかしさに叫んだそれは、固い決意というよりも負け犬の遠吠えのように聞こえなくもなかった。

□□□

「んー、ナイスヒット」

遠く聞こえる盗賊の声を聞きつつ、セルキーの少女は馬車の中へと手を引っ込めた。
その後ろではクラヴァットの少女が起きたばかりのまだ少し眠い目を擦っている。

「普通に投げればいいのに。何もラケットで打たなくても……」
「いいじゃない。普通に投げたら届くか分からなかったし」
「しましまりんごが砕けなくて良かったわね」
「そこはやっぱ、プロですから♪」
何のプロだ、とガーネットは敢えて突っ込まずに、馬車の前へと移動した。

「ごめんね、うっかり寝ちゃって」
パパオに話し掛けながら、放り出してあった手綱を手にする。
ヴィ・ワはその後ろの方に、またいつものように寝転んだ。

「いいの? パパオだったらお利口さんだから、放っておいても村まで歩いてってくれると思うけど」
「そうだけど、やっぱりこうしてないと寝ちゃうもの」
それに、また誰かに覗き込まれて寝顔を見られるのは恥ずかしい。この先、街道を行き交う誰かとすれ違うかもしれないのだし。

「綱持ったまま寝ぼけて、転がり落ちだりしないでね」
「大丈夫。いざとなったら代わってもらうから」
あの長く激しかった戦いの疲れはまだ、二人の体に残っているけれど。
もうすぐ懐かしい我が家に着く。

二人の少女を乗せた馬車はパパオパマスに牽かれ、ゆっくりと街道を進んでいった。

おまけ?

「ってなに食ってんだよお前は!!」
「クポ!」

追記

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