大地が黄金に輝く。
空は朱金に染まる。
重たげに穂を揺らす小麦の中にたたずむ姿がその中に霞む。
大地と同じ色の髪を風が揺らす。
空と同じ色を移した瞳は虚空を見据えている。
何故だか唐突に、彼女がセルキーだということを思い出した。
吹き過ぎる風のように、流れる水のようにひとところに留まらない性質を持つ民。
いつしか話していたではないか。
瘴気が晴れたら行商人になりたいのだと。
父のように見知らぬ物を見つけ、見知らぬ土地に行き、たくさんの人と出会うのだと。
彼女もいつかは旅立つのだ。
また風が吹く。
今度は強く。
金色の中にたたずむ彼女を連れて行ってしまうかのように。
ふいに泣きたくなった。
ゆらりと歪んで、ぼやけて。
今まで感じたことのなかった喪失感が胸に澱む。
あぁ、置いていかれる。
そう思ったとき、彼女が振り返る。
満面の笑みで。
そうして手をさし伸ばし、気がつけば掌は硬く握られていて。
「じゃあ、行こうか」
自然な態度で手を引く背中が前にある。
つながれた掌も、前を行く背中も、覚えてしまうほど馴染んだもので。
あぁ、そうか。
こうして彼女が振り向いてくれるから、いままで置いていかれるなんて考えたこともなかったのだ。
そう、気がついた。
「ねー、ガーちゃん。今度はどこに行ってみる?」
当たり前のように、そう言って振り向く姿に、
なぜだかまた泣きたくなった。
fin.
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強気じゃないガーちゃんでした。
きみの『麦の穂』を読んでからずっとこんな風景が頭にあったの。
なんででしょう。
夕焼けは私の中で置いていかれるとか、心細いというイメージなのかもしれません。
「An even break」(ジャンルは違います)のあやさとさまから戴きました。
本当にこの方の書かれる文章は……淡々としているようで、きゅうと締め付けられるようになります。へにゃりと涙が出そうになる雰囲気をも醸し出していて、思わずメール読んでてぐしぐし鼻涙していた私は傍から見たらきっと変な人になっていたかと。罪深い人だ…(この科白自体がキモいですね。反省)。
あやさとさま、ありがとうございました。
2004年11月6日に頂戴いたしました。