大人げないといつも後から思う。

 小さな事で喧嘩した日には、顔を背け合って黙りこくった。
 お互いに折れない強情な二人だったから、そんな時はここぞとばかりみんな
をかまって更に収拾がつかなくなり我慢に耐えかねた銀時が彼女を攫い、
追ってくる三人を撒き逃げきる頃にはいつも日が暮れていた。
 最後は抑えきれず吹き出したが、不機嫌なままの銀時の頬に口付けて決着
がつくのが常。
 想い合っていたから喧嘩が長続きしないのは当たり前の事だった。
 …のかもしれない。

 じゃあ、毎日のように顔を合わせられない今だったら?
 構ってくれる人たちが居なかったら?
 …そもそも心が離れてしまっていたとしたら?
 どうやって仲直りをすればいい?
 「てか、ケンカにもなってないし…」
 あの日、銀時が少年の見送りに遅れたのには、ちゃんとした理由があると
言っていたではないか。
 眼を見ればそれが嘘かどうかわかる。
 それなのに、どうしてか突っ掛かってしまった。

 多分、少年と自分が重なって見えてしまったからだろう。

 約束は、守れなくても怒ったりしない。
 でも、守れなかった事を銀時が重荷に感じるのなら、約束をさせてしまった
自分が憎くてしょうがない。
 そして、そんな苛立を銀時本人にぶつけてしまうなんて最低だ…。
 結局、最近ろくに顔を合わせていない。
 せっかく気まずい思いをしないで側に居られるようになってきたのに。
 昔のように。なんて贅沢な事は言わない。
 せめて一緒に居る時間を少しでも持てるようになったら。と、思えるように
なれそうだった矢先。
 些細な事で躓いて、起きあがる事が出来ない。





雲は白リンゴは赤 5





 呼ばれて振り返ると医者の小東が近づいてきた。
 「さん。帰りにご飯でも食べていかない?」
 「え?」
 二人きりでだろうか?と、考えたに気付いたのか、同じ時間に上がる数人
で行く予定だと説明してくれる。
 「すいません。先約があって…」
 しかしこの後神楽と待ち合わせていたはぺこりと頭を下げて詫びた。
 「いや、かまわないよ。でも、なるべく一人で帰らないようにしてくれよ」
 「?」
 食事はわかるが、一人で帰らないようにとはどういう事か?
 首を傾げるに近くにいた同僚が話を付け足す。
 「このあいだ看護婦が後を付けられたんだって!」
 だから、集団下校よろしく、暫くの間なるべく数人で行動をするようにして
いるのだそうだ。
 「最近 物騒だから…どこだかのやくざが入り込んでるって噂もあるし」
 そう言えば、先日の新聞に溝鼠組となんとか組の抗争の記事が載っていた。
 「それに、さっき気になる事を聞いて心配でね」
 小東が言うには先ほどに怪しい手紙が届いたそうだ。
 これなんだけど…と、預かった看護士がに手渡したのは一見普通の手紙。
たどたどしい文字で『ちゃんへ』と書かれていた。
 「渡してきたのが、なんか変な物体だったの!…白くて眼がまんまるで」
 後を付けられる看護士。不可解な手紙。確かに不安を感じたくもなる。
 だが、には明らかに人外だったというその生物に心当たりがあった。
 「こっちは大丈夫です。友人ですから」
 『え?』
 「それより行かないと!先生にお茶を頼まれてるんです」
 驚きに声をそろえる人々に微笑んで、これ以上探られないよう早々にその場
を立ち去る。



 「友達だけど、…正体は定かじゃないのよねー」
 くすりと笑うの独り言は誰にも聞こえないままに。





 熱いお茶が好みの先生と患者の寺田さんは俗に言う茶飲み友達だ。
 治療や世間話よりも黙ってお茶を飲んでいる事が多い。…まさに字の如く。
 「悪いねェ 看護婦さんにお茶汲みをさせちゃって」
 「いいんですよ。娘みたいなもんですから」
 笑って返し松本を困らせながらも、は先日彼女からおはぎをもらった事を
思い出し(結局食べ損ねてはいるが)「ごちそうさまでした」と頭を下げた。
 「気にしないでおくれ。知り合いからちょっと有り得ないくらい頂いちゃっ
てねェ」
 上にも配ったんだけど、ここに来る用事もあったからさァ。お裾分けだよ。
 と、お茶を飲みながら彼女が笑う。

 「そう言えば、なんとか組に眼ェつけられてたんだって?」
 それから、ふと続けられた言葉に松本が言い辛そうに頷いた。
 「…まあ、何事も無く」
 「上のが珍しく進んで片付けたらしいけどね」
 「助かったと伝えてくだされ」
 自分に聞かせたくない話だと言うのは松本の態度からわかるが、ふと先ほど
から何度か出て来る「上の」…多分彼女の家の上に住んでいると思われる人物
が、はなぜか気になってしまい話に割って入ってしまった。
 「上のって…?」
 「ん? アア、うちの上に住んでる居候でねェ。万事屋をやってるんだけど
此れがまたどうしょうもないダメ人間でさぁ」
 「そう、なんですか」
 そしてとうとうは知ってしまった。
 なんとか組に眼をつけられたうちの病院を助けたその男は多分…。



 お登勢が帰り、二人きりになった医院長室はいつになく静かだった。
 は動揺を隠せぬまま、ちらりと松本を伺う。
 先日の新聞記事には、そのなんとか組は本部を溝鼠組に潰され、持っていた
工場がテロで爆破されたと書いてあった。しかも確定ではないが、薬の調達に
使用していたと見られる宇宙船が海賊に攻撃されたともあった気がする。
 その、一つ一つに思い当たる人たちが居る。
 ただの偶然だと思えるほどは鈍くはなかった。

 「そういえばこの間、白鬼が来たぞ?」
 「そう。…なんの用で?」
 片付けていた湯のみが、かちゃりと音をたてる。
 がさらに動揺した事に気付いているだろうに、素知らぬ振りで松本は言葉
を続ける。
 「世間話をして、出したおはぎを一つも食べず帰ってしまったわい」
 「…!」

 先生は意地が悪い。

 先ほどの話で揺らいだ気持ちが今度は押さえられず膨れ上がる。 
 「確か甘いもんは好きだった筈じゃがのう…」
 顔をあげられないは見る事は叶わないが、きっとすべてを見透かした顔で
こちらを見ているにちがいない。
 それからワザとらしく、さも今思い出したかのように。
 「おお、そうじゃったな。侍は出来ぬ約束はせんのだったなあ」
 「……ですね」

 在りし日の戯れ言のような其れを、あの男は今も未だ覚えているのだろうか。

 思い出すあの笑顔がそっと背中を押す。
 今から帰って用意をすれば神楽と約束した時間に十分間に合う。
 もう仲直りでは足りなくなってしまった。きちんと今の気持ちを伝えたい。
 「…先生。今日はもう帰っても良いですか?」
 ややあって、顔を上げたの表情を見て松本が満足げに笑った。
 「ああ。…かまわんよ」
 「ありがとうございます!!」
 快く承諾した松本に満面の笑みでは頭を下げる。

 その笑顔があの男たちの心をどれだけ救っているのかなど、彼女は気付いて
ないのかもしれない。
 だが、それで良いのだ。そのままの彼女だから手負いの獣たちが心を許す。
そして人の心を優しく目覚めさせる。 

 「ー! 家の餅米使っていいぞー」
 返事もそこそこに部屋を出て行く後ろ姿に投げかけた言葉はきっと間違って
いないだろう。
 「ハーイ!」
 案の定、弾んだ声が遠ざかりながらも返った。



 『ちゃんへ。
   桂さんがそちらへ遊びにいくそうです。
              エリザベスより。』

 ちなみに余談だが、走り去るが読み損ねた手紙にはそう書いてあった。





 その日の午後。
 万事屋の旦那は貴重な客を目の前に、この上なく眠たげなご様子で耳の穴を
ほじっていた。
 そして指の先に付いた出土品を、まるでそれが今話された依頼内容であるか
のようにじっと見つめた後、フッと息をかけて吹き飛ばす。
 「…えー、それで?どんな依頼ですってェ?」
 「だから!聴いてました!?さんにストーカーがいるらしいんですよ!」
 一向にテンションの上がらない銀時に新八が詰め寄るが、らちがあかないと
でも思ったのか依頼主に向かい続きを促した。
 「さんに変な手紙が来るんです。それから、他の看護婦が帰り道、後を
つけられたり…誰かに監視されているようで、みんな不安がっています」
 の同僚だと言うその男は最近病院で起こる出来事を話す。
 そして、その標的がなのではないかという。
 しかし銀時は真剣な二人とは正反対の、何を考えているのかわからない顔で
へらりと笑い他人事のように言い出した。
 「アーそりゃ、確実に4人はいますねェ」
 「何の根拠があって4人だよ!」
 律儀に突っ込みを入れる新八をスルーして、力の抜けきった顔で今度は鼻を
ほじっている。
 「でもまあ、調べても良い事ないっすよー。気にしないのが一番ですって」
 「そんな無責任な!」
 「彼女を守りたいんですっ!」
 その必死さはただの同僚の為とは思えない。明らかにに想いを寄せている
のだろうその男が思わず立ち上がる。
 「…気にしないのが一番だって言ってんだろーが。それに何か?が助けて
くれとでも言ったのか?」
 それを黙って見ていた銀時の眼が変わった。睨みつけてるわけではないのに
相手を見据える視線は鋭く光り、男は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。
 新八は横に居る銀時のいつもと違う様子に戸惑った。
 やる気がないのはいつものことだし、仕事を嫌がるのもいつものこと。
 だがしかし今の彼は何かに怒りを感じている。
 「銀さん?」
 「……過保護を通り越して厳重警備になっちまってる兄貴面の馬鹿二人と、
なんでか親友関係を築いている馬鹿社長に、ただの未練がましい恋煩いの馬鹿
どいつもこいつもに惚れてるだけだ」
 苦々しげにその4人居るというストーカーをあげていく。
 「…知ってるんですか?その人たちを…?」
 「でもまあ、どうしてもってんなら、一人だけ教えてやっても良いけど。
…高いですよ?その名前」
 「え…?ハア。まあ、調べてくれるんならきちんと依頼料は払いますが」

 「坂田銀時」

 その場をフリーズさせるのに十分な威力を持った名前が出てきた。
 「…………え?」
 「とりあえず一番安全なやつですんで、安心してくださいな」
 軽い口調だが、男は完璧に銀時の迫力に呑まれ言葉をなくす。



 いたたまれないその雰囲気に新八の意識が遠退きかけたその時、シンとした
空間にガラガラと戸を引く音が聞こえた。
 「ただいまヨー」
 聞こえたのは万事屋に居候している少女の声。
 「こんにちはー」
 そして続いた声に視線が一斉に玄関に向く。
 遊びに出かけていたらしい神楽が先に姿を現し、次に入ってきたのは。
 「…さん?」
 今まさに話題の中心で愛を叫ばれていた女性が現れた。
 「新八くんどしたの?顔が青い…。あれ?小東先生?どうされたんですか」
 そこにいる筈のない人を見つけ首を傾げるに、彼は言葉を見つけられず、
視線をさまよわせる。
 代わりに説明したのは、以外にも銀時だった。
 「オメーが心配なんだとさ」
 「え?」
 「それよりなんの用ですか? 依頼じゃねェだろうなコノヤロー」
 素っ気ない態度は、己の怒りを誤魔化す為。しかしは気にした様子もなく
テーブルに持っていた荷物を置いて銀時に微笑む。
 「遊びにきちゃダメ?」
 あれ?と新八は思った。先日、銀時とは喧嘩というほどのモノではないが
言い合いをして、確かその後あまり会っていなかった気がする。
 「ダメじゃねえよ…おめえ何言ってんだそりゃアレだ言葉のアヤッてヤツで
下の妖怪とは一切合切関係ございませェん」
 ふざけたようにとぼける銀時は、既にいつものやる気のない空気をまとい、
それを見てくすくす笑うは神楽と手を洗いに洗面所へと向かう。
 いつの間に仲直りしたのかは知りたい所だが、とりあえずこの場から脱出が
先決と新八も台所へ避難した。

 「…とにかく、その話は本人が希望しないのでナシという事でー」
 新八が避難するまで、のいる方向をじっと見ていた銀時がピラリと懐から
出して小東に見せたのは一枚の写真。
 「ッ!」
 「…こいつは俺が護るんで。ご心配なく」
 潜められた声。
 にやりと不敵に笑う男に小東は鬼を見た。



 軽い放心状態の小東を追い出すように帰して銀時が玄関から戻ると、台所で
お茶の準備を始めていたが新八と居間に入ってきた。
 「小東先生なんだったの?」
 「アン? …依頼だってよ」
 ソファに深く座る銀時を新八が睨んで小さくこぼす。
 「断っちゃいましたけどね」
 「ウルセー」
 「…ふうん」
 だがしかし当然怒るだろうと思っていたは平然と一言返しただけだった。
 「…怒んねーの?」
 「たまには良いんじゃない?」
 「ふうん」
 「コレ。…作ってきた」
 解せない態度を疑問に思うも当たり前のように隣に座られれば銀時としては
悪い気はしない。じっと見上げて来るの頬はほんのり色づいていて、怒って
いるわけではないのは一目瞭然だった。
 ただ、そんな拗ねたような顔をされては理性がもたない。
 こみ上げて来るのは激情か。…鼻血か。
 とにもかくにも「コレ」と開けられた重箱を見れば、先日食べ損ねたおはぎ
ではないか。
 しかも、おはぎには意味がある。…銀時にとっては。
 彼女は覚えていないだろうが、昔 約束をした。
 初めて自分の為だけに作ってくれたそれは今まで銀時が食べた物のどれより
美味くて、もう一生おはぎはの作った物しか食べないと。

 とうとう俺の想いが通じたのか?
 つーか、今すぐベッドインも辞さないという構えか!?

 イタイ妄想を含んだ考えが、銀時の頭をぐるぐると巡る。
 そして、それを見るも同じく動揺していた。
 何を言ったら良いのか。
 薄く開いた唇からはいくら経っても言葉が一言も、出てこない。 
 膨らんだ気持ちが弾けその想いを伝えようとここまで行動したのに、実際に
本人を目の前にして立ち止まってしまう。
 それに助けてもらった礼も言いたい。
 きっととぼけられてしまうだろうが…。



 「「…………………………」」





 二人が水面下で激しくすれ違っていたその時。
 「…いったい二人はどうしたアルか?」
 神楽が酢昆布をかじりながら新八を見上げた。
 「…あー …僕もちゃんとは把握出来てないんだけどね」
 ちなみに二人は隣の部屋へ避難してふすまの間から覗きに徹している。
 「たぶん、春が来たんじゃないかなー」
 あんな甘ったるいピンクの空気が充満する部屋にいたら、それこそこっちが
糖尿病になる。



 覗き見ていた二人が胸焼けを起こしかけていたその時だった。

 がしゃん!

 玄関から聞こえた騒音。誰かが戸を蹴破ったようだったが驚いたのは新八と
神楽だけで、蹴破った犯人に心当たりが有るのか、はくすくすと笑い出し、
それを見た銀時は大げさに溜息をつき、侵入者にげんなりと言い放った。
 「次にあった時は全力でぶった斬るとか言ってなかったか?…ヅラ」

 現れたのは二人の男。

 「ヅラじゃない桂だ!…しょうがないだろうが、ココは」
 「の半径100メートルは喧嘩御法度だからなァ」
 一人は銀時の昔馴染みの桂小太郎。
 そしてもう一人は、
 同じく昔馴染みだがこの間キッパリ対立してしまった筈の男 高杉晋助。
 恐怖しか呼び起こさないその姿にぞくりと新八の背筋が凍る。
 が、次の瞬間更に驚愕の事態が発生した。
 「晋さん!小太郎さん!」
 声をあげたは満面の笑みで彼らに駆け寄り、ピョンとかわいらしく跳ねて
高杉に抱きついた。
 新八と神楽は驚くばかりだが、銀時の方はそれどころではない様子でギロリ
と二人を睨みつけた。
 「餌付けの賜物かァ?」
 「努力の賜物だ」
 一方、睨みつけられてもびくともしない高杉は平然と言い返し、の頭を撫
でている。
 「ーッそれよりなんだ。に発信器でも付けてやがんのか?」
 「否定はしない」
 これまた平然と桂が言い返し、ついでに高杉からやんわりとを引き離す。
 「しろよっ!」
 「だよね」
 怒鳴る銀時もどこ吹く風。も平然と二人のテロリストの間で笑っている。
 「お前も焦れよ!」
 「だってー」
 へにゃ。と眉を下げ困ったようにしょげるに桂が微笑む。
 「…何処だかは解るまい?」
 「わかるよ?」
 しかしの言葉にその場が固まった。
 「へ?」
 「あ?」
 「え?」
 男三人の間抜けな声が重なる。
 「かんざしでしょ」
 「…知ってたのか?」
 唖然とする桂に小さくが微笑む。
 「だって、私の事心配してくれてるからでしょ?」
 くすくす笑いながらそっと簪に手をやりまた笑う。

 そうだった。はそういう女だった。
 人の気持ちを決して蔑ろにしない。優しい女だった。
 だから、あんなにも惹かれたのに。

 途方に暮れるような気持ちで、ふと視線を落せば机の重箱が眼に入る。
 もう何年ぶりかの其れを手に取って口に入れた。
 「…うめェ」
 愛しい女が驚いたようにこちらを見た。
 「やっぱ、の作ったおはぎはうめえな…」
 「…ありがと」
 頬を染めてがはにかむ。
 「でもまあ今回はオメエらにくれてやる。それもって、とっととアジトでも
京都にでも帰りやがれ」
 「言われなくとも。ごとな」
 指に付いたあんこを舐め、銀時は覚悟を決めたように話し出した。
 「…言っとくが、俺は別れた覚えはねェぞ。 確かにあん時は手を離した。
けどよ、それはオメー …それが一番だと思ったんだ。怪我もしていたしな。
…離しはしたが恋人をやめたわけじゃねえ」
 「屁理屈こねるな…」
 「っせえ、こいつは…は今でも俺の女だ!」
 呆れる桂の言葉を遮り、迷いを振り切った男が大声で言い放つ。

 「来いよ。こんなうめえおはぎ作ってくれるくらいは、まだ好いてくれてる
んだろ?」
 真っ直ぐにを見つめた銀時が腕を伸ばした。
 「…銀時」
 「ほら、遠慮せず銀さんの広くて逞しい胸に飛び込んで来いって」
 不敵な顔で笑い、内心の動揺を誤魔化す。



 長いような短い時間の後、の足がゆっくりと動いた。
 「ばーかっ」
 ポスンと銀時の胸に埋められるの小さい頭。

 「好きにきまってるじゃない。…あたりまえでしょ」

 聞こえてきた小さな声は多分自分にしか聞こえなかっただろう。
 ただ、もう離さないように。と、しっかりとその身体を抱きしめた。










 本来なら「めでたしめでたし」で締める処だが残念ながらまだ終われない。

 「銀ちゃん。銀ちゃん」
 場の空気を完全に無視した少女の声が続きを促した。
 「ああ?何だ?神楽」
 我に返ったが咄嗟に離れようとするが、銀時の腕がそれを許さない。
 「ちょ…銀!」
 視線だけを神楽に寄越せば酢昆布をかじりながら彼女はテレビを指差した。
 「もじゃ毛がテレビ映ってるアル」
 全員の視線がテレビへと向く。
 そこに映っていたのは担架で運ばれる坂本辰馬の姿だった。
 「あ」
 「え」
 「へ」
 「辰っちゃん!!」

 『今日午後3時ココかぶき町のアパート○○に突っ込んだ宇宙船に乗ってい
たと見られる人物が今救出され運ばれて行きました』

 「あれ、私の家だ…辰っちゃんきっと私に会いにきてくれたんだ…」
 動揺するが画面に映る坂本を見つめ呟く。
 「そうだろうな」
 その肩にそっと手を置きながら銀時が同意した。
 …なんせ身に覚えがある。
 「あいつはそれしか下り方を知らんのか」
 「お前の所もか」
 呆れたように言い放つ桂に高杉。
 「ああ」
 「俺んとこもだ」

 「「「…あんの迷惑男め!」」」
 久々に三人の気持ちが一つになったこの時、「迷惑男被害者の会」が此処に
めでたく発足した。

 しかしそれどころではないが坂本の元へ向かおうとするが高杉がすかさず
引き止める。
 「待て」
 「だって!」
 心配でならないのだが兄のように慕っている男を無視も出来ず、は高杉を
振り返り、焦れたように叫んだ。
 「行ってどうする」
 冷静な声がを宥めるように紡がれる。
 「ただの事故にしといた方が罪も軽いだろう」(ウソだ)
 「あの辺の事故ならお前の勤めている病院に運ばれるだろう?そうしたら
ゆっくり看護してやれば良い」(ただしウチの刺客も紛れ込ませるがな)
 にしか見せない甘い顔で高杉と桂が微笑む。
 「…うん」
 まんまと丸め込まれ心配そうにしながらも頷く
 「オメエら…悪魔か?でもまあ、俺も後で一緒に行ってやるよ」(ついでに
止めも刺してやるし)
 それを呆れたように見ながらも結局は高杉と桂に乗り、偽の笑顔を貼付けた
銀時は所詮「被害者の会」会員の一人だった。

 「でも住むとこなくなった」
 しかし次に続いたの一言で被害者の会に早くもひびが入った。
 「ここに住みゃあ良いだろうが」
 そして追い討ちをかける銀時の言葉。
 「神楽も定春もいるぞ?」
 ぱちんと指を鳴らす銀時に、心得たように神楽がそっとの袖を掴んだ。
 「ー」
 ものすごく無垢な笑顔を作りに向かって手を伸ばす。
 「はう!」
 その姿にくらりとよろめいたは、神楽を抱き寄せ頭を撫でている。
 「一緒にいてくれるアルか?」
 「もちろん!」
 こくこくと頷き微笑む彼女を見て壊れた桂が怒鳴りちらす。
 「汚いぞ、銀時! ッ!此処は危ないぞ!せめて住む所は別にしろ!」
 「…だーかーら、保護者かってーの」
 「許さんぞ!」
 「カリカリし過ぎだぞ。 な?お父さん」
 銀時は呆れたように頭をかき、ポンと高杉の肩を叩いた。
 それがよりいっそう獣を逆撫でする事だともちろん知りつつ。
 「…ッるせえ!誰がお父さんだっ!!!!! オメエに父親呼ばわりされる
覚えはねェ!!」
 その台詞が既にお父さんだという事には気づいていない高杉だった。
 「ちょ…みんな落ち着いて!!」
 早くも収拾がつかなくなりそうな事態に、は頭を抱える。
 経験上この後は乱闘に発展するに違いない。
 この人たちが暴れたら近所迷惑じゃすまない。…それだけは食い止めねば。
 過去の経験から使命感にかられたは救世主となるべく立ち上がった。
 「…なら小太郎さんはお母さんだね!」
 「!?」
 致命傷を受け、がくりと床に崩れ落ちる桂。
 「邪魔者ひとり脱落ー」
 それを見て他人事のように、にやり笑う銀時だったが新八の思わぬ援護射撃
が急所に入った。
 「でも、娘は父親に似た人を恋人に選ぶって言いますよねー」
 「じゃあ、天パと包帯は似てるってことアルか?」
 そして、無邪気に聞き返す神楽。
 心強い味方が出来ては密かに喜ぶ。

 「「似てねえ!!!!!」」
 慌てふためき半狂乱になる二人を完全に無視したが綺麗に微笑んだ。
 「うん。そう言われてみれば似てるかも」

 がくり。


 屍が二つ増えた。








2007.02.17 ECLIPSE






アトガキ

めでたしめでたし。というわけでおしまいです。ここで書く事はこのくらい。
この後がNEXTにありますので、そちらにお急ぎくださいませ。
あとは糖分たっぷりの内容となってますので(笑)胃薬のご用意をお勧めします。
それでは、後ほどお会いしましょう。