にぎやかな祭り囃子。
 戦いの合間に小さな村の祭りに連れて行った。
 手をつないで歩くのは初めてだった。

 気を利かせた村のババアどもに浴衣を着せられ、照れたように笑う姿に眼を
奪われた。
 柄がどうとかこうとかごちゃごちゃと言っていたようだが、そんなの早速耳
には入らず、いつもより少し開いた襟足。艶やかに彩られた唇。
 彼女の何もかもが愛しくてこの腕の中に閉じ込めれたらどんなにか幸せだろ
うと、ガラにもなく思ってみたりもした。
 その細い指をつぶさないように手のひらを合わせ、そっと握るだけで精一杯
で、必要以上に眼で追わないようにと前ばかりを睨みつける。
 時より向けられる視線にも動揺するおのれを誤魔化す為、ワザとからかうよ
うに笑うしか出来なかった。
 白い雲が夕日で紅く染まって、同じように紅く色付く唇に触れたかった。
 手にしたリンゴ飴を舐めて、またごまかす。

 「ずっと、こうしてたいね…」

 当たり前の事だった。
 雲が白くてリンゴが赤いように二人が離れる事などあるわけなくて、当たり
前のように続く日を疑いさえしなかった。
 隣にそして、少々癪だが側にはあいつら。

 当たり前の事だと思っていた。







 けれどその後、戦いが終わって俺たちは離れ離れになった。
 あの時お前は小さく頷いたのに。何処へも行かないでと俺の胸に縋ったのに。
 すべては約束の一つもしてやれなかった俺せい。明日生きてられるかもわか
らないその日暮らしの俺には未来なんて一つも見えなくて。どうやったらお前
を幸せにしてやれるのかもわからなくて。
 なにひとつ言葉にすら出来ない俺からお前は去っていった。
 あの小さな手を離してしまった自分を、今でもまだ許せない。





雲は白リンゴは赤 2





 「…さん」

 …。お前は今何処に。
 て、ハッ なに黄昏れてんだか。

 「…さん」

 たとえ、今さら逢えたとしても、許してもらえるはずもないのに。





 「銀さん!」
 ジャンプをずらされいつになく強硬な新八に仕方なく銀時が眼を開ける。
 「へ…ああ。んだよ新八」
 「…だから! 明日の夜、お祭りに行ってもいいか?って言ってるんですっ
てば」
 「ハイハイ!お祭り私も行きたいアル!」
 「行きゃー良いじゃねえかよ。そんな事わざわざ俺に確認するなってーの。
過保護な保護者様ですかっての」
 「ハイハイ!お祭り!」
 「…銀さんも行きますか?」
 コドモの遊びに付き合うつもりはこれっぽっちもないし、向かいに座る小娘
は、いつになく行く気満々のようだ。これで付いて行って無傷で帰れる自信は
小指の先のほどもない。
 「行かねーよ。オメエらがいねえんだったら久々に呑みにくり出すわ」
 伺うように寄越される視線を鼻の先であしらい、再び横になり寝る体制に
戻った銀時を見て新八はあからさまに嬉しそうな顔をした。
 「ですよね!イヤね、姉上がお友達を連れてくるって言うから、どうしよう
かと思ってたんですよー。さすがに、こんなダメ侍のところで働いてるなんて
体裁も悪いし!」
 「…てめえ、それは言い過ぎじゃねエのか?さすがに銀さん凹むぞ」
 あんまりな台詞には不服を一応立てるが、浮かれている新八にはちっとも効
いてない。
 「でも銀ちゃん。ほんとの事アル真実はいつも一つヨ」
 ウンウン頷く神楽に至っては半笑いだ。
 「しかも、そのお友達ってのが美人ナースだなんて言ったら付いてくるん
じゃないかとヒヤヒヤしてたんですよー。いやー安心しました!」
 しかし、その後に続いた少年の迂闊な一言で事態は一変する。
 「行く!」
 「へっ!?」
 「ぜってー行くっ!!!」
 「…新八。口が過ぎたアルね」



 今日も、万事屋は平和だった。















 「楽しかったアルー!」
 花火も終わり、きゃっきゃっとはしゃぐ神楽に相づちを打ちながら、家路に
ついていた一行。
 「さん、私たちこっちなんですけど、後はそこのダメ侍が送っていきます
から」
 分かれ道に来た所でお妙がそう切り出す。
 本当は泊まりにこないかと誘われていたのだが、明日は朝のシフトが入って
いるため残念だが辞退したに彼女は笑ってまた今度と約束を取り付けていた。
 「ッえ? あ、で でも一人で大丈夫…」
 だから、てっきり銀時も、神楽と二人泊まりにいくものだと思っていた
あわてて断る。
 「同じ方向だ。気にすんなや」
 しかし、言い切る前に銀時に遮られてしまった。
 「そうですよさん。この人、顔と態度はイマイチですけど腕は確かですか
ら!」
 「だから、一言多いっつーの」
 にこやかに言い切る新八に銀時が突っ込んだ。
 神楽に言わせると、まだまだらしい。

 の家は病院の近くのかぶき町にある。
 聞けば同じ町に住む銀時の家と近いようだったが、これ以上一緒にいては、
いろいろと厄介な感情が溢れてきそうで好意を素直に受けられない。
 困ったように視線を寄越すを安心させるように微笑んだお妙は、殺気を込
めて銀時に五寸釘を刺した。
 「…銀さん。神楽ちゃんがいるから大丈夫だとは思うけど、さんに何か
あったらタダじゃおきませんから」
 ぐっと拳を握る彼女の迫力に負け、
 「。一緒に帰るネ!」
 その上繋いだままだった手を小さく引く神楽に笑いかけられては、もうそれ
以上何も言えずは結局頷いてしまった。
 「 あ、…うん。 じゃあ、銀…時さん、神楽ちゃんお願いしますね」
 「…ああ」

 「おやすみなさい。銀さんまた明日」
 「おお。オメーらも他人に害の無いよう帰れよー…ぐはっ」
 余計な一言を乗せた銀時をお妙が砂利道に沈める。
 「さんまた顔出しますね」
 「うん。いつでも遊びに来て! 今日は本当にありがとうね。二人も気をつ
けて。おやすみなさい」
 砂利道に沈む銀時に慣れを感じてきたは軽く微笑みながら、これがこの人
たちなりのコミュニケーションなんだろうと理解した。

 そう言えばあの人たちとも、いつも仲良さそうに喧嘩していた。










 三人になって心なしか会話が減ったのは気のせいか、言葉を上手く出せない。
つい早足で歩いてしまっているようでうっかりすると二人と間の開いてしまう
銀時はあわてて速度を落とした。
 「神楽ちゃん。足、痛いの?」
 ほんの少し足を止めると、後ろでの声がする。
 「ッ、 大丈夫アル」
 銀時が振り返るとあわてて足下を隠す神楽と、屈んで傷を見ようとしている

 着物を着ない神楽は普段下駄を履くことは無い。慣れない履物で歩き回った
せいで鼻緒で擦れて肉刺が出来ているのだろう。
 この後の彼女の行動が予想できた銀時は黙って神楽の前に屈むことにした。
 「おぶって…」

 ほら見ろ。同じくらいの身長の人間を背負ってどんだけ歩くつもりなんだ。
お前は。
 まったく、ちっとも変わっちゃいない。
  
 「銀ちゃん?」
 「早くしろ。におぶらせるわけにはいかねーだろうが」
 「うん!」
 神楽を背負って銀時が歩き出すと、がその足から下駄を脱がして手に持ち
隣に並んだ。
 そうしてやっと近づいた距離に安堵する。
 きっと気まずい思いをしているだろう彼女には悪いが、ほんの少しでも近く
にいたいと思った。
 そうして思ってから銀時はおのれの中でいろいろと厄介な感情が沸き上がっ
ていることにようやく気づく。
 困惑したままに横を歩く彼女に視線をやったその時。
 「お! なんでぇ嬢ちゃん、おとっつぁんとおっかさんと来てたのかっ」
 不意にかけられた声に三人して顔を向けると、片付けを始めた焼きそば屋の
オヤジが手を振っていた。
 「「「……!」」」
 理由は三人三様だがあまりの衝撃に固まったままでいるとオヤジは笑いなが
ら手招きを繰り返す。
 「今日一番のお得意さんだ!残りもんだが持って行きな」
 そう言って、に焼きそばのパックが入ったビニール袋を持たせた。
 「あの…違ッ…」
 「良いって。良いって。気にしなさんな!!」
 「………あ、ありがとうございます…」
 は必死で訂正しようとしたが、話を聞きもしないオヤジに諦め引きつった
笑いでお礼を言うに落ち着く。

 「何か言う隙間もなかったな…」
 「しかも、こんなもらっちゃって…」
 「のお母さんはともかく、こんなお父さん嫌アル…」
 「うるせー。俺だってお前みたいな胃拡張娘はご免だっつーの!

 更に気まずくなった雰囲気のまましばらく歩くと、またもや声がかけられた。
 「あら、銀さん!」
 この辺はもう、かぶき町だ。
 自分のテリトリー内故に、顔見知りが多くなってくるのはしょうがないが、
こんな時ばかりは放っておいて欲しい。
 「おお」
 「ちょうど良かった。これ、お登勢さんに持っていっておくれよ」
 「ああ、良いゼ」
 声をかけてきたのは商店街にある呉服屋の女将。渡された荷物を受け取ると
信用無い言葉が付け足された。
 「食べ物じゃないからね。ちゃんと届けとくれよ」
 「…あいよ」

 アレか、俺はお使いも出来ねえ子供以下か?

 ハアア と、ため息を付く銀時を尚が見上げた。
 「持とうか?」
 ちょこっと首を傾げながら自分を見上げるに笑い返し首を横に振る。
 「や、わりと重いからいい」
 「そ? …て、あれ?銀時。神楽ちゃん寝ちゃってる」
 「アア? 呑気なヤツだ」
 首を回して後ろを伺えばスースーと小さな寝息が耳に入った。

 「おーい!銀さー…」
 「シー」
 「…ああすまねえ。また今度でいいわ」
 声をかけてきた団子屋のオヤジは、銀時の背で眠る神楽を見つけると笑って
諦めてくれた。

 グッジョブ神楽!

 これなら邪魔されずに暫く歩ける!と銀時は小さく拳を握った。

 今だ。今しかねえ。

 「ひ」
 が、気がつけば家の前に着いてしまっていた。
 「どうしたの?」
 「や、何でもねえ…ココだ。 着いたぜ」
 がくりと項垂れたまま、銀時は声を絞り出した。





 荷物があるからと、階段の上まで上がって銀時の代わりに玄関の戸を開けた
は下駄と焼きそばを置くと帰る旨を伝えた。
 それを聞いて焦った銀時はあわてて引き止めるモノを探す。
 「じゃあ…」
 「!」
 「え…?」
 「あー…あの、な。コイツ…か、神楽の浴衣! このままで良いんか?」
 「あっ そうだね。…お邪魔しても良い?」
 「ああ」
 何とかを引き止めることに成功した銀時は久々に続けて神楽に感謝した。

 「ココ…?」
 「ああ。って、無理矢理じゃねえぞ!?コイツが気に入って住み着いてんだ
からなッ」
 寝床を聞くと押し入れを開けた銀時に、じっ と疑いの眼を向けながらも、
とにかく部屋から追い出した。
 「神楽ちゃん?起きれる?」
 銀時の背から下ろされ一度は起きたようだが、畳に座り込んでまたもや船を
こぎだした少女を可哀想だと思いながらも肩を揺する。
 「…ん…?」
 「ん。寝る前に浴衣脱いじゃお? 手伝ったげるから」
 「うん…」
 眼を閉じたまま、夢うつつでこくりと頷く神楽に思わず微笑み、帯を解いて
着替えさせる。
 「…。かんざし」
 「あげるよ。 また今度着物着る時に使って?」
 「ありがとーアル…」
 着替え終わると肉刺に薬を塗って絆創膏を貼った。
 「ハイ、おしまい」
 そう言ったに神楽はこくんと頷くと自ら押し入れによじ登り、簪を握った
ままコテンと布団に倒れ込む。
 本当にココで眠っているのだと妙に感心しながらも納得して、布団をかけ、
はそっとふすまを閉めた。
 「おやすみなさい」

 「
 部屋を出ると、奥から銀時の声がする。
 呼ばれるままに入れば、そこは事務所兼居間のようで、テーブルにはお茶が
いれられていた。
 「銀時?」
 ソファに座りジャンプを読んでいた銀時が顔を上げる。
 「おう。すまなかったな」
 「大丈夫よ。いただきます」
 言うまでもなく銀時がいれたのだろう。珍しい事もあるものだと、この数年
で男が成長した可能性をほんの少しも考えないは小さく微笑んでありがたく
向かいのソファに座り、お茶に口を付けた。
 「…かわいいね。神楽ちゃん」
 「いや、ドコが?」
 「ん? あんなめちゃくちゃでもちゃんと子供なんだなーって」
 「…いや、ドコが? …コドモってーか…多分あいつの90%は胃袋で出来
てるぞ」
 げんなりと言う銀時だが、それでも彼女を気に入っている事が伺えて微笑ま
しく思う。そういえば、ガキは嫌いだと言いながらも昔から良く子供に懐かれ
ていたのを思い出す。
 「ふふ。それでもよ」
 昔、と二人でいる所を邪魔されその子を追い回す姿を思い出し、つい笑い
が溢れた。
 「……」
 明るい蛍光灯の下で改めて見たのその笑顔に銀時が息をのんだ事も知らず。





 お茶を飲むと早々に席を立って帰ろうとしたを送ると、またいい訳を付け
て銀時も付いて家を出た。近くだから良いと断る声は聞こえない事にして。
 たとえ気まずくても、少しでも長く側に置いておきたいと思った。

 二人きりで並んで歩くなんてあのとき以来かもしれない。
 それでも、あの時より少しだけ広がった距離が今の二人の関係で。銀時は、
その溝を埋める術をどうにかして探し、また無駄なあがきをする。
 「…久しぶりだな」
 それはさっき言えなかった言葉。
 今更だが、どうしてか口をついて出た。
 「そうだね。…元気だった?」
 それに笑って答えるにまた心をかき乱される。
 「ああ。…おまえは?」
 「元気よ。怪我もちゃんと治って今は普通に生活してる」
 「…そうか」
 「うん…」
 「…」
 「…」
 「…ここにきて長いの?」
 「あの後、わりとすぐに流れ着いて居座ってる。…お前は?」
 「ちょっと前まで辰ちゃんのとこに居たんだけど、今はこの先の良純先生の
病院で働いてるの」
 「そうか」
 「…」
 「…」



 戦が終わり、怪我を負った彼女を連れては行けなくて、救護所で医師をして
いた松本良純の所に置いて去ったのは、まぎれも無い自分。
 の父親とも親しいその松本の元なら安全だし、仲間も多く残っていた。
 自分を含め、あの4人はみんなに惚れていたから取られる心配より、何が
あっても護り抜くだろう安心のほうが大きかった。
 それに、自身が残ると決めたのだ。
 戦い以外で彼女を護っていく事に自信が持てなかった銀時は、無理矢理攫う
事など出来なかった。



 「…」
 「銀…」
 「「……」」
 不意に重なった声が、また言葉を途切れさせる。





 もう二度と手に入らないのなら一生逢えなくて良かったのに。

 いきなり俺の前に現れた女。
 あの時より髪が大分伸びて大人びた姿で。
 あの時より何倍も美しくなったのに、その笑顔と鈴が鳴るようなきれいな声
はそのままで、封印したはずの感情を無理矢理に引き出した。
 人として大切であろう其れは、あの時捨てたはずではなかったか?

 カラコロと鳴る、の下駄の音が銀時を追い詰める。
 先刻、花火を見上げる彼女があまりにきれいで思わず触れてしまった自分。
 もう一度触れたらきっと取り返しのつかないことになるだろう事はイヤとい
うほど解っているから、近づく事が出来ない。

 あの日の二人に戻れる訳もないのに。
 俺は何かを期待している。
 もし、もう一度お前をこの腕の中にしまえるなら。
 二度と自由になどしない。





 「銀時…」
 「ん?」 
 「…なんでもない」
 「んだよ。…気になんだろうが」
 「…の?」
 「あ?」
 聞き取れない言葉を催促すると、は誤魔化すように微笑み一歩前に出た。

 ダメダ… 

 「お登勢さん…が、今の彼女?」
 「違ェ。大家のババアだ」
 そんなつまらないことを聞きたいわけでもあるまいに、話をそらして一体、
何を隠しているんだ。
 「でもいるんでしょ?」
 それとも、俺が何か余計なことを言い出すのを恐れているのか?

 ヤメロ…

 「…」
 「どんな人? お妙ちゃんでもないんでしょ?」

 フレルナ…

 願い虚しく理性を無視して身体が動く。
 「ッ!?」
 明るい声で笑うの後ろから伸びた腕が、細い身体を強く抱きしめた。
 「…いねーよ」

 モドレナクナル。





 もし、もう一度お前をこの腕にしまえるなら。


 「…銀、 時…?」
 「俺が心底惚れたのは、後にも先にも 、お前一人だ」


 二度と…。








2006.11.06 ECLIPSE






アトガキ

えーガンパッております。頑張るとテンぱるが合体した感じで(笑)
何なんでしょうね、この歯がゆい感じ。途中甘いのが書きたくなって、
かなり困りました。焦れってーし、甘くねーし。
決着はもう少し先です。後、暫くお付き合いを。