14. 逃げきる 【高杉 side】
「はっ、…」
しばらく走ってようやく立ち止まった時には出血の所為もあってさすがに高杉の息はあがっていた。
入り組んだ路地裏は日の光さえ遮り、昼間だというのに男の姿を隠すのにはちょうど良い暗さを保っていた。
もう少しすれば建物の上から自分を助けた部下が迎えにくるだろう。
その場に腰を下ろすと、がさりと小さな音。
薄暗い暗がりは自分に似合っている。
大切なヒトを失ったあの時から光に背を向け生きて来た。
だから、この感情はきっと不要なものだ。もしかしたら邪魔になるだけかもしれない。すべての破壊する為には。
けれど、ただ一つだけ捨てられないあの宝物が狂ってゆくばかりの己の精神的な支えになっている事も間違いない事実で。
…。
この世でただ一人、俺が愛する女。
お前は血に汚れた獣と成り下がった俺が触れるにはあまりに美しく、清らかすぎて、いつも汚してしまわないかと不安になる。
それなのに、そんな俺にかまわず、無邪気に手を伸ばしてくるから振り払うことが出来ない。其の笑顔の為ならば、などと馬鹿げた事を思ってしまうくらい焦がれる。
あんなキレイなものをこの胸に残していればいつか必ず、それが仇となる事など百も承知なのに。
絶対に消せないと諦めている自分がいる。
ふと、腰を下ろしたときに鳴った音を不思議に思い袖を探ると、見覚えのない包み。
あの短い時間に、置き土産をしたのは自分だけではなかったらしい。
「くくっ。やるじゃねえか」
俺に気づかれずに忍び込ませるとは。
中身は簡単な応急手当が出来る薬と二つの握り飯。
適当に薬を塗って包んであった布を包帯代わりにすると、高杉は握り飯に食らいついた。
「…うめェ」
手に入れる事は叶わないが、何処でだって良い。笑って生きてさえいてくれれば。
唯、それだけを望む。
2006.10.10 ECLIPSE