思いを馳せる者達が、同じ空を見上げている。
上忍待機所を見つめ、そこから広がる夜空に、愛する人を思い浮かべて帰宅する。
月を映す二つの水晶は水面の様に揺らぎ、唇を噛みしめ嗚咽を封じ込む。
そんな彼女を見守る、面を付けた忍も同じく、朧げな月に同士を重ねて。
弔いだと言わんばかりに静かに酒を煽り、状況を見極めた特上四人は、酒酒屋の帰り道。
幻影を消した綱手は、自席の後ろにある大きな窓から。
仮眠を済ませたゲンマは、アカデミーのテラスに寄り掛かり。
部下へ
仲間へ
愛する人へ思いを巡らせる。
朝日を浴びたゲンマの髪がふわりと風に揺れると、緑が一つ舞い落ちた。
夏の雷、秋の稲妻 第十四話
夜の暗く深い森を走り、切り立った山肌を駈け上がる。
忍でない者ならば数時間かかるであろう起伏に富んだ道無き道も、彼らの足ならば容易い。
着地地点とする跳躍台はあるにせよ、その様は恰も空を飛ぶ鳥の様に。
後方に棚引く両手は翼の如く。
深い 深い 森の中には、
ある一定の法則に従い踏み入れなければ、入口付近に戻される術が施されている。
許可された者以外、経験の浅い忍、もしくは一般人ならば、戻された事にも気づかずに彷徨っている事だろう。
この森を要する人々は、此処を“迷いの森”と呼び、近づく事はしない。
謂われが先でそれを利用したのか分からぬが、昔から曰く付きの場所には大抵忍が絡んでいる。
招かざる者を遮断し、己達の地とするのだ。
そんな濃い森の奥には、人の目の錯覚を利用しつつ、森と一体化した屋敷が一軒。
極寒の地の動物が白を身に纏うように、砂地や枝葉に溶け込み身を守る物達のように、保護する色を纏う屋敷。
目的地に着いたカカシは翼を下し、木の幹に体を隠して、同行する仲間に視線を送った。
彼らもまた翼を休め、カカシのハンドシグナルを待ちながら、前方を見つめている。
呼吸を合わせた彼らは、カカシの指先が振り下ろされると一斉に飛び上がり、各方面から屋敷内へと潜入した。
闇の中で声を上げる暇も無く横たわるのは、この屋敷を根城とする忍達。
主の手となり、足となり、動く輩達だ。
奇襲に気づいた敵忍達と本格的な戦闘に陥る前に、大角の居る部屋へ向かうのが望ましい。
仲間によって既に退路は断たれているが、身構える隙すら与えてやるつもりは無い。
平屋建ての広い屋敷。
中庭に面した中央の部屋が大角の居場所だ。
僅かな気配の変化に気づき不審に思ったのか、大角が巻物を広げる手を休め立ち上がった矢先、カカシは音も無く大角の背後に現れる。
虫の羽音に似た音を僅かに放つチャクラ刀は、大角の喉元に。
そして低く響くカカシの声。
「少しでも動くと首が飛ぶぞ」
手甲に付く金属板に目を止めた大角が、前を向いたまま静かに声を発した。
「……木の葉か」
「五代目火影の勅命を受け、貴様を連行する」
「連行…だと?」
「首だけ持ち帰ってやる程、オレは甘くない」
「では この刀はハッタリか」
首を落とすつもりが無いのならば、この脅しは効き目がないとの意味を持ち合わせた大角の言葉。
「任務の遂行は貴様の首を持ち帰れば済む。殺るのは簡単だ。ただ、今ここで、殺してやる義理はないだけだ」
楽にしてやる筋合いは無いとカカシは言っている。
チャクラを封印され、各国の尋問を受けながら、陽の光が当たる事なき檻の中で過ごす日々は、この様な男にとって死よりも苦痛な筈。
囚われの身となる位ならば、死んだ方がマシだと思うだろう。
そしてこの男には、厳重警戒施設、旧重犯罪忍者専門刑務所などへの入所など勿論無く、吐き出せ無い物も全て吐かされ、後は死神の鎌が振り下ろされるのを待つだけ。
「流石、木の葉の忍だな。───それが甘いと云うのだ」
狩れるモノは狩れる内にが、大角の持論。
「意見の相違だな」
「笑止。潜り込んだのは褒めてやる。だが俺は首をやるつもりも、木の葉に行く気も無い。貴様一人で何が出来る」
「なぜオレが一人だと?」
「木の葉が放ったのは後にも先にもお前の率いた二小隊だけだ。だが先の爆発でお前程の男がやられるとも思うまい。俺の見込みは正しかったという訳だ。なぁ白い牙の血を引くコピー忍者、はたけカカシよ」
大角が怖ける事なく言った直後、部屋の襖と中庭に続く障子が一斉に放たれ、月光が差し込んだ。
襖の向こうと廊下、そして中庭には、この屋敷の忍達が幾人も散らばり、こちらを睨み付けている。
「手緩く侵入を許す屋敷だと認めたようなものだな」
自分の様な忍一人の潜入も阻止出来ない警備なのだと、蔑んだ物言いで口を開くカカシ。
「なあに、貴様を肯ってやってるんだ」
「それはどうも」
ご期待にそぐえず残念───とカカシは心の中で苦笑する。
「但し。たとえ二小隊全軍が突入していたとしても、抜け出す事は出来まい。この屋敷には幾人の忍が居ると思う」
「ざっと百ってところか」
「ああ、そうだ。袋の鼠とは正しくお前事。その首、置いていけ!」
大角の目配せに、取り囲むように配置している忍が一斉に捕縛の印を組む。
二重三重にも掛けるつもりなのだろう。
術が発動し、網に絡まれるよう くず折れたのは、
カカシではなく大角。
瞬時にチャクラ刀を背に仕舞い込み、仰向けになる大角の右腕を背中に捻じ伏せ、髪を掴んで奴の首を上へ伸ばす。
「貴様…… 一体何をした……」
大角の息苦しい声が地に零れる。
その時、幾つもの影が場を走り、次にはその姿を際立たせた。
カカシと共に侵入した木の葉の忍が、この屋敷内で危険視していた大角の仲間を拘束し、姿を現したのだ。
大角の側近格と言っていいだろう。
そんな自分の部下達が、戦う間も無く囚われた事に、大角は奥歯をギリッと噛み締める。
大角が自分を捻じ伏せたカカシを垣間見ようと、首を動かす動作を見せた時、高域の小さな爆発音が幾つも響いた。
「なんだ……と……」
木の葉に捉われた側近以外の。
自分に捕縛の印を放った部下と、目に飛び込む範囲に点在する部下が白煙を上げている。
大角の目に映った忍装束は仲間の物とは変わり、その顔も見知った者と違っていた。
「木の葉同盟国、砂──」
風影の統治にある砂隠れの忍。
「同じく。木の葉同盟国、雲──」
雷影の統治にある雲隠れの忍。
煮え湯を飲まされたのは木の葉だけではない。
他里も同じく。
諸外国も同じく。
両里が木の葉と決起し、秘密裏に進めた今回の作戦は、総指揮を火影から任されたカカシが進めたもの。
全ては大角を殺さず連れ帰る為。
大角の首を落とし、無差別に屋敷内の忍を一掃するのは簡単である。
しかし、大角の元に居たというだけで、命を落とさせるのは酷であると。
そうなると、奴を里まで護送する間の追手の数は桁違いとなる。
作戦上、自里からの増援派遣は望めないとすれば。
目的を同じくする他里同盟国と結託するのが望ましい。
カカシは言葉少な気に火影にそれを伝え、綱手から極秘に書簡を受け取った同盟国は結集し、一足先に屋敷へと潜入を果たすと、大角の仲間と少しずつ入れ替わった。
絆の深さ、連携の強さを見せ付け、もう逃げ場は無いと知らしめる。
これでも大角は甘いと自分を笑うだろうが。
感情で動くとするならば、八つ裂きにしてやりたい思いなのだ。
だが簡単に死なせなどしない。
大角の僅かに動く左手の爪が畳に食い込み、それに目線を走らせたカカシが声を落とす。
「諦めろ……もう終わりだ」
声を荒げたりせず、平静を保つカカシの口調ではあるが、声だけで喉笛を切り裂く様な殺気を帯びていた。
ふわりと舞い降りた緑は、ゲンマの手中に。
杉の樹形に似たそれは杉菜と呼ばれ、春には土筆という胞子茎を出す草である。
それが里の忍鳥ではない鳥によって、自分の所へ運ばれて来た。
巣に持ち帰る途中で落とした物のようにも見えるが、その草の姿を見たゲンマならそうとも捉えないだろう。
細い棒状の葉は、主軸を捕えているように絡まっているのだから。
『 何かあったら、ゲンマ君に連絡入れるよ 』
去り際に言ったカカシの言葉をゲンマは思い出す。
忍鳥も忍犬も無暗やたらと使えない。
とすれば、どうやって連絡を入れるのだろうかとその時に思った。
一見踏まれた草が絡んだようにも見えるそれは、自然の中の不自然。
偶然の中の意図と取れる。
土筆と杉菜の関係、里の誉れと呼ばれる彼の言動、そして現在の状況。
それを踏まえて判断出来るゲンマだからこその分析予測。
一体貴方は、どんな顔でこれを結んだんですか、と。
僅かに口角を上げ、握った草と共に拳をポケットに隠した。
大角の捕縛任務は成功したと見て良いのだろう。
こちらが“正式な忍鳥”を向かわせられれば、そう答えが戻ってくるはずだ。
その時は近いが、鳥の飛行速度と任務地の距離とを計算すれば、その必要はないのかもしれない。
『 何かあったら── 』
綿密に練られた今回の作戦を、カカシが損じる筈は無い。
助けを請う連絡では無く、報告だろうとも予想は出来た。
早くこの事を知らせたい人物は、昨夜探りを入れられたと仲間から聞いている。
チガヤを捕まえる為の証拠は揃っているが、他の三名には確固たる証拠が無いのが現状だ。
諜報の補助役だろうが、逃走時の援護、戦闘要員だと見て良い。
そんな輩にうろつかれている今、下手に動いて彼女に何かあったら取り返しの付かない事になる。
勿論、護衛の暗部はに張り付いたまま。
彼の実力を軽視しているのではないが、タイミングを誤る訳にはいかない。
ああいう輩は手段を選ばないのだから、彼女には草の捕縛が開始された時、見守っている男から伝えてもらえば良い。
次は己の番だと、里を見下ろすゲンマの千本が、朝日に煌めいた。
同日夕刻──
午前中の清々しい陽気とは裏腹に、午後になると灰色の厚い雲に覆われ始めた木の葉の里。
そよぐ風は湿り気を帯び、肌に纏わりつくようだ
灰色の空気を一掃するように、煌々と照らす執務室の明かり。
「すいません、チガヤさん。色々と頼んでしまって」
ハヤテは手元の資料から一旦目を離し、チガヤへ向けた。
偽の合同慰霊祭準備の為、執務室内は人影も儘ら。
急に頼まれたのだと、チガヤを助っ人に呼び、書類制作にあたるのは月光ハヤテ。
「いえ、私も勉強になりますし」
構わないと笑みを浮かべるチガヤは、出来上がった分をハヤテに手渡した。
「ありがとうございました、お陰で助かりましたよ。後はこれを纏めるだけですから」
コホンと咳をした反動でハヤテの肘が当たり、デスクの横にそびえる本の山が崩れ落ちた。
「古い本というのは、独特の匂いがしますね」
苦笑いを浮かべて拾い上げるハヤテに、同じく拾い上げながらチガヤは言う。
私が返して来ましょうか───と。
「お願い出来ますか?」
「はい」
何冊もの本を抱え上げ、チガヤは一礼すると執務室を後にした。
彼の辿り着く先には、目的の物が置いてある。
予め潜ませていた影分身が、影からチガヤの行動を本体に伝えて来た。
餌に食いついたと。
そしてある術を発動したとも。
熱風が木の葉を駆け抜け、空は黒く崩れ落ちてきそうな程だ。
局地的に天候を操る忍が大角の仲間に居たと聞いた。
その術を受け継いだのだろうか。
辺りは暗闇と化し、紫の稲妻が駆け降りると、チガヤは窓枠の外へ飛び出した。
ハヤテは刀を抜き、そしてまた鞘に収める。
執務室の明かりを反射し、キラリと放った光が合図。
それに目を止めたライドウが跳ぶ。
里内を歩くアオバと合流し、アンコも吸い込まれるように歩を合わせた。
「イズモ〜コテツ〜差し入れよ」
甘栗甘の甘味をアンコは二人の前に差し出す。
里の大門を警備するイズモとコテツ。
そこに来た特上三人は、大門に背を向けて立っている。
彼らの注意が三人に向けられている間、瞬身を使い里から飛び出す影四つ。
木の葉の五人は視線を噛み合わせて、アンコ、アオバ、ライドウの三人が小さく頷くとその姿は一瞬にして消えた。
チガヤの作りだした雷雲は、自然発生していた厚い雲を吸収し、みるみる内に育って行く。
崩れた空が泣きはじめ、里内では住民達が帰宅を急いでいた。
紫の雷は狼煙。
忍鳥の飛行を妨げ、忍犬の鼻を鈍らせる為の雨でもあるのだろう。
自分達の身も森に紛れやすい。
逃走の補助は多い方が良いのだから。
「チガヤ。何処へ行くつもりだ?」
大門から数百メートル離れた先。
今まで殺していた気配を解放したゲンマが、チガヤを出迎えた。
「不知火さん……。急遽護衛の任務を依頼されまして」
「お前がか?しかも瞬身を使う一般人を連れだって?」
問い掛けに言葉を繋げる事の出来ないチガヤが、ゲンマを睨みつけた。
他の草は、後方を守り、その姿をまだ捉えていないだろうに。
「見え透いた嘘を吐くな。もうお前達の帰る場所は無い」
「一体なんの事です?」
「大角は拘束され、組織も壊滅。お前が草だって事は端からばれてるんだよ。ついでに他の三人もな」
苦虫を潰したような表情のチガヤが大きく手を振り上げる。
眩い閃光。
落ちる稲妻はゲンマの元へ。
幾つも落ちる稲妻をゲンマは飛び上がりながら避け、クナイを放つ。
チガヤに弾かれたクナイは木の幹を深く抉った。
あちこちから聞こえる金属音と爆発音。
他の仲間の戦闘も始まったようだ。
術を匠に使うのはアオバ。
忍術と体術を混ぜ合わせるライドウ。
「やだ〜ツクシちゃんだっけ?こんな所で何してるの?」
「貴女は……」
「アンコよ。みたらしアンコ」
「あ、いつもありがとう……ござい…ます……っ………」
アンコの袖口からは、何匹もの蛇が勢いよく飛び出し、ツクシに噛み付くとその身でギリリと縛り上げる。
潜影蛇手を先手に打たれたツクシは、戦う事無く陥落した。
遠距離型のチガヤは後方に飛びつつ、ゲンマと一定の距離を保つ。
チッっと舌を打ち、次にクナイを投げるも、ゲンマのクナイはまた弾き飛ばされた。
高々と上げたチガヤの指先がまた折れ、紫色の稲妻がゲンマを襲う。
かわされた雷は木の幹に落ち、その身は蒸発する音を立てて、辺りに焦げ付いた匂いを齎した。
静止と後退。
帯電と放電。
身切った───と。
逃げるチガヤを追いかけながら、手裏剣と千本を取り出す。
チガヤが静止して指先が折れるまでの数秒。
ゲンマは先ほどとは違って、枝を蹴る足を休めずチガヤに近づきながら、その二つを放った。
幾重にも飛ぶ手裏剣。
その下に隠れるように飛ぶ千本。
ゲンマへと走る稲妻。
弾かれた手裏剣は右に左にと流れるが、隠れた千本がチガヤの右足を射止めた。
雷を擦り抜け、距離を詰める。
神経が麻痺したチガヤの右足は力無くダラリと下がり、引き摺りながら前を進む。
背後を見たチガヤは挑むような目付きでゲンマを見ると、一際高い木の天辺に立ち両手を上げた。
二本の閃光が真っ直ぐにゲンマへ走る。
飛び上がったゲンマは、咥えた千本を斜め上空に吹き飛ばした。
軌道が反れた一本の光の中に輝く千本。
もう一つの稲妻がゲンマの肩を掠めるが、その傷を構う事無くゲンマは進む。
落ちて行くチガヤの腕を掴み、捩じり上げたゲンマのもう一つの手は拳となり、鳩尾に深く食い込んだ。
瞬身の術を使い、地上に降り立ち、ゲンマは拘束用の術をチガヤに掛ける。
その時チクっと痛みを感じた肩には、火傷による紅斑が軽く浮かび上がっていた。
「誰かさんの雷喰らうより、遥かにマシだな」
ゲンマがポツリと溢せば。
「誰かさんって、誰?」と何処からか声がした。
何時しか雨は止み、生暖かい風は物憂げに木の葉を揺らす。
落雷こそ治まったものの、未だ雷鳴は轟き───
涙を流し震えるの叫び声。
彼女の傷は まだ癒えていない。
←BACK NEXT→
2008/07/13 かえで
BGM 対峙