季節はかならず廻ってくる。

春の次には、夏

夏の次には、秋と───



「お母さん、今日もお散歩行く?」
「行くわよ」
「私も一緒に行くー!」

の母は毎日欠かす事無く、町の周囲を歩いて回っていた。
それこそ、どんなに天候が悪くても、だ。
母の辿る道が毎度変わらない事に気づき、これはお散歩という名の見回りなのだと、はその時感じ取った。
でもその見回りの名前は、いつまでもお散歩。






夏の雷、秋の稲妻 第十一話







ギラギラと、怒りを滲ませたかのようだった太陽の光は、冷静さを取り戻したかのように柔らかくなり、緑色だった稲穂の絨毯は黄金色に姿を変え人々に収穫の喜びを齎していた。
町の周囲に点在する雑木林、連なった山々は、紅い衣を身に纏い、風にそよいでは木の葉が揺れる。



虫たちの求愛が響く、ある秋の夜、事件は起こった。




「西のラインを越え多数の忍が接近中!!」

見張り台に居る仲間から官舎の無線機に連絡が入った。
ラインは、町から五キロ地点の周囲。

「何?!」

の父である大隊長は叫び、同じく待機中の部下は、無線の遣り取りを緊急館内放送に切り替えた。

「数は?」
「…約…三十部隊、百二十名程です」

大隊長はギリっと奥歯を噛み締め、逸早く此処に駆け付けた仲間は「三十………」とだけ声を上げると、そのまま黙りこんだ。
奇襲を起こすのならば、悟られないように接近するのが得策である。
しかしこの集団は、隠れる事もなく、近づいて来ていた。

「どんな奴等か分かるか?」
「傭忍の一団かと思われます」
「アイツ等か……」

今はまだ大角の名こそ明かされていないものの、この集団の非道さ、凶悪さは噂に流れていた。
最近では国々と契約を交わしている様子はなく、戦乱に交じって独自に動き回るようになり、破壊活動、略奪等を繰り返す。

「まさか……」
「そのまさかだろうな」

言葉を濁す仲間に、確信を持って大隊長は言う。
そして誰もがその憶測を口にはしなかった。


ただ金を、
物資を、
女を人間を、
奪いに来ただけでは無い。

恐らくはこの町全体。
強いてはこの一国だろう。


見張り台の二名と、大名屋敷を警備する四名を除き、無線を聞いた同僚達が待機所に集まって来る。

一番最後に現れたのは、を連れたくの一。
の母であり、大隊長の妻であるサトミだ。
夫婦である二人は一度視線を交わし、夫は迅速に、集結した同僚達へ目を向けて叫んだ。

「非常事態宣言を発令する。直ちに特別緊急配備に付け!!」
「了解!!」

各自役割分担は決まっている。
勿論、誰に問う事もなく、速やかに配置に付く。

大名屋敷、見張り台にいる忍はそのまま警備を続行。
第一部隊を除き、残るは町民の避難誘導へ。
避難場所は大名屋敷の地下である。

避難誘導の任に付く仲間の一人が、に近づいて来た。
を避難させる為に。

「お父さん、お母さん……」

は母の手を握りしめ、言葉を飲み込んだ。
私も戦うと、言いたかった。
だけど多少の忍術が使えるとは云え、まだ下忍でもなければアカデミーにすら通っていない。
それに力の無さは、以前カカシに助けられた時に痛感している。
一矢を報いる所か、一瞬の内に地に横たわる事になるだろう。
それだけならまだ良いが、動揺は隙を生む。
自分の安否を気遣った者を、危険に晒すのは明らかだ。
大人しく身を潜めているのが最善策。

分かってる、分かっているけど、
それでもなにか出来る事はないのか───と。

は緊張と無力な自分への焦りから渋面を深くした。

。避難所の中、よろしくね」
「え?」

母を見上げると、横に向いた耳に父の言葉が届く。

「お前に任せたぞ」

父はそう言いながらに手を差し伸べ、そして表へ出て行った。

…皆にお茶を淹れてあげて。あなたのお茶は美味しいんだから。ね、そうでしょう」

の手を取った忍は、優しくサトミの言葉に頷いた。





大陸に戦火が広がり、幾年か。
忍達は戦地から戦地へと渡る過酷な状況下にあった。

大陸の端に位置する稲の国に、同胞達が訪れる事も珍しい事ではない。
食糧や武具の調達、里との連絡。
羽を休めに来た忍も居た。

山吹色をした髪のくの一が、此処を訪れた日の事は、まだ記憶に新しい。

「お母さんのお友達?」
「そうよ」

の母は、書類に目を通しつつ返事をした後、娘の耳元で小さく言ったのだった。
「綱手お姉ちゃんよ」と。
以外の人間が聞いたならば、やけに“お姉ちゃん”の部分が強調されて聞こえた事だろう。
現にそう言ったのだから。
手の離せない母に代って、がお茶を煎れ綱手の元へ運んだ。

「綱手お姉ちゃん、どうぞ」


思考を何処かに飛ばしたようだった綱手が、の声にピクリと体を動かす。
次には礼を言って、差し出された湯呑を両手で包みこんだ。
その綱手らしからぬ対応は、サトミの筆を止め、その目に悲しく映る。

?」
「はい」

おぼんを持ったままのが、綱手の呼びかけに元気に返事をすれば、「大きくなったな…」と話しかけながら、綱手は小さな頭を撫でた。

「私が以前に会った時は、まだロクに喋れもしなかったのに」

を見つめながら、友人であるの母サトミに向けて話す綱手。

「早いな子供の成長は……」
「それだけ歳取ってるのよ。私たち」
「それを言うな」


綱手の叱咤にが同意を込めて笑えば、綱手は「なぁ」とに笑い掛ける。

「綱手お姉ちゃん、綺麗」
「だろう。は良い子だね〜。サトミ、教育が行き届いているじゃないか」
「まあね」

サトミは苦く笑った。

頂くよ、と、綱手はの煎れたお茶で喉を潤す。

「美味しい……」

大きく息を吐き出しては、また一口飲み込む。
持て成しの丁寧に煎れられたお茶に、屈託無い笑顔。
それには、固まった心も身体も、解き解される様だった。

こんな時間の過ごし方を、しばらくしていなかったと綱手は気づく。
敵の潜むであろう森では、火を焚けば存在を知らせてしまうから、水と兵糧丸、そして僅かな乾物で過ごす日々。
前線においても、あまり変わりはなく、炊き出しが行われるなどは珍しい事だった。
里へ戻れば、酒に逃げた。
この戦乱が治まるまではと、歯を食い縛って。

「ありがとう」

綱手は、耳に届いた幼い声に、顔を上げた。
いつの間にかは向かいの椅子に座ってる。

「本当に美味いぞ。才能あるな、将来茶屋でも開くか?」
「ううん。私は忍になるよ」
「そうか……忍になるか……」
「うん!」

後進に向ける温かな綱手の笑顔の奥に、悲しい色が滲んでいる。
その事は、には分からなかった。
「綱手……」と小さい声を洩らした母の声色も、それに強がった笑顔を見せた綱手の事も。

それからはお茶を煎れるのが、の仕事と成りつつあった。





見下ろす二人に力強くは返事をして、母の手を離す。

「お願いします」
「お任せ下さい」
「じゃあね、
「うん」

こうして避難所に向かった
町民全てが避難を終えると、大名屋敷の使用人達と一緒にお茶を煎れた。
食事も配った。
不安を語る人々に、大丈夫ですよと話掛けながら、大名屋敷の封印が解けるまで。






が待機所を出たのと同じ時。
敵の進軍する反対方向から、忍鳥と式が飛び立った。

「里及び、近隣部隊への応援要請完了しました!」

どれだけの部隊がこちらに向かえるか、そして間に合うのかは分からないけれど。

「ありがとう。後よろしく」
「了解!」

待機所に残っていた最後の三名。
第一部隊の副隊長であるサトミ、以下二名は外へ飛び出した。
一名はすぐさま西に陣取る、大隊長兼第一部隊の隊長であるの元へ。
一名は残り、気休めではあるが、待機所の結界を張った後、同じく大隊長の元へ。
サトミは町の中心にある広場へ駆け下りた。
瞬時にチャクラを練り上げ、印を組む。


・・・辰 丑 巳 戌 午 戌 酉 申 亥 卯 未


黄色いチャクラを纏ったサトミは、自分の下から舞い上がる風に長い髪を靡かせた。

町の外周、なんの変哲も無いその場所は、サトミが毎日辿って歩いていた見えない線。
草の上、土の上、そこに浮かびあがる金色の術式。

「 藤黄防壁陣!! 」

眩い光を発した術式から、雲を突き刺すほど高く聳えた光の壁。
淡く黄色に光る半透明の壁が、町の周囲、天と地を覆った。



発動から僅かな後。
西から強行突破せんと近づいた一団は、ざわめきつつ、防壁を見上げた。
防壁の内側から、臆する事なく、睨みを利かせるのは大隊長の
その横には腹心の部下。
海が割れるように、二つに分かれた軍団の中心から、歩を進めてやって来るのは、敵側の頭だろうか。

「防壁陣か……」

と視線を絡めながらそう言うと、男は口角を上げ笑った。

「こんな物、そう長くは保てんだろう」

町を取り囲む程の防壁陣には、膨大な量のチャクラを要する。
サトミが長い年月、毎日チャクラを注ぎ込んだ術だとしてもだ。

「塩でも送る気か」
「そうだ。あまりに弱そうなんでな。時間をくれてやるんだよ」

の言葉に暴言を吐く一団を制し、またもや鼻で笑う男。

「男と面突き合わせてるのは趣味じゃねぇ。行くぞ」

男の姿は忽然と消え、残る一団も術を使い、身を隠した。

「もって一日……。いや半日だと思っておいた方がいいだろう」

円筒形に地下深く、そして天高く光る壁を見上げて、は言った。
壁は、注ぎ込まれたチャクラを消費し、いずれは消えて行く。
これは有事の際、町民を誘導する時間を稼ぐ為のもので有り、勿論二度目の発動はない。
敵側の男が言う様に、発動時間が短ければ、相手は有利であろう。
その間、土地を見極め、攻め入る算段が整う。
応援部隊が間に合わぬのなら、すぐさま迎撃に向かった方が、木の葉軍の勝機は上がるやもしれない。
しかし、町民を蔑ろにする程、木の葉の忍は非情でもない。
そして契約当初、民有っての国であり、己だと、この国の大名は言葉少な気に言った。
己の保身のみを案じる大名は、少なからず居る。
だから、木の葉軍が共感と感銘を受けたのは、言うまでも無い。

それから幾年月か。
第二の故郷とも言える稲の国。
大名の、あの言葉が無くとも、彼らは同じ行動に出たであろう。





夜を徹して行われた避難は無事終了し、屋外には忍の姿しかない。
昇った太陽は、真っ赤な夕日となり、町中を赤く染めていた。


綻びの始まった防壁。
まだ頭上遥か上であるが、その時は刻一刻と迫っている。
そして応援部隊は、まだ到着していない。
それもその筈、忍鳥ですら里へは、半日以上かかるのだから。

防壁の変化に気づいた敵の一団が姿を現し始める。
町の周囲に部隊を配置し、その時を伺っていた。

「始まったわね……」

大名屋敷の庭に集結する木の葉部隊。

「ああ。だがもった方だ。それに消失の速度が遅い」

夫婦が光る防壁を見つめ交わした言葉。

「第三、第四部隊は多重結界、残るは援軍到着まで屋敷内に退避。以上、散!!」

大隊長の声がどどめき、一斉に飛び上がる木の葉軍。
仲間の姿が消えたのを確認すると、は瞬身で姿を消した。

町の広場に着き、大名屋敷の結界が発動した事を確認する。
そしてそれに背を向け、飛び上がろうとした時、背後から声が聞こえた。

「貴方、何処へ行くの?」
「サトミ……。防壁は、チャクラを与えた者以外を拒むんだったな」
「ええ」

チャクラを布陣に注ぎ込むのも、防壁を通り抜けるにも、特別な印が必要だが。

「援護が来るまで、ひと暴れして来る」
「あのねぇ、術の考案者を置いて行くつもり?それに、こっそり術式の上を周ってたのは、貴方だけじゃないみたいよ」

サトミが言い終われば、集結する第一、第二部隊。

「お前なぁ、一人でカッコつけんなよ」

そう言ったのは、長き友である第二部隊の隊長だ。

「そうですよ、隊長」

笑顔で語る腹心の部下。

皆、分かっている。
の考えを。

援軍の到着を、防壁は待ってくれないだろう。
侵入した敵忍達は物を奪い、壊していく。
最後には高々と笑いながら、火を放つのだ。

そんな事はさせないと。

そして出来るならば町を戦場にはしたくないし、張った多重結界を破る忍が敵側に居ないとも限らない。
防壁のある今の内に、狩れるだけ狩っておこうと云うのだ。

だが数では圧倒的に不利である。
援軍の到着を待つのが賢明。
だから同僚達を巻き込むつもりは毛頭無い。
これは自らの我儘であり、隊長らしからぬ身勝手な行動だ。

「お前たちは退避しろ!」

大隊長はそう叫ぶが。

「イヤです」
「お前だけが此処を気に入ってるんじゃねえぞ。俺達全員だ」
「だけどなあ!」
「貴方、言っても無駄よ。みんなこの国が好きなんだから」

己の妻と仲間の笑顔。

「ってこった」
「はい」
「ね、大隊長」
「ったく……分かったよ……。だがアイツとは俺が戦う」

アイツとは、最初に対峙した男を指す。
洩れるヤツの殺気はに、そして全員に居場所を知らせていた。

二人一組(ツーマンセル)で出撃。四方向に散れ!!」
「了解!!」

死ぬなと、
生きて帰れと、
離散する仲間に対して念じる。

そして一人残った己の妻、サトミ。

「お前は」

残れと。
夫が妻に言おうとしたその言葉を、サトミは言わせなかった。

「ストップ!!援護するわ。の為にも生きて帰りましょう」
「……そうだな。行くか」
「ええ」

二人は同時に走り、敵の本陣を目指す。
飛び上がりながら夫は親指を噛み、防壁を抜け、発動させた口寄せの術。
大きな煙と共に、巨大な井守が姿を現した。

「頼んだぞ、アカハラ」
「ああ」

二人を背に乗せ、アカハラという名の井守は、その強大な尾を振り、敵忍を吹き飛ばす。
一騎当千と呼ばれる忍は、此処にも居たのだ。

しかし敵にも、同じだけの技量を持つ忍は居た。
同じく口寄せの術を発動したのは、が相手とする男。

「口寄せの大蛇……」

大蛇丸の使役するマンダとは違う紫の巨大な蛇に、は言葉を詰まらせるが、次には思い出したように口を開いた。

「貴様大角か……?姿を変え生きていたとはな」
「なぜそう思う?」
「そいつは雷蛇だろう」
「契約主が一人とは限らんぞ」

雷の国の忍、大角が使役していた雷蛇は、契約主毎に身の色を変える蛇。

「大角の雷蛇は紫だ」

男はの言葉に眉山を上げ、不気味に笑う。

「田舎忍と思っていたが……まあいい、教えてやる。俺が大角だ。今から殺すお前の名などいらんぞ」

そして始まった井守と蛇の戦い。
背が黒く、腹の赤い井守は驚異的な再生能力を持ち、紫の蛇は雷を放つ。
吐き出す体液はいずれも毒。



夜が深くなった頃、光輝いていた防壁が力尽き、サトミは町中へ侵入する敵と戦う為、アカハラの上から飛び降りた。
「また後で逢いましょう」と、夫に言葉を残して。

口寄せ動物の戦いに辛うじて勝利したのはアカハラ。
大角は深い傷を負い、使役する蛇も居るべき場所に戻ると、己も姿を消した。
それを察知した生き残りの隊長格も、同じく撤退する。
部下には何も言わず、戦う者達を残して。

指揮官であり一団の象徴であった大角が離脱すれば、自ずと烏合の衆と化すが、目的も帰る場所も無くなった者達の戦意は消えていなく、戦いは尚も続く。

外れた火遁から引火する民家。
雲を操る敵忍が呼び寄せた雷雲。
そこから走る稲妻が無差別に落ちては、木立を切り裂く。

クナイや手裏剣、巻物は至る所に散らばり、近隣での任務を終え到着した先発隊が最初に見たものは、全身を血で濡らし刀剣を振う、大隊長の姿だった。
傷ついたアカハラもまた、居るべき場所へと戻ったのだ。

呼び寄せられた雷雲は、辺りの雲を吸収し、大きくなって雨を降らせる。
第二、第三と木の葉の援軍が到着し、この戦いは終決した。
収穫を終えた田畑は荒れたものの、この国の被害は最小限だったと言えよう。





夜明け前の闇が最も深い時、両親の同僚にそっと声を掛けられたは、彼に従い屋敷の外に出る。
暗闇に閃光が走り、轟音が鳴り響く中、待機所へ向かった。

そこで会った両親。
父はもう目を覚ます事は無いと聞いた。
援軍が駆け付け、勝利すると、の父はその場に倒れ込んだと。
全身に傷を負い、己の血で赤く染まっていたのだ。
腹を切り裂かれ、チャクラを失い、それでも刀を振っていたのだろうと仲間は話した。


そして母の命の火も───。

「…………ごめんね……」
「ヤダ……お母さん!!ヤダよ……」
「……ずっと…上で見てる……から」
「そんなのヤダ。どうして?ねぇお母さん!!」
「……だから……強く……生きて……ね」
「イヤーー!!私を一人にしないで!!!」
「……だい……すき……よ………」
「ねえ、助けてよ!お母さんを助けて!!」

サトミを囲む仲間には縋りついて叫ぶけれど、一人は首を振り、もう一人は医療忍術の限界なんだと話した。
母の手を握り締め、は必至で叫ぶ。

「目を開けて。瞑っちゃダメだよ。お母さん……お願い……置いて行かないで……」

の呼びかけに目を開けた母は、綺麗に笑った。
それに答えるように笑う
その笑顔を目に焼き付けて、サトミは旅立って行った。


父を失い、母を失い、そしてその仲間も。


信じたくない。
此処から早く離れたい。
きっとこれは夢。
悪い夢だ。
ドアを開けて、また戻れば、きっと笑顔で迎えてくれる。
学校から帰って来た何時もの様に。
「おかえり」って笑ってくれるはず。

は仲間の制止を振り切り、待機所の外へ飛び出す。
もう敵は居ない。
外には別の仲間が居る。
一人になる時間も必要なのだと、両親の仲間は追いかけなかった。

横たわる敵の屍など、の目には入らなかった。
もし入っていたとしたら、何をしていたかも分からない。
遺体処理をしていた仲間が一瞬目を離した時だった。
屍だった筈の忍が、最後の力で一本のクナイを放つ。

「危ない!!」

そう叫んだ時には遅く、そのクナイはの背中に突き刺さった。

「…………?」

最初は何が起きたか分からなかった。
でも次には、激しい痛みに顔を歪める
握りしめた拳には、父と母の血。

そして悲劇がもう一つ。
走り下りた稲妻が、に刺さったクナイに落ちたのだ。

痙攣を起こして倒れるは迅速な処置を受け、何とか一命を取り留める。
が、しばらく意識を取り戻す事は無く、目覚めた時には、忍に係る記憶の一切を失くしていた。

戦争孤児達は里で手厚く保護されるけれど。
幼くして記憶を失くしたは、サトミの姉の申し出により引き取られて行った。
彼女は両親を是以前の戦争で失い、妹のサトミを育てたも同然。
そしてサトミが一人立ちをすると、忍では無い彼女は、居を火の国の首都に移した。
妹が戦いに出る事に耐え切れなくなって。


妹の忘れ形見を大切に育てた彼女。
でも失った思い出を、話してあげる事は出来なかった。
誰も皆、幼かった日々の思い出し方を忘れる。
自分が初めて立った日の事、初めて話した言葉、そんな記憶が有るものはそう居ないだろう。
その思い出を語る者が傍に居るから、自分の成長を振り返ったりも出来る。
には、何も無かった。
記憶も、それを語ってくれる人も。
母の姉は優しかった。
不満は無かった。
でも、両親の事を聞くと、彼女は悲しい顔をする。
だから深く聞けなかった。

どうして両親は死んだのか。
自分は本当に愛されていたのだろうか。
雷が鳴る度に迫り来る恐怖は一体何なのか。
一度真白になった心は、別の闇に覆われ、知らず知らずの内にを蝕んでいた。






カカシは、その場に居合わせられなかった自分を恨む。
なぜ要請は自分の所へ来なかったのだろうと。
誰の所為でもなく、カカシはその時、遠く離れた戦場に居たのだ。
だから報は、カカシの元へは来なかっただけ。

自分がその場に居たのなら、抱き締めた。
それが出来なくとも、雷なぞ叩き切ってやったのに。

そして全ての元凶は大角。
と再び出会って、引かれ合った。
今、この男を捕える任に付くのは運命か。


カカシは巻物を隠し扉に入れ、印を組んだ後、自宅を出た。


澄んだ青空の元。

写輪眼と父のチャクラ刀、この二つの形見を持って、

はたけカカシ、出立───。






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2008/05/23 かえで


BGM 夕暮れに沈む街