青い空を見上げて、胸の中のに語りかければ、自ずと移り込む召集の鳥。
自分を長の元へ向かわせるべく、翼を広げて旋回する鳥に「分かったよ」と届かない声を投げて、カカシは自室を後にした。






夏の雷、秋の稲妻 第十話






幾度この扉を開けて先へと進んだかは、もう分からない程多く。
礼儀は正すが、気負う事はなくなった昨今。
カカシは豊かな胸の前で腕を組む、五代目の前へと足を進めた。

「昨夜はよく眠れたか?」
「ええ、まぁ……」

五代目火影である綱手の言葉に、カカシは語尾を下げた。
部下の体調を伺う為の言葉であろうが、その答えが何だったとしても、次に来る言葉はきっと変わりはないだろう。
険しい表情を浮かべる綱手の様子からそう感じ取り、濁したままのカカシの言葉。

「帰還後すぐで悪いが任務だ」

椅子に座り見上げる綱手と、見下ろすカカシの視線が斜めに噛み合う。

言葉の選び方、厳しい表情、その二つで今回の任務ランクが伺い知れるというもの。

「なぁ、カカシ。大角という男は知ってるか?」
「……大角」

綱手の放った男の名前を復唱し、顔色を変えるカカシの指先が己の掌に食い込む。

「聞き覚えはありそうだな」
「ええ」
「まあ当然か」

肘を付き、唇の前で組んだ両手に一層力を込めて綱手は話す。

「十数年、行方を眩ませていたあの男の尻尾を掴んだ。お前には二小隊を付ける。すでに一小隊は現地にて監視中だ。残る三名と共にアジトへ向かってもらう。医療忍術に長けた者を二名を選出してあるから、なるべく後方支援に徹底させろ」
「分かりました」

目を通せと渡された同行者リストには部下や、親しい友の名は無いものの、全て上忍で形成された部隊。
何度か別件でも部隊を組んでおり、実力、気心共に知れている。

医療忍二名の選出と後方支援の徹底、これは言わずと知れた事。
それだけの戦闘が予想されると云う事だ。
そして一人の欠落者を出す事なく、帰還を果たせとの綱手の願い。

「突入後、大角の身柄確保を最優先とする。しかし首だけでも構わん。敵の懐に飛び込む形になるぞ。油断はするなよ」

二人は鋭い視線を絡め合ったまま、無言で意思の疎通を交わし、綱手はまた口を開く。

「一時間半後に出発だ。………カカシ頼んだよ」
「御意」

最近ではこの部屋で使わなくなった瞬身の術を発動し、カカシは綱手の前から姿を消した。

二呼吸分、カカシの居た空間を綱手は見つめ、くるりと身を翻し立ち上がる。
大きな窓の外は、台風一過の青い空。
天に向かって呟いた綱手の言葉は、今は亡き友に向けて。


─── 、あんたによく似てたよ







火影邸から飛び出したカカシは、その足での勤めるアン・フィーユへと向かった。

店の反対側、店舗と店舗の間の路地から店内へ視線を飛ばす。
大きなガラスには、通りを行き交う人々が移り込み、その奥には接客をするの姿があった。
開店してから間もなく、ランチにはまだ早い時間帯の為か、客の数はそう多くない。
オーダーをメモしていたは、カカシの視線に気づき顔を上げた。
目くばせをして、再び伝票に目線を戻す。
ペラリとめくった紙をテーブルの上に置き、客に声をかけたは店の奥へと消えて行く。
そして次には店のドアが開き、はカカシの元へ走り寄った。

「カカシさん、なにか?」
「ん〜ちゃんの顔が見たくなって」
「さっきまで見てたのに」

照れながらは笑い、でも感じ取ったいつもと違う雰囲気。
軽口を叩いているようで、だけどどこか違う。

「カカシさん……これから任務ですか?」
「帰って来たら、デートしようね。お弁当楽しみにしてるよ」
「はい。期待してて下さいね」
「りょ〜かい」

真っ直ぐに降りたカカシの左腕。
右腕はふわりと舞い上がり、を包みこむと、口布越しのキスを彼女の頭に落とした。

「じゃ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」

一歩引いた後、高く舞い上がるカカシを、祈るようには見上げた。






再び自室に戻ったカカシは入念に武具の選定をし、ホルスターに仕舞い込む。
最近使わなくなった刀は父の形見。
黒い柄を持ち、鞘から引き抜けば、白く光るチャクラの(やいば)が姿を現す。

白い牙─── と、異名の元となった父のチャクラ刀。

それを静かに鞘へ納め背負い、カカシは印を結ぶ。
すると壁に小さな扉が一つ、浮き出て来る。
もう一度印を結んで封印を解き、カカシはその扉を開いた。

中には幾つかの巻物と本が入っており、一冊の本を手に取ると目的の箇所までページを捲る。

一冊の本とは、『 手配帳(ビンゴブック) 』

危険視、注視すべき人物の記された書物であり、その中で重罪人として名を連ねているのが、大角だ。
木の葉は本より、他国からも指名手配を受けている男。
他国とは云えど、その全てが現在木の葉と友好関係、もしくは同盟条約を結ぶ関係にある。
これだけの男だ、生捕りが望ましいであろう。
が、しかし、それが出来ればの話であり、各国生死は問わないとしていた。

強い憤りをこの男に向けて、カカシは手配帳を閉じると、次に開いたのは先ほど自分の後輩が調べ上げたの詳細。
木の葉の忍を両親に持ち、稲の国に居たが木の葉に戻ってくるまでの過去に再び目を通す。

忍を目指していた少女は、何故その道を歩まなかったのか。
いや、歩まなかったのでない。
歩めなかったのだ。

自分の頭の中にある事件の影に、そんな出来事があったとは。
カカシは哀しそうに一度眼を伏せ、でも僅かな(のち)開いた(まなこ)は鋭く光った。


雷の里の優秀な忍であった大角は、第三次忍界大戦の勃発する数年前に雷影暗殺を企て失策する。
雷影の返り討ちに遭い、死んだとされていた大角だったが、忍界大戦の末期、ある事件を期に生存が確認されたのだ。
奴は変わり身を使い、里を抜け出た後、数人の同胞と水面下で一つの組織を立ち上げる。
雇用契約を結び、金で一定期間雇われる忍集団。
期限が切れれば、昨日まで雇われていた国、組織に、平気で刃を向ける。
そうして仲間と金を増やし、組織力を高めた大角は、忍界大戦の動乱に交じって、暴挙化し始める。
破壊活動を繰り返し、金と手駒、その二つを手に入れた奴が次に欲したのは国、領土。
己が頂点となり君臨する、隠れ里の設立だ。
本来、隠れ里と国家は共存関係にある。
国は里へ安住の地を与え、里は軍事力を提供する。
国家には大名、里には影の称号を持つ長。
そのどちらの地位も手に入れ、統治機構を動かす権力をも手に入れようと企んだのだ。

大角の故郷と類似した特徴を持ち合わせる、大陸の端の小国。
軍事力に乏しく、隠れ里を持たぬその小国に狙いを定め、大角は一気に攻め入った。




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2008/05/13 かえで


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