ゴロゴロゴロ………

空がうねり始めると、少女はにこやかにソファーへと飛び乗った。
膝を付き、背凭れに顔を乗せ、空の様子を伺う。
そんな子供の姿を見つめるのは、その子の両親。

「今まではあんなに怖がってたのになぁ」

テーブルに置かれた漬物をつまみにして、地酒を楽しみながらその子の父親は呟いた。
「そうね」と頷きながら、その男の前に座ったのは、洗い物を済ませた妻。

「あの子のお蔭よね。この国に居るんだもの、怖がってばかりじゃ困るし。好きになってくれて良かったじゃない。それにあの子には感謝してもしきれないわ」
「そうだな」

ポツリと言った男は、父親の目で少女を見つめた。

「なんて顔してるの? まだ子供なんだから、憧れの範疇よ。嫁に出す父親みたいな顔しちゃって」
「別にそんなつもりじゃ……そんな顔してたか?」
「してた。二十年後ならいざ知らず、まだアカデミーにも入学してないのよ」
「入学か……。春の交代で里に戻ったら、あいつもアカデミー生か」
「ちょっと入学が遅くなっちゃったけどね」
「いや、丁度良い位だろ。今のシステムが早すぎるんだよ」
「それもそうね……」


時は第三次忍界大戦末期。
木の葉対岩隠れの戦況は、神無毘橋の戦いにおいて勝利した木の葉隠れに傾く。
とはいっても、今尚、各国境付近では小競り合いが続き、大陸から戦火の途絶える日は無かった。
この戦争に乗じて内乱を企てる者。
高額の依頼料で主を転々とする自由な忍達。
侵略、暴動、略奪が後を絶える事はなく────。
大きな炎は小さな炎となって、弱い者達の上にも降り注いでいた。


此処は大陸の端にある稲の国。
農業と金鉱で栄える小さな国だ。
隠れ里を持たないこの国の大名は、大戦勃発後、資金、物資援助と引き換えに木の葉へ庇護を求めた。
幾ら五大国一とはいえ、他国を一つ丸ごと警備する程の人員を、木の葉も割く事は出来ない。
それはこの国の大名も分かっている事。
よって警護対象は大名屋敷の並ぶ街一点。

この稲の国には、四小隊が警備の任に就いている。
中には夫婦で着任した者達もおり、それがこの二人だ。
幼い我が子を、里に残す選択もあったが、彼等は悩み抜いた末、同行させた。
今の所戦乱に巻き込まれていない地ではあるが、いつ大きな渦に飲み込まれるかは誰にも分らない状況である。
しかしこの時代、何処に居ようとそれは同じ事。
だったら、自らの手で育てよう、そう結論付けたのだ。
それを親のエゴだと言い切ってしまうのは如何なものか。

大陸の外れ、小国の稲の国は、平穏。
今はこれで良かったと、この夫婦は思っている。



雨粒を伴わない蒼白い稲妻が空を走った。
それを綺麗だと眺める我が子の姿を、二人は見つめていた。









夏の雷、秋の稲妻 第五話









「おつかれさまでしたー!」
「おつかれー!気を付けてね」
「はーい」

ランチタイムを終えて、は店を出る。
今日はランチの仕込みから始まり、結局厨房に入りっぱなしだった。


アン・フィーユは、火の国の都市にある店の系列店として、今年の春、木の葉にオープンした新しい店。
は以前この木の葉ではなく別の場所に住み、本店で働いていたが、木の葉への出店を機に募ったオープニングスタッフの募集に迷わず希望を出した。
理由は簡単、自分の生まれた土地だからだ。

木の葉の門を潜り、移り住むには、多少なりと里の審査が入る。
誰も彼もが選ばれる訳ではないが、里はに許可を出した。
同じく許可の下りた現アン・フィーユの店長と、もう一人同世代の女の子と三人で開店の準備を行った。
今はアルバイトもいて、人手は多くなってきているが、今日は厨房係りの一人が休み、が代わりに入ったのだった。
所謂、オープニングスタッフの三名は何でも出来ちゃう人達。


外に出ると、湿り気を帯びた熱い風が吹く。
同僚の“気を付けて”という言葉は、接近する台風に関しての事だとは解らなかった。
何故なら忙しかった厨房に入りっぱなしで、いつもするお客さんとのお喋りも、同僚との内緒話も出来なかったからだ。

今日はカカシと逢う予定。
しかも待ち合わせはカカシの部屋。
里外任務に就いているカカシは自分の使役する忍犬に、「部屋で待ってて」という伝言と合鍵を託した。
勿論、任務終了の一報を里長に入れた上でだ。

に至っては、三度目となる“話す犬”との遭遇。
一番最初の出会いはカカシに紹介されて。
連絡はコイツに頼む事もあると言われた時に、犬自ら自己紹介を始めた時には驚いたものだ。
次は「今夜帰るから顔を見に行く」との連絡を。
昨日はそろそろ寝ようかとしていた所に、先の連絡をしてきた。
そしてしばらく話し込んでいたのだ。
パックンという名のこの犬が、「明日の仕事は何時からじゃ?」と問うまで。

時計を見て苦笑して、パックンを見送って、ベットに入るも中々寝付けなかった。
だって明日はカカシに会える。
恋人に会えるというのは、この上なく幸せなもので。
部屋に行くなら、何か食事を作ろう。
そう思い立ったら、またメニューに悩み、朝となってそのしわ寄せが来たという訳だ。

悩みに悩んだけれど、献立は決まらなく、買い物をしながら決める事にした。
商店街を歩き、勧められた旬の秋刀魚を買って、他の食材も買い込み、カカシの家に向う。
その頃には、空は厚い雲に覆われ、耐えられなくなった雨粒が、今にも落ちてきそうだった。










今夜は荒れそうだ───

カカシは里近くの森を走りながら、空を見上げた。
雨雲は見渡す限りの一帯を覆い、自分の遠く後では蒼白い閃光が走り降りている。

里に着いて任務報告をしていると、火影の後にある窓ガラスが雨に濡れて来た。
ポツリ、ポツリと降りだしたそれは、一気に足を早めてカカシが外に出る頃には、里中が雨に濡れ白く霞んでいる。
ゴロゴロと小さく鳴く空。
轟く雷鳴に変わるのは時間の問題。


『 早番だそうじゃ。夕方はお主の家に居ると言っておったぞ 』


パックンが朝方、森で休息を取るカカシに教えてくれた事。
この忍犬もまた空の動きを感知し、言葉少な気に主へと報告をする。

「そうか。ありがとうパックン」
「じゃ、ワシはこれにて」

白煙と共に消える忍犬をカカシは眺めて。

防音効果のある術式を部屋に組み込んである。
カーテンは寝室にある植物に光合成をさせる為、開けている場所もあるにはあるが、リビングは閉まっているし、必要ならば自ら行うだろう。
一人で震るような事はさせたくない。
自分の部屋に居ると分かれば少しは安心だ。
カカシは交代で火の番をし休んでいた仲間にそっと声を掛け、隊長自ら朝食の準備に取り掛かった。

これから先、一気に里へ戻るつもりでいる。
台風の接近における部下達の安全確保、それと理由はもう一つ。
言わなくてもこれは分かるだろう。
他の仲間も自宅へ早く辿り着きたいという思いはあるだろうが、この行いは昼食を取れない状況へ突入の罪滅ぼしか。

「これ喰ったら一気に里へ戻るぞ」
「はい!!」

この地もまた、いつ降り出すか分らない雨雲に覆われ始めていた。







急いで自宅へ戻ったカカシは、ある筈の気配が無い事に、ドアを開ける前から気づいた。

夕方には己の部屋に居ると言っていた筈なのに。

来なかったのか、それとも何かあったのか。

慌てて鍵を開け、中に入って見回すが、やはり姿は見えない。
が、台所は此処にが居た形跡を物語っている。
突然飛び出したように、だけが其処に居ない。

カカシが慌てて外に出ると、大きな雨粒が屋根を鳴らし、跳ね返った飛沫が白く浮かび上がっていた。
縦に走る稲妻。
鳴り響く轟音。
この季節になるとふわりと香り存在を知らしめる金木犀は、雨と風によってその花を散らしている。


─── !!


自宅へ行ってみても姿は無く、カカシは辺りを探し始める。
アン・フィーユにも居ない。
勿論待機所にも。
行きつけの商店街を見まわしてみるも、そこにの姿は無かった。



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次回から音楽が鳴ります。お気をつけて。

2008/03/21 かえで