目の前に広がる藍色の空を見渡せば、
煌く星達が、誰かの願いに耳を傾けながら旅立って行った。
これから形作る、二人の願い事。
夜空に吐き出したお互いの言葉は知らないけれど、想いは同じ。
誇らしげに流れる光が教えてくれた。
―― これが、最後の恋になるよ。
涙の数だけ ACT6
「・・・?」
後ろ髪に聞いたカカシの声に、ゆっくりと振り返って。
「追い出されちゃった。」
は少し照れくさそうに笑うと、カカシに一歩近づいた。
側壁に寄り掛かったカカシの手は、相変わらずポケットで。
曲がった片膝の先は地面ではなく、壁を踏んで。
「じゃ、オレん家来る?」
カカシが僅かに壁を蹴り、壁から背中を離すと、また一歩との距離が縮まった。
「ん〜・・・なんか善からぬ事を考えてない?」
自分の顔に指先を当てたカカシは、一瞬上を向いた後、
「ま、少しは。」との顔を覗き込んだ。
「カカシの少しは人並みでしょ?」
笑いながら、上体を後ろに反らして逃げるを引き寄せ、髪に問う。
「来る?来ない?」
いつもの緩んだ口調ではなくて、低く真っ直ぐに届くカカシの声。
「・・・行く。」
「よろしい。では、早速参りましょうかね、姫君。」
何時か聞いた、似たような言い回しを思い出して、が顔を上げて笑うと。
その笑顔に思い当たる表情を見せながら、カカシはわざと首を傾げた。
―― 本当はあの時、こうしたかったんだよ?
止まっていたカカシの時間が動き始めた。
朝と夜を繰り返して。
幾つかの季節が巡っても、相変わらずそのままだったけれど。
今、やっと。
腕に抱いたを肩に担ぐと、カカシは印を結んだ。
「・・・へ?・・・はぁ??ちょっと・・何?」
「ん〜?逃げられたら困るから。」
「もう逃げないって。」
「そ?でもいいでしょ?オレが抱いて帰りたいの。」
「だめとは言わないけど・・・言ってもムダだし・・・。どうせ見えないし。でも、もう少し他にないの?」
「何が?」
「これじゃあ、死体みたいじゃん!!」
はカカシの背中をポカスカと殴って。
「なんて言うか、こうさぁ・・。」
「ホラ、うだうだ言ってないで、もう行くよ。」
―― を胸に抱いてなんて、今のオレに出来っこないでしょ。
事故っちゃうよ。
それは後でさせてもらうからね。
カカシが術を発動すると、白い煙に巻かれた二人の姿は消えた。
早かった。
自分なんかよりも。
体が揺すぶられない様に、気遣ってくれてるのに。
着地で止まるクセもなくて、絶えず流れる景色は、見慣れた里とは分からないほど。
眼下に広がるのは、深い闇と、そこに融ける街の灯りだけ。
カカシの動きに馴染むように、体の力を少し抜いて目を閉じた。
―― だって怖くないから・・・。
部屋に一つ、明かりが灯り。
カカシはの背中に手を伸ばすと、ゆっくりその体を抱き起こした。
流れの変わる空気と、つま先に感じた床の感触に、は目を開いて。
「やっぱり、早いね。」
とカカシを見上げて微笑んだ。
「本気、出させて頂きました。どう?惚れた?」
「それを言うなら惚れ直したじゃないの?」
「だってオレ、からまだ何も聞いてないよ?」
「そうだっけ?」
「あのね。」
ふざけて笑うの肩に、両手を置いたカカシは、コツンと額を合わせた。
「オレの事どう思ってる?」
「えっ・・・と・・・。」
「ちゃんと聞かせてよ。」
カカシの声に、言葉よりも先に心臓が飛び出しそうだった。
駆け上がる熱が頬を温めて、耳が熱い。
は首を後ろに引いて、カカシの顔から離れると、左上がりの額宛をグイっと下げた。
二色の瞳を隠して、は背伸びをすると。
黒い頬にキスを落として。
「すき・・・。だいすきだよ・・・カカシ。」
そう告げると、二本の腕から逃げ出した。
「?」
カカシは額宛を剥ぎ取って、近くのソファーにポンっと放り投げると、口布を引き下げる。
「そういう大事な事は、人の目を見て言わなくちゃだめでしょ。」
「・・・半分隠してたじゃん。」
「ま〜そうなんだけどね。」
カカシは自分の頬を掻いた後、背を向けるの体を向き直して。
「照れてるの?可愛い〜。」
素直にならないのは、何時もの事。
だけど、こんな風に小さくなったを見るのは初めてで。
カカシは今までの仕返しを・・・ではなく、少し意地悪を言いたくなった。
「それにキスする場所が間違ってるよ?最初からやり直し。」
こんな告白が良い訳ないと、自身も分かっているけれど。
カカシの触れた部分が、熱くなっていく感覚に慣れなくて、思わず茶化して逃げ出した。
でも。
もう逃げないと、カカシに飛び込もうと、決めたのだから。
は顔を上げて、もう一度背伸びをすると。
「カカシの事が好き。」
言葉と同時に、今度は白い頬に唇を落とした。
幸せそうにカカシは微笑んで。
―― 期待した場所と、少しずれてるんだけどね。
ま、それはオレから。
ゆっくりと唇を離すを、自分の腕の中に閉じ込めて。
髪に口付けながら、カカシは囁いた。
「の事が好きだよ。・・・愛してる。だからこれからを一緒に過ごそう。」
腕の中のが耳を染めて、コクリ、コクリと頷いた。
「あ、付き合うって意味だからね。ちゃんと分かってる?」
少しからかう様な口調のカカシに、は勢いよく顔を上げて。
「分かってるよ、そんな事。態々言わなくても。」
怒り半分、呆れ半分の声で言い返した。
「だってね〜“付き合ってなんて、言われてないもん”な〜んて、言われたら困るからね。」
「な・・・そこまで疎くない!!大体ね〜折角良いムードだったのに・・・」
カカシの顔が降りてきて。
「これじゃあ・・・台・・・無・・し・・・・・・。」
カカシで遮られてた部屋の明かりが直接目に飛び込んで、その眩しさに目を細めると、唇が重なった。
軽く触れて離れるカカシの唇を、追いかけるように瞼を開けば。
溢れる愛しさを持て余す、少し切なげなカカシの顔。
「もう絶対、離さないから。」
「・・・うん。」
「オレの全部をにあげるよ。」
の頬に静かに流れる涙の雫を、カカシは指で拭って。
カカシの解かしてくれた涙の数だけ、人の温かさを知った。
「だから、オレの傍に居て・・・。」
は返事の代わりに、瞳を閉じた。
すぐに感じた唇の甘さに、カカシの忍服を握り締めて時折ピクンと体を震わす。
唇の奥底まで愛されると、体の力が抜けて行った。
カカシはを支えながら、ゆっくりと唇を離して抱き上げると、もう一度口付けた。
寝室に移動したカカシは、ベットにそっとを降ろして。
自分の体重を、の両側に付いた掌でしっかりと支えて、囲った。
もう、逃がさないと。
誰にも渡さないと誓いながら・・・。
「カ・・カシ・・・?」
「・・・。」
少しずつ近づいて、の首筋に顔を埋める。
「ちょ・・・と・・・待って・・・。」
「ん?展開の速さに付いていけない?」
カカシがの顔を覗き込むと。
「それは大丈夫なんだけど・・・。」
「じゃ、な〜に?」
「汗・・・」
「は?」
「今日、紅と修行したの!汗いっぱい掻いたの!だから・・・。」
「そんな事、気にしてるの?」
「だ〜〜〜絶対ダメ!!」
はカカシの顔を思い切り、押し離して。
「ちょっと・・・カカシどいて!!シャワー借りる!!」
ベットから飛び降りると、バスルームに駆け込んだ。
「ちゃん??」
バタンと閉まるドアを見つめて、カカシは頭を掻いた。
―― まったく・・・ムードがないのはどっちよ?
結構オレ、格好付けたつもりなんだけどね。
ベットにぽつんと取り残されて、中途半端に滾る熱にカカシは溜息を付いた。
―― ま、今まで待たされたんだから、これ位どうって事ないけど。
が素直に気持ち良くなってもらうには、必要な事だしねぇ。
も〜う、ホントに、めーいっぱい啼かしてあげるから、覚悟して頂戴。
カカシはベットから降りて、の着替えにと、最近着る機会の少なかった自分のパジャマを取り出した。
―― これでいいかね?
どうせなら、鎖帷子は脱いだままでいてもらいたいしね。
怪しい思考のまま、取りあえず脱衣所のドアをノックして中に入ると、浴室に居るに声をかけた。
「バスタオルと着替え、置いておくよ。」
「ありがと〜う。」
流れる水の音に混じって聞こえたの声に視線を送れば、曇り硝子に映る肌色。
思わず慌てて脱衣所を出た。
焦りは禁物。
この言葉を噛み締めて、カカシはソファーに腰を降ろした。
シャワーを浴び終わったは、バスタオルを体に巻き、
着替えだと置かれたカカシのパジャマを広げた。
―― 大きい・・・。
長すぎ・・・。
細身とはいえ男性の体躯に、かなりある身長差。
―― 下は無理だ・・・。
カカシ、足長いってば。
任務に行く際、いつも忍ばせてある、下着一式が今、役に立つとは。
今まで着ていた物と、最後にパジャマのズボンを持っては脱衣所の扉を閉めた。
気配での動きを感じたカカシは、冷蔵庫の扉を開けて。
振り返ること無く、に声をかけた。
「何か飲む?」
視線を背中感じながら、コレ?それともこっち?とビールやら、お茶を掲げる。
最後に持ったお水に、は頷きながら答えて。
「それ頂戴。・・・・・もう、カカシの大きいよ・・・。長いし。」
慌てて振り返るカカシに、は不思議そうな顔をして見返した。
「何?カカシ?やっぱ、このカッコはお見苦しい?
迷ったんだけどね。だって下履くと引き摺るんだもん。袴みたいで・・・。」
折り曲げても、大きいから落ちて来ちゃうんだよね〜と笑うに、
鼓膜が受け取った言葉を、要らぬ方向に変換した自分を心の中で笑った。
「イヤ、いいんじゃない?それが見たかったって言うのが本音だしね。ソレ、オレにもデカイの。」
クスリと笑いながら、注いだ水を手渡した。
「ありがとう〜。」
「じゃ、オレも浴びてくるから、待ってて。」
髪にキスをして、を通り過ぎると、背中から声が聞こえて。
「今日はずっとアスマと一緒だったの?」
「そうだよ。聞いたでしょ?」
「うん。」
「なんで?」
アスマから全てを聞いたカカシは、紅の見せた幻術の真偽を確かめているのだろうと、
言葉を用意して振り返り。
はカカシから受け取った水を飲みながら、ポツリと呟いた。
「そっか・・・・・・。やっぱり幻術か・・・。
変化したアスマと本物のカカシとかだったら、面白かったのに。見事に嵌っちゃったな・・・。
う〜ん・・でもそれだと本物のカカシが、私以外の誰かを抱きしめる事になるから・・・・やっぱりイヤだし・・・。
カカシが知っててなら話は違うけどなぁ…。でもそれじゃあカカシも加担してるって事になって・・・あれだし。
アスマのお色気の術と、影分身変化、アスマカカシ!!ってのも有・・・。
あ、お色気の術ってね、アカデミーの男の子がさ〜使ってて・・。」
「あの〜ちゃん?見破れなかった悔しさは分かるけどね?」
ブツブツと語るにカカシは声をかけて。
「気持ち悪い事と、嬉しい事、一緒に言わないでくれる?リアクションに困るでしょ。」
お口直しにねっと語尾にハートマークのついたカカシが、の唇を奪って。
軽いキスの後、は足早に寝室に飛び込んだ。
「待ってる・・・。」
恥ずかしそうに、その言葉を残して。
「ん・・・。」
「?」
シャワーを浴びたカカシは、ベットで待つの横に潜り込んで、その体を引き寄せた。
自分の胸の中で小さく丸まるが愛しくて、何度も髪に唇を当てる。
「もう少し、このままでいていい?」
弱弱しく話すの髪を撫でて、カカシはいいよと頷いた。
「良かった・・・また此処に戻れて・・・。」
の言う此処とは、カカシの腕の中。
何を付け足さなくとも分かるカカシは、静かに微笑んで。
「言ったでしょ。此処はの場所だって。」
「うん・・・。すごく・・・気持ちいいんだよ。」
本当に、気持ちいい。
カカシの腕の中では色々な気持ちが巡るけど。
逸る鼓動に焦ったり、守られて涙を流したり。
安心感や高揚感を繰り返す、いつも忙しい心臓は、今、穏やかにリズムを刻む。
ふわっと全身の力が抜けて、体がベットに沈んで行った。
今まで力強く繋ぎ合っていた間接たちが、緩んで行くのが分かる。
自分の瞳が、閉じた瞼に遮られてカカシを求めているけれど、見えるのは暗闇に浮かぶ無数の蛍火。
それを追いかけて。
しばらくすると、終わりを告げる薄い垂れ絹が降りた。
それを合図に次々と帳が降りてくる。
蛍を追いかけていた瞳が、深い闇の中に吸い込まれた。
「・・・。」
溢れる想いを、額にしたキスに込めて。
「ちゃん?」
ピクリとも動かないを覗き込めば・・・。
微睡みが先に彼女を連れて行ってた。
「本当に?」
長年培われた感覚は、が真の眠りに落ちた事を教えてくれているけれど、
それが事実と認めたくない上忍一人。
「まいったね・・・。」
ぽつりと吐き出した本音。
今まで経験してきたどんな事より、辛い状況ではあるけれど、その顔は和やかに微笑んで。
―― おやすみ・・・。
オレはずっと傍にいるよ。
しばらくその寝顔を見守った後、静けさを取り戻した体にを抱いて、カカシもまた眠りに落ちた。
部屋の外に、朝の気配を感じながら・・・。
BGM 夢の続き