幕を引いた窓外の景色と、そこに映る自分の姿。
立てた片膝に腕を置いて床に座り、そのどちらを見るのでもなく、カカシの視線はぼんやりと宙を浮く。
その、蒼い瞳の奥底が鋭く光ったのを、彼の背後に映り込む全員が見逃さなかった。
涙の数だけ ACT3
「おつかれ。・・・後はだけか〜。来るかな?」
「行けたら行くって言ってたけどね。」
アンコの隣に座ったガイに、缶ビールを手渡しながら紅は答えた。
「悪いな。」
ガイは一言礼を述べて喉の渇きを癒すと、話を続ける。
「来ないかもしれんぞ。」
「なんでよ。」
「男と一緒だったからな。」
「えっマジで?」
「ここに来る途中で見かけた。」
「別に、食事くらいはするでしょう。」
聞こえている筈のカカシに対して、弁解をするように紅は答えるが。
「まあそれもそうだな。でも俺は、知り合いの肩をあんな風には抱かんぞ。」
「ガイ!!」
追い討ちをかけるガイの名前を大声で呼んで諌めた。
その瞳が『ここにはカカシも居るのよ。』と雄弁に語る。
「って事はゲンマ、あんたも見たの?」
ガイとほぼ同時刻にやって来たゲンマに、アンコが問い掛けた。
「そいつが・・・の肩を抱く所を少しな。」
「なにやってんだか・・・あの子。」
言い方は悪いが、カカシの想いが成就しないだけならば笑い話に出来る。
だけどそれは、同時にも同じになるわけで。
彼女の気持ちがカカシにある事を、ここに居る全員が知っているのだから。
―― もう十分、時間はあげたでしょ。
物音を立てずにカカシは立ち上がると、片手をポケットに突っ込んで部屋を歩き始める。
「ワルイね、先に帰るよ。」
誰に向かって投げるわけでもなく、落とした言葉。
紅には「ご馳走さま。」と付けたし、カカシは部屋から消えた。
「おお、行った、行った。」
「・・・ガイ、まさかワザと?」
「俺は事実を言っただけだぞ。」
ガイは紅に軽く答えて、缶ビールを飲み干す。
それを白いフィルター越しに見ていたアスマが、煙と言葉を発し、
「このまま上手く進めばいいけどよ。さっさと寝ちまえばいいんだ。」
「それは男の考え!」
とアンコに咎められた。
知り尽くした里内での探索は雑作も無い。
の家から程近い路地で、向かい合う二人をカカシは瞳に捕らえると暗闇に紛れた。
「、付き合ってるヤツがいないって本当?」
「うん。付き合っている人はいないよ。」
「じゃあさ、俺達付き合えない?」
「・・・えっと・・・。」
「まだ知り合ったばかりで階級も違うけど、大切にするから。」
「そ・・・うわっ。」
の受諾の言葉も、拒絶の言葉も聞かぬまま、カカシは闇の中から現れ、の体に腕を回した。
「には、オレが先に予約入れてるんだけど?」
背後からを片腕で抱き、頭の上に顎を載せたカカシは静かに凄む。
「は・・たけ・・・上忍・・・。」
「何なら力ずくで奪ってみる?オレ、容赦しないよ。」
自分の頭上を見る彼の顔が、青ざめていくのが分かった。
彼の瞳に映る巴の紋。
暗闇の中で、にそれが分かる筈も無く。
「ちょっと・・・カカ・・シ・・・。」
「そういう事だけど、どうする?」
語尾の低くなったカカシの声が、の言葉を遮り。
自分に合わせる事をしなくなった彼の視線が、彼方の空に向けられると、
「、悪い・・・さっきのは忘れてくれ・・・。」
彼はそう言い残し、その場を立ち去った。
「一体、何なの・・・。」
カカシは己の腕を引き剥がそうと、もがくをそのまま抱いて、路地裏に身を移した。
ビルの壁にの背中を押し当てて囲う。
下げた口布が素顔を曝け出し、全てを伝えて。
『どういうつもりよ。』
と耳には届かなかった唇の動きが見えた。
「別にいいじゃない。」
カカシの声にならなかった言葉に答えれば、色違いの二つの瞳は鋭利な刃となり突き刺さる。
それから逃れようとするの顎を持ち上げ、カカシは真上から言葉を浴びせた。
「へえ〜告白されれば誰でも付き合うわけ?」
「誰でもって・・・。」
「はオレの女にならなきゃダメでしょ。」
「・・・・・・。」
口を閉ざすに体を重ねて、彼女の両手を壁に縫い付けると、カカシの唇は白い首筋を這い回る。
「オレの事、好きだって言えよ。」
襟ぐりの大きく開いたの鎖帷子。
着物のような忍服の上着をはだき、咽元に軽く噛み付いて舌を滑らす。
「カ・・カシ・・・ちょっ・・・やめ・・て・・・。」
水紋の如く広がる感覚に肌が粟立った。
胸元まで降りたカカシの唇は、左右の骨の窪みを味わい、また上へと登る。
耳に息を吹きかけ、耳朶を唇で挟んでは引き、そして離す。
それを何度も繰り返して。
その度に揺れるの髪と漏れる甘い吐息に、カカシは薄笑いを浮かべた。
―― 体の方が素直だねぇ・・・。
「ねえ・・・早く、言って。」
抵抗を見せなくなったの両手を片手持ちに変えて、彼女の髪をかき上げると、唇が今にも重なりそうな距離で再度促した。
「言わないと此処で抱くよ。」
カカシの言葉に悲哀の色を濃くしたの顔は、ゆっくりと横に向けられた。
―― 私の身体なんて・・・。
「・・・抱いたって・・・楽しくないよ。」
「・・・。」
セックスは、言葉で伝えきれない想いを現す愛情表現。
愛を確かめ合って、深め合う行為なのだから、心が通い合わない今、それは無意味な事で。
カカシは一瞬目を伏せて、小さく言葉を放った。
「・・・そうだね。」
「それに、カカシと寝たって付き合わないから。」
「・・・そっ、分かったよ。」
カカシが腕を解くと、は夜の闇に逃げ出した。
それを追いかける事もなく、行き場を失った両手をポケットに突っ込んで、カカシは夜空を見上げた。
ビルの谷間から覗く、晴れ渡る夜空がやけに物悲しい。
光りを放ち寄り添いあう星達を眺め、カカシは大きく息を吐き出した。
―― オレが欲しいのは身体じゃない、本当の心。
いつになったら、全部オレに預けてくれるの?
・・・。
BGM 運命
2007/03/02