涙の数だけ ACT2
西に傾き始めた太陽の光が、窓際に置かれたソファーに座る二人を優しく包む。
オレンジの愛読書を顔に乗せて寛ぐカカシの隣では、百面相をしているの姿。
此処、上忍待機所ではありふれた風景。
「カカシ〜・・・。」
の震える声に、顔面を覆い隠していた本を閉じて、カカシは体勢を整えた。
声の主を見れば、瞳いっぱいの涙を浮かべて自分を仰ぐ。
「は〜い、今度はナ〜ニ?」
泣いているを見るカカシの瞳は、優しくもあり、嬉しそうでもあり・・・。
「これ。好きな女の子に会う為に、海を渡る男の子の話。」
ポロポロと涙を溢して、は今まで読んでいた本の表紙をカカシに向けた。
「オレだってに会う為だったら、海くらい越えるよ?」
「カカシじゃ・・・有り難味が・・・。」
「有り難味ってなにヨ。」
慰めているようで、口説きに掛かったカカシの言葉は呆気なく切り返され、
任務を終えて入って来た公認カップルに、要らぬ疑いの言葉を掛けられる始末。
「あッ、カカシ〜〜、また泣かしてる・・・。」
テーブル越しに二人の前に立った紅は、やれやれ…と呆れ顔で、掌を上に向け肩を窄めた。
「ちょっと、人聞きの悪い事言わないでくれる?」
「ウソ、ウソ、冗談よ。」
紅はカカシの苦情に笑顔で答えると、数秒遅れでやって来たアスマと共にソファーに腰を降ろした。
「今度は何読んで泣いてるんだ?」
アスマの付けた煙草の煙が天井に立ち昇り、軽く吐き出した煙は薄い雲になってテーブルの上を漂う。
「恋人に会う為に海を越える男の話だってさ。」
「へえ・・・女ってそう言うの好きだな・・・。」
次に大きく吸い込んだ所で、隣に座る紅の肘鉄を喰らいアスマはゴホゴホと咽返った。
「いいじゃないのよね〜。」
カカシに向けていた体を、微笑む紅に向けて、はポツリと呟いた。
「だってね・・・泳ぐんだよ・・・犬が・・・。」
「「「へ?」」」
「健気でしょ・・・。すごいよね〜。」
再度ページを捲って、今読み終えた本の内容を反芻している様子。
「そういえば、波の国にそんな実話があったわね。」
「なんだそりゃ?」
「あらアスマ知らないの?波の国って小さな島々から成り立っているじゃない?」
「ああ・・。」
「好きな雌犬に逢う為に、3キロの海を泳いで渡る雄犬が居たのよ。勿論忍犬じゃないわよ。」
「へー・・・。」
「なによ、その気の抜けた返事は。良い話じゃない、これだから男は・・・。」
キリっと睨む紅に慄いたアスマは、目の前に座る同士に声を掛ける。
「そっ、そんな事ねえよな。な、カカシ。」
「ま〜ね・・・。」
“オレに振らないでよ”と一瞬宙を泳いだカカシの視線がアスマに突き刺さり。
すると彼は今消したばかりにも関わらず、新しい煙草に火を点け吸い込むと、天井に向かって吐き出した。
「カカシもたまには、こういうの読んでみたら?」
の思いがけない言葉にアスマはボフと煙を噴出し、紅は綺麗な顔を歪めて笑いを堪えて。
「イヤ・・・遠慮しとく・・・。」
「ま、カカシがこんなの読んでたら気持ち悪いか・・・。」
「一人で言って納得しないでくれる?」
「ねえ・・・カカシ・・・。」
「な〜に?」
「パックンってさ、お嫁さんいるの?」
「こいつはいいや。」と笑うアスマに「そう言われてみると・・・。」とカカシを見つめる紅。
カカシは目を丸くして。
「そろそろお年頃じゃないの?っていうか、孫がいても似合うと思うよ。」
「・・・。主が結婚してないんだから、いないでしょ。」
「あ〜かわいそう・・・。」
「そう思うんだったら、早くオレと結婚してよ。ね、ちゃん。」
蒼の瞳を瞼で隠してカカシは微笑む。
この表情に、低く通る声。
カカシを想う女性達ならば、間髪入れず承諾しそうなものなのに・・・。
カカシの想い人は冷ややかに返すだけ。
「何言ってんの?付き合ってもいないのに。」
「だから〜付き合おうって言ってるじゃないの。そろそろオレに堕ちない?」
「い〜や。カカシとは付き合わない。」
「なんでよ・・・。」
「なんでも。カカシとは絶対にイ〜ヤ。」
「あっそう・・・。」
「泣いたら化粧が剥げた・・・。ちょっと直してくるね。」
がっくりと項垂れるカカシにはお構いなく、は洗面所に向かって行った。
「ご愁傷様・・・。」
「哀れなヤツ・・・。」
「うるさいよ。」
カカシは自分の組んだ足の上に頬杖を付いて、指の隙間から目の前の二人を睨み付けた。
すぐに視線を落とせば、自分の脇に置かれたの本。
「なんでかね〜。」
思わず大きく出てしまった独り言。
隠すつもりもないが、態々聞かせる事でもなく。
はあ・・・と小さく溜息を付いて、カカシはの本を片手に取ると素早くページを送った。
読むわけでなく、只パラパラと。
本によって巻き起こる風が、僅かにカカシの前髪を揺らした。
「それにしてものヤツ、涙脆いよな。」
肩を落とす友人を見かねたアスマが口を開くが、結局の事で。
「以前のあの子はそうじゃなかったわよ。ねえカカシ。」
「まあね。」
「人前じゃ強がって泣かなかったんだから。それを変えたのが、この男らしいのよね。
その事に関しては感謝してるのよ、友人としてね。」
「それはど〜も。」
「で、一体どんな幻術使ったの?ぜひお聞かせ願いたいわ。」
「・・・幻術ってね、紅・・・。」
「アラ違うの?私はてっきりそうかと。」
「紅・・・、少し手加減してやれ。失恋男にはそんな冗談通じねぇぞ。」
助け舟を出した筈のアスマは、直前で要救助者を突き落とし、ニヤリと笑う。
「失恋ってのはヒドイんじゃないの?まだ決まってないでしょーよ。」
「まあな、一体アイツ何考えてんだ?」
アスマは前屈みだった体をドカリと背もたれに預けて、隣の紅にチラリと視線を送れば、彼女は首を縦に振る。
そこでは『真意を探って来い。』『了解。』という無の会話が成立しており、
それを目の当たりにしたカカシをある意味羨ませた。
忍にとってアイコンタクトは必須だけれど。
「あ、そうそう、肝心な事言うの忘れてたわ。今日みんなで飲むんだけど、カカシも来るでしょ?」
ん?と気のない返事をしたカカシに、紅はオマケをつけた。
「勿論も誘うわよ。アンコが会いたがってるし。会場は家。」
「紅の家?」
「そう。アンコに嵌められたのよ。」
腕を組んだ紅はプイっと首を横に向ける。
その視線の先に、戻って来たを捕らえると、紅の首は上に動いた。
「、今日は家で飲む事になったわよ。」
「紅の家?」
「あなた達同じ反応するのね。そうよ、家。アンコに嵌められたの。」
「そうなんだ・・・。ちょっと残念だけど、これから出かけるんだ。」
「あら、そうなの?遅くなってもいいから、顔出しなさいよ。
ゲンマとガイも遅れて来るし、が来ないとアンコが騒ぐわよ。ねっ。」
「うん。行けたら行くね。」
暮れかかる空には青白い月。
と三人は同じ月の下、別々の方向に向かって歩いて行った。
BGM A Little Thief