初めて本気になった。
憧れや、幼い頃に抱く恋心とは違う感情。
その人の全てが欲しいと想った。
その人に癒されて、時には癒して。
守り、守られる、そんな関係。
あの日が来るまでは・・・。
涙の数だけ ACT1
「ごめん、もう付き合えない。」
突然切り出された別れに、耳を疑った。
彼は一つ上の先輩で、今は中忍。
下忍の頃は、一緒の任務に就いたりもしてた。
彼に惹かれて、その想いを言の葉に載せて。
『俺も。これで会う口実、作らなくても済むな。』
そう彼が笑ってくれたのは、今から半年前。
暗部に属する私と、表舞台で活躍する彼とは、すれ違う時間も多かったけど楽しかった。
でも心も身体も重なったのは一瞬。
「なんで?」
「好きな子が居る。」
「・・・そう・・・。」
「は強いから、俺が隣に居なくても大丈夫だろ。」
「きっと可愛い子なんだろうね。」
「・・・守ってやりたいってやつかな。」
「分かった。」
「・・・ごめんな。勝手だけど、これからも友達で。」
「・・・うん。じゃあね。」
涙の代わりに冷や汗が出た。
泣き顔の代わりに作り笑顔。
だけど全身が震えてる。
情報を受け止めきれない。
力の入らない脚で大地を蹴って、闇夜に逃げ出した。
こんなドラマみたいな展開あるんだ・・・。
今の状況を理解するので精一杯。
『え、何が起こったの?』
焦る自分が、冷静な自分に問い掛けて。
そんな事をしても、結果は変わらないのに。
全身に掻いた汗が体温を奪って、身も心も寒い。
このまま部屋に帰る気にもなれなくて、行く先を足に任せた。
外に居れば、月と闇が、包んでくれそうな気がしたから。
足が選んだのは、演習場の木の下。
一本の木にコツンと額を合わせる。
一人になって漸く出て来た涙と、月に見せた泣き顔。
強さって何?
人に泣き顔も見せられない位、弱いんだよ・・・。
弱ってる自分を、助けてと叫ぶ心を、知らせる術を持っていないだけ。
唇を噛み締めて、泣き声を殺す。
潰された喉が、焼けるように痛い。
誰かが居ると泣けないくせに、一人でも満足に泣けないなんてね。
口を押さえて、彼の頬の変わりに大木を殴った。
彼の頬を、叩く強さも持ってなかったから。
もう一度振り上げると、その手を誰かに握られて。
「。」
知ってる声が私の名前を呼んだ。
視線を送ると、見慣れた暗部装束に輝く銀色の髪。
面を外して、口元を隠した長身の男。
「カカシ先輩・・・。離して・・。」
慌てて涙を拭って、押し殺していた喉を解放したら、上ずった変な声が出た。
「だ〜め。こんな所で一人泣かせる訳にはいかないでしょーよ。」
「泣いてなんか・・・。」
「泣き顔、見られるのが怖い?」
「・・・。」
「見られるのがイヤなら、こうすればいい。」
言葉が耳に届いた時には、もう彼の腕の中で。
「この木よりはマシでしょ。ほら、誰にも見えないよ?」
私の顔を胸に押し当てて、抱きしめてくれた。
「は上手に泣けないからね。ほっとけないの。」
彼の言葉が胸に染み渡って。
涙を誘い出してくれた。
こんなに泣いたのは、何時以来だろう。
まして、人前で。
何時しか親の前でも、泣けなくなっていたのに・・・。
「もう大丈夫です。」
「そ?」
「ごめんなさい・・・。」
「謝らないでよ。別に悪い事した訳じゃないんだし、オレがしたくてした事だしね。」
「いえ・・・あの・・・胴当てが・・・濡れちゃって・・・。」
「あ、そんな事。」
「でも、どうして此処に?」
「・・・。」
「って愚問でしたね。すいません。」
暗部から上忍になった彼が、この衣装で居るという事は、任務以外にない。
しかも任務内容は極秘の場合が殆ど。
我ながら、なんて質問をしたんだろうと呆れた。
「ん〜、叫び声が聞こえたからね。」
「夜襲?」
「そ、オレの心にちゃんの夜襲。一発でやられちゃった。」
「何、言ってるんですか。」
「ホントよ?」
目を細めて笑う彼の笑顔が温かくて、なんだか照れくさくて、背中の刀に視線をずらした。
「また火影様にこき使われてるんですか?」
「そ〜なの。上忍になって、先生やらされて、こっちの仕事まで回すんだから人使い荒いよね。
ま、まだ生徒はいないけど。これで下忍受け持ったらオレ、過労死しちゃうかもよ。」
「カカシ先輩が過労死ですか?」
過労死=チャクラ切れと頭で変換されたけど、彼の言い方が可愛くて笑みが零れた。
「その笑顔は合格。作った笑顔なんかより断然可愛い。」
「カカシ先輩はお上手ですね、人を導くのが。きっと良い先生になるんでしょうね。」
「そうかね〜。」
「はい、保障します。私の保証なんてアレですけども・・・。」
「ねえ、。」
「はい?」
「そろそろ、その敬語と先輩って言うのやめない?カカシでいいよ。オレ、暗部辞めた事だし。」
「え・・・でも・・・暗部辞めても、忍として先輩なのは変わらないじゃないですか。」
「ま、そうだけど。」
「それに人生の先輩ですよ。」
「四つしか変わらないでしょーよ。」
「それだけ変われば十分です。」
力説したら額を弾かれた。
「オレの事、オヤジ扱いしてない?」
「してませんってば!!」
弾かれた額に手を当てて、空いた片手を弁明の意味を込めて、思い切り振った。
「じゃ、その人生の先輩から命令ね。い〜かげん止めて。肩凝るから。」
「分かりました。急には無理ですけど、徐々に。」
「よろしくね〜。そろそろ帰ろっか?」
「・・・はい。」
二人で跳んで、私の部屋に差し掛かると、カカシはヒラヒラと手を振って、火影邸へ方向を変えた。
理由なんて聞かず、只、私が泣きやむまで抱きしめてくれたカカシ。
・・・ありがとう。
それから幾日かが過ぎて、別れた彼と街で出会った。
『元気?』
『うん。』
『じゃ。』
『バイバイ。』
会話はそれだけ。
出会いの挨拶と、別れの言葉。
すぐ別の方向に歩き出して、次に見かけた時には隣に彼女が居て、思わず身を隠した。
やっぱり、まだ友達になんて戻れない。
振られた方はそんな余裕、すぐには出来ないよ。
出来るものなら友達に戻りたい。
笑い合ってたあの頃に。
こんな事なら、告白なんてするんじゃなかった。
付き合わなければ、あのままで居られた。
終わったから思う事だけど・・・。
気持ちを伝えた時、付き合っている時は、こうなるなんて考えていなかったから。
踵を返すと緑の物体にぶつかった。
完全オフモード、傷心の私には、暗部でのスキルも今は生かされなくて。
鼻を押さえて見上げれば、腕を広げたカカシ。
「いつでも空いてるよ、此処はの場所だからね。」
憎たらしい位、爽やかな笑顔。
だけど、ホッとする。
「今日は泣きません。」
「あら、残〜念。じゃ、何かして欲しい事ある?何でも聞いてあげるよ。」
「ご・・・はん・・・。」
「ご飯?お腹空いたの?」
「そうです。失恋にはヤケ食い!!」
カカシに背中を向けて、空に両手を伸ばした。
「ま、それもありだね。でも新しい恋愛ってのもあるよ?」
「当分いいです。」
そう言って歩き出せば、
「ゆっくり待ってるよ。」
とカカシの囁く声が聞こえたけど、私は聞こえてない振りをした。
それから前の彼を避けるようになって。
全く会わなくなったのだけれど、任務は別物。
「南西の方角から帰還中の部隊より応援要請じゃ。こちら側はスリーマンセル。敵数は四名、残るは三名。
今動かせるのはお前達しかおらん。頼んだぞ。」
「「御意。」」
「では、散!!」
私は元暗部の先輩と森を駆け抜けた。
「相手が俺だった事を悔やむんだな。」
「それは、あんたよ。」
敵の背後に降り立ち、刀を振り下ろす。
ドサッと倒れ込む敵越しに見えるのは、別れたあの人。
その後ろには、その人の守りたい人。
敵忍の絶命を確認して、その人達に駆け寄った。
「?悪い、助かったよ。」
「ううん。」
「流石は暗部。お前強いよ、やっぱ。」
強さって何?
傷口にまた氷の刃が突き刺さった。
「それは・・・」
タイミングが良かったからと言いかけた時、カカシがもう一人を担いでやって来て、彼に声をかけた。
「大丈夫か?」
「はい。」
担いで来た仲間を地面にそっと寝かせて、彼の後ろで動かない彼女を見舞う。
「傷はそんなに深くないな。気を失ってるだけだ。お前は動けるか?」
「はい。コイツは俺が運びます。」
「じゃ、行くぞ。」
カカシは寝かせた仲間を担いで。
彼は疲れ切った身体で、彼女を大事そうに抱え、地面を蹴った。
前方はカカシが、後方は私が守って。
誰一人、口を開く事もなく里に着いた。
「今日はこのまま、付き添ってやってもいいですか?目が覚めたらコイツ不安がると思うんで。」
「ああ、そうしてやれ。もう一人も入院だしな、そう伝えておく。」
「すいません。」
「落ち着いたら報告に行けよ。」
「はい、勿論です。」
彼はカカシに頭を下げると、彼女の手を包み込んだ。
「ほら、もう行くよ。」
それを漠然と眺めていた私の頭を軽く叩いて、カカシは病室の扉を開けた。
「すいません、私ちょっと・・・。」
「何処行くの?」
「すぐ戻りますから。」
言うが早いか、カカシの元から逃げ出した。
面を取って、風に涙を泳がせて。
でも結局追い付かれて。
「また一人で泣くの?俺が居るのにさせないよ、そんな事。」
「じゃあ・・・此処貸して。」
カカシの胸に手を伸ばせば、強く抱き寄せられた。
「の涙、引き取ってあげる。」
涙の数が増えて、またカカシを濡らした。
「の瞬身は暗部でもトップクラスなんだから、追いかける身にもなって頂戴よ。」
「・・・元暗部 bPのくせに。」
「そ、そ、オレ、結構強いのよ。」
「知ってますって。」
「ちゃん、弱弱だもんね〜。」
出し切った筈の涙がまた溢れて、零れ落ちる。
「あらら・・・。」
「カカシが・・悪い・・・ん・・だからね。」
カカシは腰を屈めて、子供みたいにしゃくり上げる私の顔を覗き込むと、頭を撫でた。
「はい、いい子、いい子。」
もう顔も隠す事なく、泣きじゃくって。
カカシがくれた、私の泣ける場所。
カカシの前で流した涙の数だけ、強くなれた気がした。
「思い切り泣いたら、喉渇いた・・・。」
「失恋にはヤケ酒?」
「せいか〜い。」
「お付き合いしますよ、姫君。」
「宜しい。・・・あ!」
「ん〜?」
「その前に報告、そんで着替えなくちゃ。」
「だ〜ね。」
そして・・・
幾つかの季節が流れて、暗部装束を脱いだ私は、
百戦錬磨の上忍達が待機する人生色々という場所で、
―― カカシの隣に座って泣いている。
BGM broken jewel
少々シリアスなスタートでした。
そしていまだリク主様の希望が、一つも出て来ていないという始末・・・。
これから出て来ますので、当サイトでは少ない、
付き合う前の二人を、もう少しお楽しみ下さるとうれしいです。
かえで