血飛沫を上げるの体が、白煙に飲み込まれ、消えて行った。

「げっ、影分身かよ。ったく」
「阿呆」
「うわ、仮にも相方に、その言い方はねぇだろう」
「…………探すぞ。あの女を先に始末しないと、埒が明かん」

黄色い花のシェルターを睨みつけ、水遁男は言う。

はその間、離れた木の影に隠れ、傷口に止血剤を塗りこんでいた。
幸いにも今回の手裏剣に毒が塗られている感じは無く、
このまま無理をせず、動かさなければ、辛うじて出血は治まるはずだ。
後は里に戻って消毒をし、必要ならば縫合をするなり、忍術で塞いでもらうかすればいい。
けれど、安静にしているなどは不可能な状況で、
この傷は今塞がっているように見えても、また口を開くだろう。
赤い血を流しながら。






粉雪 中編






雪の結晶が多数結び付き降る雪は、牡丹。
重そうに落ちて、水に溶けて行くそれも、
この気温の下がり具合から察するに、早々と積り始める事だろう。
案の定、結晶の花弁は、舞落ちる毎に細かくなって行き、森が少しづつ白に変わっていく。

────!!

何度心の内で、その名を叫んだか判らない。
射抜かれたのが影分身だと分かって居ても、全身が凍り付き、心が砕けそうな程痛かった。

────もっと早く。彼女の元へ!

なぜ自分には翼が無いのだろうか。
空間をもっと自在に操る事が出来たら……。

視界の悪くなる中、カカシは森を疾走していた。








流れる血液に混じった止血剤が効き始め、傷口は乾き閉じてきた。
動けば、引き攣れる痛みがあるけれど、
飲んだ増血剤と痛み止めの効果も出始め、何とか落ち着いて来る。
戦闘中に傷の手当が出来るとは幸運だった。
でもその犠牲は、影分身二体。
潜んでいたもう一体も見つかり、今爆発音と共に、消えた所。

「またかよ!」

苛立つ氷遁男が、古木を蹴る。

「まぁ、そう苛立つな。
 コレを置いて逃げるような女でもなさそうだから、近くには居るだろう。狩りを楽しめば良い」
「そうだな」

部下達を守る花の蕾は状態に変化は無く、安定している。
一度発動させれば、術の継続に印を結び続ける必要は無いけれど、
自動的に微細なチャクラは流れていく。

敵との実力の差は、の方が上だ。
でもそれは個人レベルでの話であって、二対一では分が悪い。
単純にチャクラ量だけで言えば、相手は二人。二倍だ。
こちらは帰還中の身でもあるから、もっと不利な状況だった。
でも帰還中や任務明けは言い訳にならない。
どんな状況下に措いても、部下達を里へ帰すのが隊長の勤めだと、は唇を噛み締めた。

「水遁・水牙弾」
「氷遁・ツバメ吹雪」

敵が本体の方向へ術を繰り出す。
天候までも奴等に味方しているように、凍てつく寒さの中、暴れ狂う水の牙と氷のツバメ。

これ以上やり過ごすのは無理そうだと、身構えた時、
牙とツバメが標的を捕え、目掛けて飛んで来る。

「風遁・風津波」

敵の繰り出す水牙弾交りの吹雪と、の起こす風が衝突し、それは左右に弾けて流れて行く。

「居た、居た。顔見せなよ。美人さん」

変わらず癇に障る口調だと思いながらも、挑発に乗って自ら出て行くのも軽率だと、
身を潜めていただったが、
瞬身で現れた水遁男の殴打を頬に喰らい、その体を強制的に現す事となる。

「まったく…手加減無いねぇ」

やれやれといった風に両手を空に向けた氷遁男は、
仲間に向かって苦笑いを浮かべた後、に対してニヤリと笑った。
水遁男がクナイを取り出し切りつけてくるのを、同じくクナイを用いて防ぐ
数メートル先の真横では、氷遁男が印を結んでいた。

水閣(すいかく)、どけッ!」

ギリギリまでとクナイを交り合わせていた水遁男水閣が、
後ろに大きく跳んで、術の行く末を見つめる。
見事にを捕えた双龍だったが、術の効果が失せると、そこに残ったのは一本の丸太。

氷魚(ひうお)……」

氷遁男相手に水閣が呆れて呟いたのは、そいつの名。

「逃がしてねぇよ」

術がぶつかる瞬間に変わり身を使い、その場から逃げただったのだか、
それを見越していた氷魚のワイヤーに足首を絡め取られていた。
木の影に隠れているの身体を、ワイヤーを引く事で、引っ張り出す。
息も付けぬまま引きづられつつ、
何とかチャクラを込めた手裏剣をワイヤーに当て、切断する事に成功した。
しかしその時には、氷魚の放つツバメに体を切り刻まれる。

「キャア!!」

鋭利な氷のツバメ。
それが姿を消したかと思えば、水牙弾。

「風遁・風船葛(ふうせんかずら)

これは一時的に、自分の身を守る忍術。
片手でも結べる様に、簡易化の修行を重ねた。
緑色した風船の中で一時、水牙弾がすぎ去るのを待ち、
風船葛が消えたと同時に、結んでいた術をは発動する。
でもそれは相手も同じで、金盞花と黒龍が弾けるだけだった。
弾け飛ぶ風の中、もう一度は身を潜めた。

「また逃げやがった。…アレ?オイ水閣なにやってんだ?」

爆風と共に消えたに一人愚痴る氷魚は、水閣の姿を探す為首を回すと、
黄色い花の前に立ち印を結ぶ仲間の姿を見つけ、今度は首を傾げる。
でも次には合点が云ったように笑いながら、ゆっくりと歩き始めた。

「酸素を断たれたら、どーなるんでしょうね〜。隊長さ〜ん。ってキミ隊長だよね」

ククッと笑いながら、氷魚は辺りを見回す。
を探すように。

水閣がシェルターに向けて掛ける術は水牢。

「窒息って、苦しいよね〜」

何処に居るか分からないに向けて、氷魚は喋っている。

シェルターは忍術や物理攻撃を防ぐ箱のような物でも、
花弁によって換気を行い、常に新鮮な空気を保てる状態にある。
でもそれ自体を覆う水牢の術を掛けられては、供給が断たれてしまう。
水牢の術と風姿花伝の性質、仲間の体力や状態を考慮すれば、
数分の猶予はあるにせよ、このままにはしておけない。
弱点をまんまと突かれた形だけれど、すぐに無酸素状態にはならない水牢の術の弱点は、
術者が離れれば消える事。
狙うは、大きな水球を作っている水閣。

「風遁・神風連(しんぷうれん)!」

強風に飛ばされる氷魚の着地予想地点付近にまきびしを巻き、奴をある場所へ誘導する。

「解!!」

其処には予め、影分身が仕込んでいた起爆札と術式。
爆発により氷魚は見えないが、手応えはあったように思えた。

「風遁・金盞花!!」

間髪入れず、水閣に金盞花を飛ばしながらは走った。
クナイを握り締めて、
仲間の笑顔を思い出して。

疲労はすでにピーク。
チャクラ量は残り僅か。
発動した術も、敵にダメージを与えるというよりは、防御と遊撃になるばかりだ。
さっきの攻撃で一人潰せていればいいが。

金盞花の術をガードし、の振り上げたクナイを避けた水閣は、
水牢から簡単に手を抜いて、彼女の腹に拳を埋めた。

水牢は元々を引きづり出す囮。
そんなのは分かってる。
術が解ければ、それでいいという事は無いけれど、今は一人。
これが精一杯だった。

「グッ……ぁ……」

腹に食い込む拳本来の痛みと、もう一つ別の痛みがを襲った。
傷ついた皮膚は簡単に口を開き千切れ、先ほどよりも多くの血を噴き出し、
更にお腹を抱えるの背中には水閣の蹴りが入って、脇腹にクナイが突き刺さる。

「ッ……」

痛みを堪え、何とか握りしめたクナイを、ヤツの足に突き刺した。

「クッ……チィッ」

こんな奴等でも痛みは痛みとして感じるらしく、
歪んだ顔を垣間見せた水閣は、数歩から体を離し、足に刺さるクナイを抜く。

その間よろめきながらは立ち上がり、
自分の脇腹に刺さったクナイを引き抜いて投げれば、それは古木に突き刺さった。

部下達を守る為、もうこの場から離れる事は出来ない。
三人の命を背に、は敵を睨み付け、更に戦闘を続ける。
忍術、体術、忍具の様々を駆使しながら。


震える体は、寒さと出血の所為。
本当なら継続する筈の激痛は、極限状態の今、顔を隠した。
忍具も乏しくなって、残るは数枚の手裏剣とまきびし、忍術を封じ込めた巻物が一つ。
そしてクナイが一本だった。




『ねぇ、カカシ。これ一本ちょうだい。いい?』
『イイケド……。が使ってるのより、少し重いデショ。なんなら新しいの、オレが──』
『いいの。カカシが持ってるヤツが欲しいんだ。彼氏の物が欲しい、乙女心ってヤツかな?』

カカシと任務を共にして帰って来たクナイ。
何の変哲も無い、大量生産品だけど、忍具の一枚一枚を、一本一本を、
彼が手に取り、点検しているのは知ってる。
カカシの事だから、プレゼントとなると、鍛冶屋の高級品をくれるだろうけど、今はこれがいいんだ。
お守りにするから────

『貸して』

カカシは穏やかに笑って、手を差し出した。

『研いであげる』
『十分だよ……これで』
『いいから』

オレが研ぎたいんだと、差し出されたカカシの手と温かな瞳が語る。
は、そのクナイがカカシによって研がれる様を、嬉しそうに頬杖を付きながら眺めていた。





「ったく、この女!!」

爆発によりボロボロになった氷魚が、遠くでフラ付き叫びながら姿を現し、
水閣がクナイを取り出せば、
もクナイホルダーから最後の一本を取り出した。
グリップがやや太く、若干の重みを感じるクナイは、
何故か(かじか)む手に温かさを分けてくれて、握りやすかった。
冷気を吸収し、冷たくなる鉄の塊だというのに、不思議と手に馴染む。

カカシから貰ったクナイ。
そしてこれが最後の一本。
カカシから貰った後、戦闘中間違って使わないように
クナイの輪っかに付けたリボンは、戦場には不釣り合いだけれど。
そのリボンに親指を通し、は固く握った。

切り付けて来る水閣のクナイを何度も何度も、カカシのそれで弾き返して。
形勢を整える為にか、水閣が数歩引いた瞬間に一呼吸置く。

その時、このクナイは離さない。
そう誓った。

伸びて来るのは水閣の水。
意思を持つロープのような水を、何度もクナイで切るけれど、それは簡単に再生して来た。
クナイで弾かれた水が再度集まる前に、巻物を取り出して、封を切る。
片手で解印を結ぶだけで発動するそれは、土遁術。
水閣の水が意思を持たなくなり、術のそれと一緒に土へと帰る。

敵のチャクラも、もう残り少ないのだろう。
大技をやたらに繰り出して来る事が無くなり、戦闘に間が空いて来た。
三人が三人共、背中を丸め、肩で息をして、僅かな回復を試みる。

でもの傷ついた体は、刻々と弱って行った。
体表は冷気によって冷えていても、体の芯は熱かったのに、今は芯まで物凄く寒い。

(かじか)んだ手に、もたつく足元。
降り続く粉雪は視界を悪くさせて、の髪を白くさせた。
白くぼやけるのは、雪の所為じゃない。
目が霞んで、黒い世界に落ちそうになるそれに、
クナイを握り締める事で耐えるものの、体は限界だった。

水閣は水を操る事は諦め、腰から短刀を取り出す。
氷魚が結ぶのは破龍猛虎の印。
氷で出来た虎が、遠くから目掛けて飛んで来る。
もう忍術では打ち消せない。
それだけのチャクラが残ってないのだ。
ギリギリまで待ち、風姿花伝の蕾を盾に身を潜めようとした時だった。

足が動かない。
体は鉛のように重く、飛び上がる事はおろか、回り込む事すらも。

「氷遁・一角白鯨!!」

立ち尽くすへ、走り迫ってくる筈の氷虎が、突然現れた鯨の角に串刺された。
鯨が首を振れば、虎の体は角から抜けて、後方に飛ばされる。
でもその戦闘はの視界の端に。
見知った声の主を確認する余裕はない。
中央には短刀を振り上げる水閣。
間近に居る相手の動きがゆっくりと見えた。
それはの動きが早いからではなく、立ち尽くしたまま、いや動けないまま、
本能が警告音を出したから。
死に対しての。
やられるつもりはないのに、みんなで里に帰る気でいるのに、まだ気力は尽きていないのに、
動かない体。

避ける事の出来ない短刀が、首筋目掛けて降りて来る。

その時、自分と水閣の間に入り込んだ男が、手甲の金属板で攻撃を受け止めた。
すぐさま左手で作っていた雷を、水閣の腹に埋め込めば。
相手は口から体液を吐き出しながら後方へと飛ばされ、古木をなぎ倒し、地に()(つくば)る。

「…………カカ…シ」

────助かった……
      これであの子達は、里へ帰れる。

心の底から安心した。

「もう心配しないでいい。よく頑張ったな」
「………うん」
「怪我は?」
「してるけど、大した事じゃないよ……」
「そっか、良かった。だったら待ってて、すぐ医療班が来るから。オレはアイツを片付けてくる」
「うん」

と彼女の部下達を背中で守って、カカシは前を見据えながら話していた。
前方には印を結ぶ、氷魚。
横たわる水閣。
カカシは真っ直ぐ、敵に向かって走って行った。

何とか気迫で立っていたも、安堵と怪我の為、その場に座り込んだ。
降りしきり積もる雪は、ぽつぽつと増えるの赤を、その都度隠していたけれど。
忍服が吸収出来なくなったそれは、一気に白を赤く染めながら、大きく広がった。


───ドサリ


その赤を自分の体で隠して。
の肢体の糸が切れる。

戦闘に勝利し、後は遅れて来た仲間に任せたカカシが振り返って見たのは、
雪原に横たわる愛しい花。

、しっか……り…し……」

走り寄り、抱き起こした腕に感じたヌメリ。
白に大きく広がる真紅。
それはカカシの体をも染める、の血。

…っ………」

──── 何で……

『怪我は?』
『してるけど、大した事じゃないよ……』

──── あの時にっ
       血の匂いを捕えていたのに。

彼女の言葉を鵜呑みにした自分を、カカシは心の底から後悔し、嫌悪した。

攻撃を受ければ、応急処置も儘ならない。
敵を捕える、もしくは始末するのが最優先の状況だったのは確かだけれど。
自分なら、
忍として長く生きるものなら、
同じ事を言っただろう。
もし怪我に気づかれていたしても、かまうなと。
だけれど────もっと他の手段があった筈ではなかろうか。

「……医療班!!!」

カカシの悲痛な叫びが、白い世界に響き、
二人の姿を冷たく白く変える。
その傍らでは、黄色い花が咲き、その花びらは砕けて、煌めきながら天へと昇って行った。






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