大切なものは、いつも手の平から零れ落ちて行く。 頭にポンと置かれる大きな手。 優しく見守る青い瞳。 衝突しながらも、共に歩んでいく筈だった仲間達。 水の様にすり抜けていくそれらを、必至で掴もうとした手の平は、 もう掴むものなんて無いのに、硬く握られたまま。 固まって血の通わなくなった拳を包み込んで温めて、 指の一本一本を解しながら開かせてくれたのは、だった。 そんなんじゃ、何も掴めないじゃない。 何も、手に入らないじゃない。 ───そう囁いているかのように。 温かくなった手の平を戸惑いながら彼女に伸ばして、抱きよせて、気持ちを伝えれば、 彼女は俯き、真っ赤になってコクリと頷いてくれた。 柔らかく滑らかに動くようになった手の平が、自然と彼女の頬を包み、唇が重なったのは今と同じ十二月。 唇も、繋いだ手も、何もかも温かくて、熱かった。 でも今の二人は───── 凍えるほど、冷たい。 粉雪 前編 目の前にある大地の裂け目を越えれば、そこは火の国の領土。 木の葉のテリトリーに入る。 見晴らしを良くする為なのか、はたまた以前戦闘でもあって修復出来ずにいるのか、 緑に覆われた里近隣とは違い、ここは枯れた古木達が寒そうに立っている場所。 重たい雨雲からは雫が落ちて来ていて、砂地を濃い色に変えながら、その量を増やして行った。 忍服の防水加工があまり意味をなさなくなった頃には、削った氷の様な物が雨の中に交じり、 霙(みぞれ)に変わったのだと知る。 谷を渡り、木の葉の領域に入れば、ほんの少しだけ神経が丸くなった。 もう少し進めば森に入るから、身を潜めやすい。 それまでの辛抱だと、仲間に告げ、隊長であるは先へ進もうと大地を蹴る。 しかしその足に冷たい物が巻き付き、宙を飛びかかった身体が地表に叩きつけられた。 「さん!!」 駆け寄った仲間達が、次々と氷の杭によって傷ついていく。 「……なに?」 足に絡み付くのは意思を持った水。 部下を襲った、氷の刃。 術者がいない。でも近くにいる筈だ。 「みんな!!」 仲間の様子を伺いながら、術者を探せば。 それは二つの姿で、大地の裂け目から水に乗って現れた。 同時に足首に巻きついていたものがスルリと抜け、術者の元へと還り、 は背を低くして仲間の元へ走り寄る。 「大丈夫?蓮華(レンゲ)、升麻(ショウマ)、黄蓮(オウレン)」 蓮華は火遁を得意とするくノ一。 升麻は土遁、黄蓮は雷遁を操る、男性忍者。 上忍であるとよくマンセルを組む、後輩の中忍達だ。 「………ッ……はい。大丈夫です」 すぐに答えたのは蓮華だった。 腕や太股の布が所々裂け、血を滲ませている蓮華だが、大事には至っていないようだ。 しかし升麻と黄蓮は気を失い、片足は凍り付いて、その氷は地面を巻き込みながら、侵食している。 放っておけばその内、氷漬けの人間になってしまうだろう。 「蓮華!」 「はい!!」 は名前を呼ぶ事で指示を出して、蓮華もそれに応えた。 何をすれば良いか、聞かなくとも蓮華には分かる。 隊長であるが蓮華に求めるのは仲間の救出だ。 蓮華は手の平にチャクラを集め、微細なコントロールをしながら、氷を溶かし始めるが、 それの進行はあまりにも早く、侵食を止める事は出来ても、未だ取り除く事が出来ない。 本来口内から火を吐き出し、相手を燃やす火遁術。 手の平に集めたチャクラを高温にし、氷を溶かすなど、 忍術応用マニュアルで見ただけで、蓮華にも初めての事だった。 升麻と黄蓮は気を失ったまま。 傷口からの出血もある。 身体が冷え、その量は少ないけれど、心配だ。 早く応急処置をして、里に連れ戻りたい。 「もう少し……っ」 侵食を喰い止め、氷を溶かしに掛かった蓮華が声を洩らした時だった。 「氷遁・黒龍暴風雪(こくりゅうぼうふうせつ)」 地に降りたった二人の男の内、一人が印を結ぶと、その伸ばされた拳から発生した黒い龍。 それが、四人の元へ飛んで来る。 三人を庇うようには彼等の前に立ち、印を結んだ。 「風遁・金盞花(キンセンカ)!!」 鋭利な盃の形をした風の刃が幾つも舞い、黒い龍を切り裂いていく。 「火遁に風遁ねぇ〜。おまけに可愛子ちゃんだし、ラッキー。お前どっち喰う?」 敵忍は仲間の男へ首を傾げながら聞いた。 「喰えればどっちでもいい」 「ったく相変わらず冷めてるねぇ。好みとかないわけ? 俺は風使いの美人さんにしよっかな。落とし我意がありそう」 「好きにしろ」 「じゃ決まり〜さっさと料理しちゃいましょ。氷遁・双龍暴風雪!!」 「風遁・金色(こんじき)の鳳(おおとり)!」 女相手に喰うだの好みだの、それらが示す意味は容易に想像が付く。 勿論、慰み者になるつもりは毛頭無いし、部下をそんな目には合わせない。 敵が放った二匹の龍を、は金色の鳳を盾にして防いだ。 大きくうねる二匹の龍と翼を広げた鳳が絡み合う中、 は升麻を、蓮華は黄蓮を抱え、敵から離れた木の幹に場所を移した。 しかし、葉が茂る事なく剥き出しの古木では、身を潜めるのは不可能。 すぐさまもう一人の敵が淡々と術を繰り出して来る。 「水遁・水牙弾」 周囲に水の塊が出来、それが回転を掛けて飛んで来れば、 黒い龍と対峙しているではなく、蓮華が応戦する。 「火遁・豪火球の術!!」 氷遁に強く水遁には弱い火遁術ではあるが、敵に向けて大きな火の玉を吐き出す蓮華。 水牙弾の術は何とか相殺出来たものの、敵に放った火の玉は易々とかわされ、 尚且つ敵は手裏剣を投げて来る。 蓮華に、 に、 そして二人の後ろに居る升麻と黄蓮に。 蓮華は豪火球を放つ為に飛び上がった空中で、何枚かの手裏剣を避けながら、 頬を掠めた一枚に目を細め、はクナイを取り出し弾く。 「全然ダメじゃん!」 そう言ったのは氷遁使い。 「これ位の相手でなければ、喰らう価値もないだろう」 「ま、それもそーですけどね」 火遁に術を殺され、手裏剣さえも弾かれた水遁男は、相変わらず淡々と話し、 威勢の良い氷遁男は肩を竦める。 「女が欲しければ、そういう所へ行けば良いでしょう」 クナイを握り締め、着地した蓮華を庇うように片腕を伸ばしは叫んだ。 「はぁ〜?あ、もしかして色っぽい系想像してる?お生憎様。そうじゃないんだよね〜。 ま、なんなら、楽しんでからでもいいけど。二人共美人さんだしね〜」 相手の言っている意味が上手く理解出来ず、が相手を睨み付けながら黙っていれば、男は話を続けた。 「人生最後のSEX、俺とシテから死んでみる?」 敵に追われるような任務では無かった。 今は重要書類も持っていないし、賞金首にもなっていない。 何処かで恨みを買っているという場合が職業柄無いとは云えないが、 相手の言葉から察するに、それも無いと思える。 面識の無い敵に命を狙われる理由は、敵の何かを見てしまったからか、或いは狩り。 「馬鹿な事言わないで」 「そのまま本物の天国に逝っちまえば楽じゃん。俺等に経絡系喰われてね」 「………は?経絡系を…喰らう……?」 「そう。チャクラ性質と経験値を頂く訳。全部は吸収出来ないが、 チマチマ修行なんかしてるより、よっぽど効率がイイっしょ? スキルはまた喰らって集めればいいのさ」 「何言って……」 そうが言い掛ければ、水遁男が口を挟んでくる。 「お喋りはもう終わりだ。遊んでる暇はない」 「へーへー。折角、獲物が女だってのにねぇ」 ギロリと睨まれ、眉山をおどけて上げた男が印を結び始める。 「話は終わりだってさ。氷遁・ツバメ吹雪!!」 「水遁・水鮫突破の術」 氷のツバメと水の鮫が宙を舞う。 「風遁・風媒花(ふうばいか)!!」 「火遁・鳳仙火の術」 巻き散る花粉と火遁の力を増幅させる風。 其処に放たれた鳳仙火は、本来の威力の数倍。 粉塵爆発を起こし、炎が舞い上がって、ツバメと鮫は跡形もなく溶けて無くなった。 連携技に氷遁使いが「ヒュ〜」と口笛を吹き、楽しそうに手を叩く。 火遁に風遁。 氷遁使いならば欲しいチャクラ性質であろうソレは、逆を言えば達に優位である。 しかし手にしていない今、戦況は不利な筈だというのに、この男の余裕はどこから来ているのか。 仲間に水遁使いが居るからだろうか。 身構えながらが敵を分析していたその時、横からドサリという音が聞こえた。 「効いてきたみたい?」 ニヤリと笑う男の視線は蓮華の居る方。 視線だけを動かし蓮華を捕えれば、彼女は息を切らし地面に蹲っていた。 「……毒?」 前方に視線を戻してが呟く。 「当ったり」 妙に癇に障る声で男が答えた。 自分は大丈夫だ。 考えられるとすれば、さっきの手裏剣。 蓮華の頬を掠めたあれに、毒が仕込まれていたとの結論に達する。 「死なれちゃ困るから、すぐには死なねえよ。生きたまま穿り出さなきゃ、俺等が腹壊す。 新鮮第一ね〜。コイツの毒には耐性あるから、こっちに問題ないし」 自分達の使う毒には耐性があると、言っているのだろう。 しかしそれ以前の、男の言葉に吐き気がした。 強烈な吐き気が。 人体を生きたまま喰らうなど、鬼畜にも程がある。 でも即効性が無いのなら、助かる見込みは十分あるという事。 里には医療のエキスパート達が大勢居る。 対象者に苦痛を味あわせる事にはなるが、解毒薬が無い場合でも除去する忍術はあると聞く。 ならば今の内に。 自分のチャクラがまだある内に。 「風遁───」 「…さん……それは…だめ!!」 印の並びで悟った蓮華が苦しそうに叫ぶものの、は心配しないでと心で語りかけながら、印を結びきった。 「風姿花伝(ふうしかでん)!」 黄色い八重咲きの花が咲く。 蓮華と升麻と黄蓮。 この三人を包んで咲いた花が、蕾へと変わり、身を守るシェルターとなった。 「三人には手を出させない!!」 私が────守り切ってみせる。 「氷遁・ツバメ吹雪」 「風遁・風解(ふうかい)!」 空気中で結晶水を失い、粉末になった氷のツバメは、風に交じってサラリと消えた。 忍術発動中であっても、敵は休ませてなどくれない。 瞬身で近づく敵はの背後に。 それをヒラリとかわし間を開けるも、もう一人にまた後ろを取られそうになる。 軽い身のこなしで避けて行くを、前傾姿勢で追う敵。 クナイが金属音を響かせ、火花を散らす。 空中を飛びながら、刃物を交り合わせ、相手の蹴りを身体を回転させる事で避けた。 霙交じりの冷たい雨は、熱くなる身体をすぐさま冷やしていき、吐く息は白い。 「水遁・大瀑布の術」 男が印を結べば、舞い上がる大量の水。 滝のように落ちて来るであろうそれを、は忍術で打ち消そうとする。 「風遁・風津波(かぜつなみ)!!」 印を結び術が発動したその瞬間、真横から飛んで来た手裏剣を跳び上がる事で避けるが、 もう上空に居た氷遁男に脳天を殴打され、下に落ちる筈の身体は、蹴りによって舞い上がる。 再び放たれた手裏剣を、避ける事が出来なかったの身体には、五枚の手裏剣が突き刺さった。 「大当たり〜。アレ?どこ行った?」 かくれんぼの鬼のように、軽い調子で呟きながら、男はを探し始めた。 なんとか瞬身で隠れたは、立ちながら木に寄り掛かり、身を隠す。 敵が本気で探し始める前にと、急いで体に刺さった手裏剣を抜いた。 「………くッ……ぁッ……」 刺さった刃物を抜けば出血量は多くなる。 だけれど、毒が塗られていてはもう遅いかもしれないが、蓄積される量は減らせる。 自分も多種多様な毒に、ある程度の耐性はあるから、それに賭けようと。 そしてそれ以前に、手裏剣の刺さった身体では思うように動けない。 胴周りに集中する手裏剣を引き抜いたの身体からは、じわじわと血液が流れ出し、激痛に顔が歪む。 「みーつけた」 男の声がするけれど、方角が分からなかった。 でもかなり近いのは確か。 「こんな所にねぇ〜」 物音を立てず近づいた氷遁男は、木の幹に隠れていたの首を掴み、上へと上げニヤリと笑う。 「そろそろ頂きますか」 刀となった男の手が、の身体を貫き、深く食い込んだ。 翼を広げ、家に戻る鳥は、木の葉の外警管轄。 雨でも繰り返されるそれは、霙に変わった今日も変わらずだ。 窓枠に止まった忍鳥に労いの言葉を掛けながら、毎度同じ手順を踏む。 忍鳥が見て来た外の景色。 取り分け国境付近を重点的に警備するこの忍鳥が見て来たモノを、警備班は忍術を用いて再生するのだ。 横たわる二人と、それを庇いながら応戦する仲間達。 鳥の目が捕らえた敵の姿には見覚えがある。 数日前にリストアップされた、犯罪者だ。 「ほ…火影様に連絡を!!」 「はい!!」 警備班の一人が慌てて長の所へ向かう。 達が任務出立後、犯罪者リストに載った連中達。 彼女等にその情報はなかった。 敵の情報が無くとも、奴等の目的は本人の口から出て来たそれに間違いないだろう。 腹を射抜かれたの身体からは血液が滴り落ち、男が腕を引き抜けば、大量の赤が吹き飛んだ。 水遁男はの作り出した花を訝しそうに眺め、手裏剣を一枚投げるも、それは弾かれ地に落ちる。 ──── 間に合ってくれ!! そう心で叫ぶ銀髪の男は、仲間一名と医療班を連れ木々を渡っていた。 雨に濡れ、勢いの無くなった銀髪とは異なり、神経はピリピリと逆立って、今にも放電しそうな程。 里帰還後すぐ聞いたそれに、火影の言葉を待たず男は志願した。 『私に行かせて下さい』 『大丈夫なのか?』 『ええ。勿論』 鳥が持ち帰った映像の最後は、が身体を貫かれるまで。 火影は小さめの溜息を吐きながらも、真っ直ぐに男を見つめた。 聞いてしまったのなら、この男の事だ、里で待機などしていないだろう。 一人でも動く。 だったら正式任務として、医療班を連れて行かせた方が良い。 『必ず連れ帰って来い。解ったな、カカシ!!』 彼女の実力は相当な物。 しかし相手と状況が悪い。 仲間の心配もあるけれど、根底にあるもの、それは。 ─── オレを置いて逝かないでくれ 霙交じりの雨はその時、雪に変わっていた。 NEXT→ BGM snowflake
霙交じりの雨はその時、雪に変わっていた。
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