ENDLESS STORY
        第十四章



 初めてカカシの部屋で朝を迎えてから、一ヶ月。

 あの頃人々の目を楽しませ、宴の場を提供していた桜は潔く散り、
 変わりに青々と繁る若葉をその身に纏う。
 カサカサと音をたてて風に靡く枝先の下を通れば、太陽の匂いに交じって新緑の香りがした。




 「今回の任務、ちょっと掛かりそうなんだよね。」

 明け方の呼び出しから戻ったカカシは、馴れた手付きで忍具を仕舞う。
 ソファーに座り、仕舞われていく忍具達を眺めていたは、その言葉に視線を上にずらした。

 カカシの手がリュックに伸びた時から、それは予想していた事。
 それが二泊三日程度の時間か、一ヶ月に渡るかは分からなかったけれど。

 「二週間、いや十日で片付けて来る。」

 支度の整ったカカシはに歩み寄った。

 「あんまり無理しないでね。チャクラ切れで倒れたりしたら大変だよ。」
 「それよりもねぇ、先に切れ起こすから。」

 隣に座り、肩を抱き寄せる。

 「もう・・・冗談い・・って・・・」
 「ほ〜んと。」

 カカシはの言葉に、自分の言葉と、唇を重ねた。
 触れ合うだけの優しいキス。
 何度交わしても胸がときめく。

 「実際、最近倒れないでしょ。調子良いんだよね、俺。
  その内、新しい術でも、編み出しちゃうかもよ。」

 そう言うカカシの目は弧を描く。

 確かに、写輪眼を使いすぎるとすぐに倒れていたカカシが、この所寝込まない。
 以前波の国での任務の際、『生徒達の前で倒れちゃってねぇ』と、
 ばつ悪そうに言うカカシを、皆で飲みに誘った事もある。
 その時のカカシの表情を思い出し、思わず笑みが漏れた。

 「そう言われれば、そうだね。」
 「でしょ。のおかげだよ。が俺を満たしてくれるから。」

 カカシはの艶やかな唇を再び味わった。
 

 「さてと、そろそろ時間だ。」

 立ち上がり玄関の方へ歩くカカシの後ろをは歩く。

 「気をつけてね、いってらっしゃい。」

 の額に口付けると、人差し指を口布に引っ掛けて引き上げた。

 「行ってきます。・・・じゃあね〜。」

 カカシは玄関のドアを閉め、高く飛び上がった。

 喉まで出掛かった言葉。


 、この部屋で待っててくれる?


 が自分で答えを出すまで待つと決めた。
 そうでなくても、あの日からは自分の部屋に帰っていない。
 帰していないと言った方が正しいかも知れないが。

 「焦りは禁物。今は任務を早く終わらせる事だね。」

 カカシはスピードを上げ、集合場所へ向かった。




 さてと・・・。
 私も待機所に行きますか。

 一通りの家事を済ませて、は待機所へと繋がる道を歩く。
 五月の暖かい日差しを全身に浴びて。


 到着して少し経つと、任務が振り分けられた。
 密書の運搬。
 今回は中忍二名とで編成されたスリーマンセル。
 部隊長は


 奇襲さえなければ、右から、左に密書を運ぶだけの単純な仕事。
 今回も奇襲に備え、それなりの準備はしてきているが、敵忍に襲われる事もなく、任務は終了した。

 「無事終わりましたね。」

 中忍の一人が胸を撫で下ろす。

 「そうね、何事も無く済んで良かった。じゃあ里に戻ろう。」

 達が木の葉に着く頃には、三日目の朝を迎えていた。

 「お疲れ様。報告は私がしておくから、二人はゆっくり疲れを取ってね。」
 「はい。お疲れ様でした!!」

 二人の中忍が声を揃え挨拶をすると、は瞬身で綱手の所に向かった。


 「ご苦労。早かったな。」
 「はい。襲われる事も無く、無事任務終了しました。」
 「お疲れさん。今日は上がっていいぞ。」
 「失礼します。」

 は一礼すると、部屋を後にした。


 ん〜今日は休みだ〜。
 あっ、カカシ・・・
 そっか任務だっけ・・・。
 ・・・久しぶりに自分の部屋にでも帰ろうかな。


 途中自分の部屋には食材が何も無い事に気づき、買い物を済ませて部屋に帰った。

 ドアを開けると、一瞬の違和感と、以前なら感じる事の出来なかった香りが出迎えた。
 自分の部屋の匂い。
 いつもなら外の空気と同じ、無臭と感じる空間。
 だけど今日は、掃除した後にたまに撒く、ルームコロンの香りが鼻を掠めた。
 散布するとすぐに空気に溶け込み、広がる香り。
 だが暫くすると、その香りにも馴れ、何も感じなくなる。
 この強すぎない清涼感のある香りが好きだった。
 

 私の部屋って、こういう匂いなんだ・・・。
 自分の部屋の匂いって分からないもんね。
 きっとうちに来た人は、こういう風に感じるんだろうな。


 は閉めきった窓を全開にし、洗濯から始めた。
 その後は掃除。
 隅から、隅まで磨き上げる。
 まるでこの部屋から巣立つかのように・・・。


 窓から差し込む明かりが弱くなり、部屋の明かりを灯した。
 太陽の光は優しくて、元気が出てくる。
 でも明るいけれど、蛍光灯の光は何だか冷たく感じる。
 それが一人で過ごす夜だから尚更。

 は簡単に夕食を済ませると、浴室に向かった。

 
 お風呂入ろっと。
 リラックスには一番。
 

 自分の好きな香りのボディソープに、シャンプー、リンス。

 忍を生業とする者の中には、香りに神経質で無香料を好む者もいるが、
 もカカシもそうではなくて。
 それは優秀な忍犬にかかれば、どんな微かな匂いも嗅ぎ分けられてしまうから。
 だったら自分の好んだ物を使った方がいいと二人は思う。


 あれ?こんな感じだったっけ・・・?


 大好きだったはずの香り。
 今も良い香りとは思えるけど、何だか物足りない。


 カカシのシャンプー使いたいなぁ・・・。
 同じ物、買いに行こうかな。


 は浴室から出て、髪を乾かすと、ソファーに腰を落とす。
 静まりかえる部屋に、時計の針が時を刻む音だけが響いている。


 普段、何してたんだろう?


 一人きりの時間を持て余す。
 もっとカカシの傍に行きたいと願ったあの頃。
 修行と任務と特上の仕事で、寝に帰るだけの部屋になっていた。
 それでも休日はあった訳だしと、記憶の糸を探ってみるが、たいした事は出てこない。
 ただあの頃は、一人の時間が寂しくなかっただけ。
 今はカカシを感じられない自分の部屋に、一人で居るのが寂しい。
 カカシの部屋なら、カカシが居なくても、その存在を感じられる。
 だから、寂しいと思った事は無かった。


 もう寝よう・・・。
 こういう時は寝ちゃうに限る。


 は一ヶ月ぶりに自分のベットで休んだ。
 そこでも感じる寂しさを胸に抱いて・・・。





 二日後の夜。
 任務から戻ったの足は、自然とカカシの部屋に向かっていた。
 部屋に入っても、違和感なくを包み込む部屋の空気。
 カカシの部屋が、おかえりと言っているような気さえする。
 もうこの部屋が私の帰る場所なんだと、その時確信した。


 すぐにお風呂に入り、汗と埃を洗い流す。
 シャンプーを手に取ると、広がる甘い香りに胸が高鳴った。
 この香りはカカシと過ごした幸せな記憶と、深く結びついているから。
 嗅いだだけで幸せな気分になれる。
 

 う〜ん、やっぱり良い匂い。


 ずっと目を閉じて感じていたくなる香りが浴室に立ち上る。
 は普段より長めのバスタイムを楽しんだ。




 今日でカカシが任務に付いてから十日。
 最初は二週間掛かると言っていた任務。
 それを十日でこなして帰って来ると部屋を出た。
 状況が変わって任務が長引く事だってある。
 だから期待しない方がいいのに、頭ではそう思っていても、勝手に胸が騒ぐ。
 あと一時間で今日も終わる。


 カカシは今、何処にいるんだろうな・・・?
 もう里に帰ってたりして。
 突然ドアが開いて、『ただいま〜』なんてね。
 え!?うそ・・・。

 
 玄関の方で感じた物音に近づいて行くと、鍵を開ける音の向こうに馴染んだ気配。
 ドアが開いて、カカシの姿が見えるまでの時間がやけに長かった。

 「ただいま〜、。」
 「おかえり、カカシ。」

 すぐに抱きつきたい衝動に駆られたけれど、なぜか身体が動かなかった。
 自分の瞳がカカシをもっと映したいと言っているようで。

 「何とか約束守れたよ。まっ、ぎりぎりって感じだけどね。」
 「無理しないでって言ったのに。でもカカシに逢えて嬉しい。」

 部屋に入り、リュックをテーブルの上に置いたカカシは、を包み込む。

 「帰り・・・待っててくれたんだ。」
 「うん。自分の部屋はなんだか寂しくて、ずっとここに帰って来てた。」
 「だろうね〜。、俺んちの匂いがする。」

 自身の甘い香りに混じって、自分の家の匂いがした。
 同じ洗剤、同じシャンプーの香り。
 同じ空気を共有する香り。

 「ねぇカカシ、私ここに引っ越してきてもいい?」
 「当たり前でしょーよ。俺はその言葉をずっと待ってたんだからね。」

 カカシはの顎を持ち上げ口付けた。
 そしてそれはすぐに密度の濃いものへと変わって行く。
 任務に赴く前とは違う熱いキス。


 カカシ・・・おかえり。
 私が纏う香りはこれからずっと、貴方と同じ香り。


  

BGM 穏やかな空


10000打を踏んで下さった、ハルキさまからのリクエスト。
モチーフは 『香り』
心に焼きつく恋人の香りです。
あとは任せてもらいました。
私なりの香りの感じ方。
好きな人の香りを嗅ぐと、幸せな気分になりませんか?
彼のコロンとか。
香りに神経質であろう忍達が、香水を付ける事はないと思いますが、
バスタイム位いいよね。
(誤解のないように書いておきますが、ハルキさまも忍達は香りに神経質であろうと仰っていましたよ。)
このサイト初のキリリク作品となりました、第十四章。
みなさまの所にも香りが届く事を願って・・・。
そしてリクエストして下さった、ハルキさまに捧げます。

かえで