世に忘られず
A-5
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「イヤッ…!待って下さいっ…」
 咄嗟には、上体を起こしてその勢いのまま両手を伸ばし、市丸の身体を突き飛ばしていた。
 市丸は、の思いもよらぬ攻撃によりバランスを崩し、突き出された腕に後ろへ押され、運悪く背後にあった壁の間の柱に、したたか頭を打ち付けた。

 
ごつ!

「い、い、い、市丸隊長!!」
(ど、ど、どうしよう!!)
 こんな事をするつもりではなかった。ただ本当に、ちょっと待ってほしかっただけなのだ。
 自分の行動による結果に驚き、アワアワと布団を抜け出した所で、市丸が「あたた…」と後頭部を撫でさすりながら顔を上げた。

「あれ…、君………」
「いっ市丸隊長、大丈夫ですかっ?すいません、僕………っ」
「どないしたん?…また、えらい色っぽい格好で………」
 膝を曲げて広げた足の間に両腕をのばし、くつろいだ狐のような格好で柱にもたれる市丸は、かろうじて着物が腕に引っかかっているだけ、というほぼ半裸のを、首をかしげて眺めていた。
「………へ?」
 が間の抜けた声を発すると、突然血相を変えた市丸が、グッとの両肩を掴んだ。
「もしかして僕、…君のこと、無理やり犯してしもた………?」
「ちちちち違います!そ、そ、そんなっ…」
 ここまできて、はハッキリと確信した。
(市丸隊長…、記憶戻ってる………)
 自分の暴挙によって…、というのが何とも複雑な気持ちではあるが、どこかホッとしている自分が居るのもまた、事実だった。

「市丸隊長、実は…――」










「記憶喪失なぁ…。確かに、瀞霊廷の廊下で転んでからの記憶がないわ…」
(こ…、転んだんですね…)
 思えば、なぜこんな事になったのか、と、卯ノ花やイヅルと話していた時にも、「誰かに襲われたのではないか」というの心配は、二人にキッパリ「ありえない」と否定された。イヅルいわく、「この市丸隊長相手に、誰がそんな暴挙に出るって言うんだい?誰だって命は惜しいよ」だそうだ。卯ノ花も、「私なら、やるなら確実に息の根を止めます」と、笑顔で言い切った。

 そんなやり取りを思い出していると、柱にもたれた状態から前のめりに近付いた市丸が、意味ありげに口角を上げた。
「そんで、君がこんな時間にあないなヤラシイ格好で僕の部屋に居た理由は何なん?」
「う…、え………」
 こんな夜中に半裸で他人の部屋に居る理由…。
 いくら考えても、うまい言い訳など思い浮かばない。
 ましてや、すぐ後ろには一組のちょっとだけ乱れた布団………。
(でもでも、だって!なんて言えばいいんだよ〜っ)
 顔を真っ赤にして言いよどむの姿に、市丸はフッと笑みをこぼす。
「あんな、君。これから僕の言う推理、違うとこあったら、違うて言うてな?」
 優しく言い含める市丸に、もコクリと頷いた。

君、10年前の僕に好きやて言われたんやろ。そんで、君も僕の気持ちを受け入れてくれた。…ちゃう?」
 はコクコクと何度も頷いた。
「それってどっちの意味?ちゃうって事?」
 意地悪そうに笑われて、今度はブンブンと首を横に振る。
「僕、市丸隊長の事が…好き、好きですっ」
「僕も好きやで…」
 市丸に唇を塞がれ、の身体は後ろの、ちょっと乱れた布団へと沈んだ。


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