世に忘られず

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「い…ちまる隊長………」
 まさに物思いの対象であった相手の、突然の登場に戸惑っているをよそに、市丸はスタスタと早歩きで近付いてくる。
君、これから暇ある?」
「は、はい」
 今日はこのまま帰るだけで、他に用事はない。

「僕と一緒に、お花見行かへん?」



「………え?」



「えー…、とな?僕は覚えてへんねんけど、もしかして僕、君とお花見の約束してへんかったかなぁ…、と」
「………っ」

 泣き出しそうな顔で、無言で何度もうなづくを見て、市丸は細い目を丸くする。
(おお…っ、ビンゴやん。さすがイヅル…)
 イヅルから、自分とが仲が良かった事を聞いても、なかば半信半疑だった市丸だが、このの反応は本物だ。

 お花見の約束までするほど仲が良かったはずの。しかし、今までの彼の態度は、むしろ自分を避けているようにも見えた。
(もしかしてこの子、僕が記憶失うてからこっち、めっちゃ寂しかったんやないやろか?)
 その寂しさが、自分を避けるような態度をとらせていたのだろうか。

(なんか、めっちゃ可愛いやん…)








◇◆◇







「綺麗やろ、ここ僕のお気に入りのお花見スポットやねん」
 市丸に案内された場所の桜は、薄紅から白と、微妙なグラデーションが広がっており、多種の桜が集まっているなか、特に白っぽい種類の桜が多いようだった。
「すごい…、満開ですね」
「夜桜がな…、特に綺麗やねん。時間、平気か?」
 市丸の目に、知らず愛しさがこもる。
「…はい」
 優しく問いかけられ、ははにかんだ笑顔で答えた。










 空が紺色に染まり、月明かりが桜の花を白く浮かび上がらせるなか、市丸とは、桜の中の一本の根元に、身を寄せ合って座っていた。
 触れる肩と腕が温かい。
 まだ微妙な距離感は感じるものの、久しぶりに感じる市丸の温もりに、は幸せを噛みしめていた。

 ふと視線を感じて顔を向けると、こちらを見つめる市丸と視線がからんだ。
 月明かりの下で見る市丸は、いつもとは別人のようにも見えて、この幻想的な背景のせいもあり、まるで夢でも見ているようで、目がはなせない。

 市丸の節くれ立った長い指がのあごにかかり、ゆっくりと近付いてきた市丸の唇が、の口をふさいだ。


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