「君、桜咲いたら一緒に見に行こな?」
桜…、もう咲いちゃいましたよ。市丸隊長…。
「なあイヅル…、お花見行かへん?」
「ハ?」
昼下がりの三番隊隊首室。
相変わらずやる気なさげに机に向かう、三番隊隊長、市丸ギンから発せられた、独り言のような呟きに、彼の忠実な部下であるイヅルは、声をひっくり返して振り向いた。
「ハ?て何やねん。お花見行こうて誘っただけやろ」
「はあ………」
気の無い返事をかえしながら、思う。
なんで自分が、この手のかかる上司と勤務時間外まで一緒しなければならないのか…、と。
「………行きたないんか」
「え…、いえ(行きたくないです!)、な、なんでお花見なんですか?しかも僕と…」
そう聞かれて、うーん、と首を捻る。
「ようわからんねんけど、なんや僕、桜が咲くんをめっちゃ楽しみにしてた気がすんねん…」
それを聞いたイヅルは、もしやと、ある事に思い至る。
そして、自分の身(主に胃)の保身の為もありつつ、頭に浮かんだ憶測を口に出してみる事にした。
「もしかして、それって…――」
◇◆◇
「はぁー………」
は、瀞霊廷の長い廊下をとぼとぼと歩きながら、最近癖になりつつある長い溜息をついた。
あれから9日。市丸の消えた記憶は、相変わらず戻る気配はない。
ここ10年間の記憶を失っている市丸にとって、は全く顔も知らない部下で、まして、たかが十二席のと市丸では、今やほとんど接点はなかった。
背の高い市丸にスッポリと抱きすくめられるのは嫌いじゃなかった。…いや、好きだったのだ。あの腕で抱きしめられると安心できた。
そんな温もりを、もう9日も感じていない。
なんだか、初めて出会った頃よりも距離を感じてしまうのは気のせいだろうか?
「別に僕としては、それほど不便は感じてへんねん」
2日前、偶然聞こえてしまった言葉に、頭が真っ白になった。
憶えていないのだから仕方ないのだろうが、自分との時間を完全に否定された気がした。
もう、以前のようには戻れないのだろうか…。
「君」
物思いにふける後ろから声を掛けられ、振り返ると、変わらない笑顔の市丸が立っていた。
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