が本棚の間で本を探していると、ガラッと図書室のドアが開く音が聞こえた。
さすがに三日目ともなると、思わず身体が身構える。
(いや、でも他の人かもしれないし…)
気配を消してじっとしていると、ドアが閉まり、ゆっくりとした足音が室内に響いた。
「…おい、チビスケ。…いねーのか?」
「チビスケじゃない!」
思わぬ呼び名に、ついつい抗議の声を上げながら飛び出してしまった。
そこにはやはり、予想通り流川楓の姿があった。
「…名前、忘れた」
「、だよ」
「…か」
名前を呼ばれた途端、の胸がきゅっと締め付けられる。これが俗に言う「トキメイた」という状況なのだろうか?
呼ばれたのが名字ではなく、下の名前だったから驚いたというのもあるが、何でそんなに良い声なんですか?
などと戸惑っていると、いつの間にか流川はの目の前に立ちはだかっていた。
この熱っぽい視線はもしや…。心なしか流川の視線は、目よりも若干下…、唇の辺りに注がれているような…。
流川の指先に顎をすくわれる。
「…っだ、駄目ー!」
さすがに、三度も同じ失敗はしない。は両手を突き出して後ずさると、流川の手から逃れた。
「………何が駄目、だ。…今更」
「いっ、今更って…!キ、キスって言うのは好きな人とするもので…っ、その…、恋人でもない人に、簡単にしちゃ駄目だと………」
「じゃあ、付き合え」
「………は?」
思わず「どこに?」と聞き返したくなった。いや、話の流れから考えて「恋人になれ」という意味だとはわかるが、まるで買い物にでも付き合えと言うようにアッサリと言い切られた言葉に、の頭は混乱した。
「…え…、何言って………」
は、流川の真意を探ろうと必死で言葉を探すが、その間に流川の目蓋は重く下がり始めていた。
「ねみい………」
そう小さく呟いた流川は、クルリとに背を向けた。
「俺はそこの机で寝る。届かねー本があったら起こせ。…取ってやる」
「は、はい………」
ああ、神様。今まで「マイペース」という言葉を気軽に使っていてごめんなさい…。真のマイペースとは、彼の事を言うのですね………。
気弱なには、マイペース界のエースに逆らう術など有りはしなかった。
「えー!?じゃあ君、ちゃんと断ってないの?」
は、流川と出会ってからの一連の出来事を、同い年のバイト仲間、千代田美春に相談してみた。…もちろん、相手が男であるという部分は端折って。
「う…うん。なんか言いそびれちゃって」
あの後、目を覚ました流川は、明らかに覚醒しきっていない顔でボーっとしていた為、込み入った話を振りづらく、結局付き合う云々の話をできないまま別れてしまったのだ。
「やっぱり、ちゃんと付き合えませんって言わなきゃ駄目なのかな…?」
すると、横で聞いていたパティシエの山田孝信が口を挟んだ。
「もう遅いんじゃないかな?相手は、断られなかったんだからOKなんだ、って思ってるんじゃないか?断るにしても、ちょっと付き合ってみて、嫌な所があったらそれを理由に別れた方が良いと思うな」
「ちょっと付き合ってみて…、ですか?」
「うん。案外付き合ってみたら良い子で、も好きになっちゃうかも知れないし。実際、みたいなタイプはそのくらい積極的な子の方が合ってるんじゃないか?」
「そうなんでしょうか…?」
顎に手を当て、考え込むような仕種を見せたに、山田はポンと軽く背中を叩いた。
「真面目すぎるんだよは。そんな重く考えなくても、軽い気持ちで付き合ってみなって。恋愛なんて、踏み出す前から悩んでたんじゃ何も始まらないぞ?」
「………そう…ですね」
この時は、山田は相手が女の子であるという体で喋っている、という事実を失念していた。
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