天然危険バスケットマン

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「お疲れ様でしたー」
 バイトを終え、店を出たは吹き付ける風にブルッと身震いした。
 秋とはいえ最早冬への移行期間とも言える今は、日が暮れると風は冷たい。日没も早く、辺りはもうすっかり暗くなっていた。ほのかな光を放つ街灯だけが、帰り道を照らす頼りだ。
(明日からマフラーしてこようっ)
 明日になって忘れないようにしっかり心に誓うと、は店の売れ残りで貰ったケーキの箱を抱えて家路を急いだ。
 今日はベルギーチョコレートケーキとベイクドチーズケーキ、ベリームースの3つを貰ってきた。ベリームースは妹の大好物なので自分の口には入らないだろうが、チョコレートとチーズケーキ、今日はどっちを食べようか…。

「おー、ねえちゃん可愛いね〜い」
 突如聞こえた声に我に返ると、向こうから来た酔っ払いがフラフラとに近付いてくる。
(………え?「ねえちゃん」って僕の事!?てゆーか、何でこんな時間から酔っ払いが…!?)
 学ランで女に間違えられるというまさかの事態にが戸惑っている間に、酔っ払いはもう目の前まで迫っていた。
「こんな時間まで遊んでたのか〜?不良娘が〜。そんなに暇ならおじちゃんと遊ぼうよぉ。おじちゃんはお嬢ちゃんの知らない色〜んな遊び知ってるぞ〜?」
「け…、結構ですっ」
「よしよし、結構ってのは良いって意味だよな。どこ行って遊ぶかな〜」
「ちっ…違…!」
 の言葉を、たちの悪いセールスマンよろしく都合良く受け取った男は、強引にの肩を抱き寄せた。酒臭い息が頬にかかる。
「やっ…!離して下さいっ!」
 は、強い力で肩を抱く男の手から逃れようともがいた。
 その時、キキッという自転車の止まる音がすぐ横で響いた。
「オイ…テメェ…、何してやがる…」
 そして頭上から降り注ぐ地を這うような声に、酔っ払いの男は「ヒッ…」と引きつるような声をあげるとから手を離し、ふらつく足で後ずさった。
「流川…君」
 この長身、そしてこの声…。間違えるはずもない。そこに居たのは確かに流川楓だった。
 流川が眼光鋭く睨みつけると、酔っ払いの男はブツブツと何事か吐き捨てながらも怯えたようにどこかへと足早に去って行った。
「流川君…、あの、ありがとう…」
「…こんな時間までバイトか」
「うん…。流川君は、部活?」
「ああ…」
 二人の間に沈黙が流れる。
 気まずいとか何とか言うより、妙にドキドキする。日も落ちた秋の終わりの路上というこの雰囲気のせいだろうか。
「…さみーだろ」
 流川が自分が巻いていたマフラーをの首に回した。
「えっ、そん………」
 マフラーを掛けると同時に唇をかすめ取られ、言いかけた言葉がとぎれる。
 何か言わなきゃと思うのに、何も思い浮かばない。ただ脈拍だけが速くなる。
「後ろ、乗れ」
 自転車の後ろを顎で示して言う流川に、やっとの頭が回りだす。
「え…、でも………」
「…早く」
 が躊躇していると、ケーキの箱を奪われ、自転車の前カゴの鞄の横へと収められる。
「う…うん」
 は下げていた鞄を肩に掛け直すと、流川の後ろに座った。そして少し考えてから、自分が座っている部分の前方を掴む。
「…オイ、あぶねー。ちゃんと掴まれ」
「は、はい…」
 流川に怒られ、おそるおそる腰に腕を回すと、その瞬間、両腕を掴まれグイッと身体を密着された。頬が流川の広い背中に当たる。
「離れんじゃねーぞ」
「うん…」
 鼻腔をくすぐる香りがマフラーからの物なのか、密着した背中から香るものなのか区別はつかなかった。


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