破邪顕正

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 が孫市達と共に趙雲軍に合流してから二十一日が過ぎようとしていた。
 そして、陸遜達が長坂で敗北した事を聞かされたのは、今から十日前。

 は窓から暗い空を見上げた。星は見えない。
「陸遜…」
 今、陸遜はどこでどうしているのか…。それを思うと、どうしようもない苛立ちに、気ばかりが焦った。

 振り返ると、孫市が眠っていたはずの布団から身を起こしていた。
「前にも言ったが、誰一人とっ捕まった奴はいねぇ。それに、連中は散り散りになっちまったらしく、誰がどこに行ったか何もわからねぇんだ。助けに行くにも行きようがねぇ。心配なのはわかるが、気にしすぎるのは良くねえぜ」
「うん…」
「あれだ、こういう時は「知らせが無いのが良い知らせ」ってな」
 孫市のおどけたセリフに、の口元が緩んだ。
「うん、そうだね。…ありがとう」
「この世界じゃ、毎日何が起こるかわからねぇんだ。明日に疲れを残すのは厳禁だぜ。とっとと寝ちまえ。眠れないなら添い寝してやるぜ?」
 そう言って片目をつぶった孫市に、は頬を膨らませた。
「もう、僕はそんなに子供じゃないよ」
 自分の布団に戻ったを見送り、孫市は心の中で溜息をついた。
(確かにな…)
 久しぶりに再会したは、以前とは違う雰囲気をまとっていた。
 それまでは感じた事の無い色気を放っていて、一瞬よく似た別人かと思った程だ。
 そしてその原因はすぐに判明した。が身を寄せていた軍を仕切っていた軍師、陸遜である。
 二人とも必死で押し隠そうとしていたようだが、彼らが互いに強く意識し合っている事は、恋に聡い孫市には一目瞭然だった。
 そして、陸遜との別れを済ませ、孫市達と合流したの瞳は、何事かがあった事を想像させるには十分なほど色っぽかったのだ。
 ここ、趙雲軍の中にも、密かにを狙っている人間は少なくない。
 正直、先程の添い寝の申し出をが断ってくれなかったなら、むしろ孫市の方が焦った事だろう。
の事は、「顔は良いのに色気のない奴」だと思ってたんだがね…)
 孫市は、両腕を頭の後ろで組んで寝転がった。
(「陸遜…」か……)





 徐州の下邳に逃げ込んだ陸遜に、遠呂智軍の大群が迫っているという知らせが入ったのは、それから三日後の事だった。


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