は一本の木に近付くと、その根元に腰を下ろした。
現在の根城がある、ここ長坂は、陸遜達の世界のものらしく、にとっては見慣れない土地だった。
建物の造りも違うため、屋内に居るとなんとなく落ち着かない。
(外に出てしまえば、そんなに違いは感じられないんだけどな…)
木の幹にもたれて空を見上げると、ここが異世界である事を忘れてしまいそうな、澄みきった空が広がっていた。
そういえば、この世界に引き寄せられた日も、こんな風に空を見上げていた。
隣には孫市が居て…。
「…?」
そう、孫市が………。
(えっ………!?)
今の声は…。
「やっぱりじゃねーか。無事だったんだな。…良かった」
「孫…市………?」
幻でも見ているのだろうか…。声のした方向には、孫市と、その後ろに十数人の見知った顔がある。
「嘘…、え?本当に、孫市…?」
「ああ、本当だ。こんな色男、二人といねぇだろ?…っと、積もる話は後だ。ここの反乱軍の頭に会わせてくれねえか?」
「頭…?」
「ちょっと情報を掴んだんだ。この軍にとって重要な情報をな」
「わかった」
は孫市に頷きかけると、陸遜の部屋へと案内するべく、立ち上がった。
「遠呂智軍が長坂に…?」
孫市の話を聞き終えた陸遜は、柳眉を寄せた。
「ああ。孫策、周瑜を中心とした軍団が、ここに向かってる。俺も手助けしてやりたい所だが、これから捕らわれの美女を助けに行かなきゃならないもんでな…」
「いえ、情報を頂けただけで十分です。ありがとうございました」
陸遜が頭を下げると、孫市は隣に立つの肩を引き寄せた。
「いや、こっちこそ俺の仲間を助けてくれてありがとう。は大事なダチなんだ。無事でいてくれて本当に良かった…」
「………っ」
微笑み合う二人を目の前に、陸遜の頭を昨夜のの言葉が過る。
「戦に出て、孫市を探さなきゃ…とか………」
「そう、寂しくて…」
考えたくない事だが、その言葉は陸遜には「陸遜の口付けによって孫市を思い出し、寂しくなった」という意味に聞き取れた。
陸遜の胸が、辛い痛みを訴える。
その時、横で話を聞いていた凌統が口を開いた。
「ちょっと待ってくれ、まさかも連れて行く気かい?」
その言葉に、の身体が強ばる。
「雑賀衆は雑賀衆の中に居てこそ、その力を発揮できる。それに、何よりは俺達の仲間だ。置いて行く理由がないと思うが…」
「俺達にとっても、はもう大事な仲間なんだよ。せめて本人に選―――」
尚も食い下がろうとする凌統を、陸遜が制した。
「仲間が見つかった以上、がここに留まる理由はありません。…それが彼の為です」
「軍師さん…」
陸遜は、気遣わしげな凌統の視線を無視して、に向き直った。
「…、今までありがとうございました。お元気で」
「陸遜………」
何の感情もこもっていないような陸遜の言葉に、はどう返して良いのかわからなかった。
本当にここでお別れなのかも、わからなくなるような陸遜の笑顔…。
(僕は、笑ってさよならなんて言えない…)
陸遜の張り付いたような笑顔と、泣き出しそうなの顔を、孫市は注意深く見つめていた。
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