破邪顕正

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 夜半、は陸遜の私室として使われている部屋の前で立ち止まった。
「陸遜?…あの、だけど…、入ってもいいかな?」
?どうぞ入って下さい」
 すぐに返ってきた返事に、扉を開けると、小首をかしげた陸遜に出迎えられる。
「どうしました?」
 平時と変わらぬ笑顔で問いかけられ、は戸惑った。
 昼間見た陸遜が、具合が悪そうに見えたため、心配になって様子を見に来てみたのだが…。
(気のせいだったのか…?)
 今、目の前に居る陸遜からは、昼間のような様子は垣間見れない。
「あ…、ごめん。今日、ちょっと調子が悪そうに見えた気がして…」
 時刻も時刻だ。何でもないのであれば早く戻ろうと、扉まで後退ろうとした所で、陸遜が大きく溜息をついた。
「見られていましたか…」
「え…、陸遜?」
 突然神妙な顔になった陸遜に力なく腕を握られ、戸惑う。
「ここの所、戦続きだったせいか、疲れが溜まっているようで…」
 これは半分は本当だが、半分は嘘だ。
 戦が続いていたのは事実だし、戦になれば疲労するのも当然だ。
 しかし、陸遜は見た目や年齢に似合わず、戦には慣れている。まだ、それを表に出す程には疲れていなかった。
(何を誤解したのかはわかりませんが、………好機です)

 いつもの笑顔を消し、潤んだ瞳で自分を見つめてくる陸遜に、の胸が締め付けられる。
 陸遜は、軍師として、そしてこの反乱軍の指揮者として、並々ならぬ重圧を抱えているのかも知れない。
「陸遜………」
 そんなに思いつめなくてもいい…、とは言ってあげられない情勢なのが歯がゆかった。そんな言葉は、きっと気休めにすらならない。

 そんな陸遜に、自分がしてあげられる事は…。

「陸遜…、横に…なって」
「え…?…?」










「陸遜、…どうかな?」
「はぁ………、気持ちいいです、…」
「良かった…。孫市…っと、うちの頭領は、これが大好きらしいから…」
「そうなんですか…」
「うん、…本当は、女性の方が良いんだろうけど………」

「そんなことありませんよ。とっても気持ちいいです、の膝」

 陸遜は、の膝枕の上で、うっとりと目を閉じた。

(孫市がよく、疲れた時は女性の膝に抱かれて眠るのが一番だって言って

いたけど、…膝枕ってそんなに気持ちいいんだ………)
 何か少しでも、陸遜の疲れを癒す方法はないかと考えただったが、思いのほか膝枕を気に入った様子の陸遜に、内心驚いていた。
(僕は、戦ではあまり役に立たないし…。こんな事でも、陸遜が喜んでくれるなら………)
 茶色がかった髪を撫ぜるように梳いていると、陸遜から規則正しい呼吸が聞こえてくる。
(あ…、眠った…?………おやすみ、陸遜…)



 どのくらいの時間が経っただろうか。
 このまま朝まで眠らせてしまっては、陸遜が風邪をひいてしまうかも知れない。
 そろそろ起こした方が良いだろうかと思い始めた時…。
…」
「えっ?」
 眠っていると思っていた陸遜から突然声をかけられ、驚いた。
 その声はハッキリと澄んでいて、とても寝起きとは思えない。いつから起きていたのか、始めから眠ってなどいなかったのか…。
は…、こんな事をしていて大丈夫なのですか?」
「え…?」
 質問の意図がわからず聞き返す。
「…では、質問を変えます。あなたは、以前私に口付けられた時、どう思いましたか?」
「…っ!」
 質問の内容と、見上げてくる陸遜の視線に、の頬が紅潮する。
 陸遜はじっとの目を見つめ、答えを待っているようだ。
(ど、どう思ったって…、あの時は…、えぇと………)
 混乱する頭で、必死で記憶の糸を手繰り寄せる。
「戦に出て、孫市を探さなきゃ…とか………」
 いや違う、それはその前に話していた内容であって、陸遜の質問に対する答えとしては食い違う。
(抱きしめられた腕を解かれた時、寂しくなって…)
「そう、寂しくて…」
(陸遜の顔が近付いてきた時は…、とにかく胸が苦しくて…)
「訳が…わからなくて」
 の言葉を聞きながら、陸遜の顔が曇っていく。
「そうですか、わかりました」
 そう言ってから目を逸らした陸遜に、今の言葉で本当に何かわかったのだろうかと疑問に感じるが、これ以上あの時の事を思い出すのは恥ずかしくて、何がわかったのか聞く事はできなかった。

「陸遜は…、どうしてあんな事を…?」
 あの時からずっと気になっていた事…。今聞かなければ、きっともう聞けないと思い、思い切って聞いてみた。

「………さあ、なぜでしょうね?…疲れていたのかも知れません」

「そ…、そう………」
 長い沈黙が流れる。
 気まずくて、何か話題を探すが、遠くを見つめる陸遜の横顔を見ていると、なぜか言葉をかけるのは躊躇われた。

(「疲れていたのかも知れません」………か…)

 何を、期待していたんだろう………。


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