「この軍も、結構人が増えたな」
「ええ、そうですね…」
甘寧の言葉に、陸遜も頷いた。
その視線の先には、と、先日遠呂智軍との戦の中で仲間に迎え入れた長宗我部信親らの姿があった。
陸遜率いる対・遠呂智反乱軍は、戦の情報を得ては、遠呂智と敵対する勢力に力を貸し、順調に仲間を増やしていた。
その中には、と同じ世界から来た者もいて、特に長宗我部信親らとは元々顔見知りだったらしく、最近のは、信親達と一緒にいる事が多くなっていた。
を自軍に連れてきて以来、常にを傍らに置いていた陸遜としては、少しおもしろくない。
こんな訳のわからない世界で顔見知りに会ったのだから、より親しくなるのは当然で、ここで初めて出会った自分よりも話が合うのは当たり前だし仕方がないとわかっているのに、不安で仕様がない。
自分は、が目を開けた瞬間、言いようのない胸のざわめきを感じたというのに、はなんとも思っていないのだろうか。
(口付けは…、拒絶されなかった)
しかしそれも、他に頼れる者がいない寂しさや不安から、拒絶の意思を示せなかっただけかも知れない。
陸遜は、隣に立つ甘寧に気付かれないように小さく溜息をもらすと、自分の心の中を表すような、分厚い雲を見上げた。
(こんな緊急事態のさなかだというのに、何を考えているんでしょうね、私は…)
考えなければならない事は山ほどある。
今ここに周瑜や呂蒙はいない。この軍の運命は陸遜の腕にかかっているのだ。自分の失策一つで、この軍を消滅させてしまいかねない危険性。そしてそれは、の命までも危険に晒してしまう事でもある。
(しっかりしなければ…。余計な事を考えている余裕はありません)
今は、孫呉の皆を救い出す為の策だけを考えなければ…。とわかっているのに、どうしてもの事が頭から離れてくれない。
陸遜は、左手でこめかみを押さえると、考え込むように目を瞑った。
「信親殿は、元親殿に似てきましたね」
の言葉に、信親ははにかんだ笑みを見せた。
「私が父上に…?そうですか?」
「ええ。優しげな目元なんて、そっくりです」
信親、盛親らの父・長宗我部元親は土佐を治める大名で、家臣や一族、そして領民をとても大切にしており、また、戦となれば自ら戦場を駆け「鬼若子」と呼ばれる程の優れた武将だ。
そしてその容姿は、色白で、憂いを帯びた瞳がとても美しく、は初めて元親を遠巻きに見た時、その姿から目が離せなかったのを、今でも憶えている。
「父上…」
信親の弟・盛親が、拳を握り締めた。
この世界に引き寄せられた時、彼らと元親は一緒にはいなかったらしく、未だに元親がどこにどうして居るか、わからないらしい。
「願わくは、父上はこのような世界には来ていなければいいのだが…」
信親の希望を込めた言葉に、もこくんと頷いた。
(あ…れ?)
が視線を横に向けると、現在の根城である建物の軒先で、甘寧の横に佇む陸遜の姿が見えた。
(っ………)
先日の口付けが蘇り、思わず頬が熱くなる。
あれから結構な時が経ったが、未だにあの時の感触は忘れる事ができない。自分の指で触れてみたりもしたが、陸遜に触れられた時の、痺れるような感覚は起きなかった。
(でも…、どうして陸遜はあんな事………)
ふいに、視界の中の陸遜が下を向いたのが見えた。
よく見ると、片手でこめかみ付近を押さえ、眉間に皺を寄せて瞑目しているようだ。
その姿は、まるでなにかの痛みを堪えているようにも見えて…。
(陸遜………?)
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