「、寝ていなくて平気なのですか?」
「うん、ありがとう陸遜。もう大丈夫みたい」
陸遜の軍に拾われて3日も経つと、の身体も、本調子とまではいかないものの、日常の生活に支障はない程には回復していた。
敵の襲撃もなかったのが幸いだった。
「それは鉄砲…でしたね。…何をしているのですか?」
「うん、分解して綺麗に拭いてから、また組み立てるんだ」
の相棒とも言えるこの鉄砲は、陸遜に発見されたが気を失っていながらも、しっかりとその手に握り締めていたとかで、陸遜がと一緒にここまで運んでくれたのだ。
鉄砲無しでは、とても戦で役に立てるような体格を持っていないは、陸遜に大いに感謝した。
鉄砲以外にも弓くらいなら人並みに使えるが、やはり普段使い慣れた武器とは比べ物にならない。
雑賀衆は最強の鉄砲傭兵集団なのだ。「雑賀衆を味方にすれば必ず勝ち、敵にすれば必ず負ける」もまた、雑賀衆の一員である事に誇りを持ち、鉄砲の扱いだけには自信があった。
「ちゃんと、手入れしておかないとね…」
看病の最中に、陸遜から聞かされた話も気にかかる。
仲間の武将や彼らの殿を、遠呂智に捕らえられていると言う陸遜…。話を聞く限り、名のある武将は人質として生きて捕らわれているようだった。
もしかしたら、孫市もどこかで生きているかも知れない。…、いや、きっと生きている。の胸に希望が灯った。
「…」
「ん?」
床に座って鉄砲を磨いていたの隣に膝をついて、その様子を見守っていた陸遜は、真剣な瞳でを見つめた。
「まだ暫らくは…貴方は戦線に出ないで下さい」
「え…、どうして………」
「もっと体力を付けてからじゃないと危険です。しっかりと訓練を積んで、身体が出来てからでなければ、…軍師として、貴方の出陣を許可する事は出来ません」
看病の際、陸遜はの身体を見ている。自分よりずっと筋肉の少ない細い身体…。鉄砲という武器が、弓や弩ほど力を必要とするものではないと聞かされはしても、このような体格で戦場に立つという事自体、陸遜には理解出来ないのかも知れない。
「陸遜…、僕はこの身体でずっと戦ってきた。…確かに、一人ではどこまで役に立てるかわからないけど…、戦場で邪魔になるような事はないと信じてほしい…」
本来、雑賀衆の戦い方は、集団でこそ その威力が発揮されるものなので、一人ではいつもの半分も力を出せないかも知れないが、足手まといにはなるまい。
「お願い、陸遜…。僕も、離れてしまった仲間を探すために戦いたい」
「………」
強い視線でに見つめられ、真剣な話をしている最中だというのに、陸遜は胸の高鳴りを抑える事が出来なかった。
そんな気持ちを落ち着かせるように視線を床に落とし、ふーっと溜息をつくと、もう一度顔を上げてを見つめた。
「わかりました…。その代わり、絶対に私の側を離れないで下さい。いいですか?」
「うん…。ありがとう、陸遜…。心配してくれて………」
陸遜の首に腕を回し、ふわりと抱きつくと、背中に回った陸遜の両の腕がの身体をしっかりと抱き返した。
(陸遜って不思議だ………)
触れているとすごく心地よくて…、胸がドキドキするのにそれが嫌じゃない。ずっとこうしていたいような、でも………。
(あ………)
ふいに身体を離され、妙な寂しさに襲われる。
見上げると、何かを堪えるような表情をした陸遜に顎を捕らえられた。
(え…)
ゆっくりと近付いてくる、まだ幼さを残した美しい顔。
心臓が早鐘を打ち、全身が細かく震えだす。
(り…く………)
陸遜の唇がのそれを掠めた瞬間――
「失礼、…」
「飯だぞー!」
突然開けられた扉から凌統、続いて甘寧の姿が現れる。
「なーんだ、やっぱり陸遜もここに居たかー!にベッタリだな!」
甘寧は気付いていない様だが、扉を開けた凌統には二人の様子は丸見えだったらしく、バツの悪そうな顔をしている。
「チッ…」
(な…、なんか舌打ちみたいのが聞こえた気がするが…、気のせい気のせい。俺は何にも見ていない、何にも聞いてない)
「陸遜も、歳の近い友達ができて良かったなー」
呑気にそんな事を言っている甘寧に、凌統は「あんたは幸せだな…」と、心の中で突っ込んだ。
「じゃあ、いきましょうか」
「う、うん」
何事もなかったように微笑まれ、まだ赤みの差す頬で頷き返す。
陸遜の後について歩き出すが、唇を掠めた感触は、その日いつまでも消える事はなかった。
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