陸遜率いる、反・遠呂智勢力の一員である凌統は、根城のとある一室の前で足を止めた。
「お姫様は目ぇ、覚ましたかい?」
「凌統殿…」
扉を開けた先には陸遜、そしてその横には、先程連れ帰った意識のない青年が横たわっていた。
「いえ…。外傷はそれ程ひどいものはなかったのですが、疲労が大きいようですね」
「そうか…。早いとこ目ぇ覚まして何か胃に入れた方が、回復も早いだろうになあ…」
「そうですね…」
凌統はの顔を覗き込み、何かを考えるように自らの顎を撫ぜた。
「女…、じゃないよなぁ?」
「男性ですよ」
キッパリと言い切った陸遜に、凌統が眉根を寄せる。
「ですよ…って、………見たのか?」
「ええ。傷の手当をして、ついでに身体も拭きましたから」
何の罪悪感もない顔で微笑む陸遜に、凌統の方がなんだか聞いてはいけない事を聞いてしまったような気分になる。
(………ホントに「ついで」かよ…。つーか、女だったらどーすんだ)
「なにか?」
「い…、いや。何でも…」
そうだ。陸遜はただ純粋に親切心で、この綺麗な顔をした青年の身体をくまなく拭いてあげただけなのだ。きっとそうだ。そうなんだ。男性の象徴である部分を見てしまったのも、見ようとして見た訳ではあるまい。多分そう。きっとそう。
凌統は、自身の心の平安の為に、無理やり自分を納得させた。
どこからか人の話し声が聞こえる。
は、なぜだか異常な眠気とだるさを訴える身体を叱咤して、ゆっくりと目蓋を開けた。
「あ…。気が付きましたか?」
「へぇ…、こりゃ一段と………」
自身が横たわる寝台の横には、二人の青年。うち、一人は見覚えがあった。
「あ…、あなたは…」
言いかけて、目の前の青年に出会うまでの出来事を思い出したは、辺りを見渡し、震える身を起こした。
「大丈夫ですか?」
すぐに陸遜が、その身を支える。
「あ…、ほ…他の皆…は………」
の言わんとしている事を察した陸遜は、その秀麗な顔を曇らせた。
「残念ですが………」
「あぁ………っ」
語尾を濁した陸遜の言葉に、その意を得たは、両手で顔を覆って泣き崩れた。
小さな里では、皆が家族のように暮らしていた。
顔を知らない者など一人としていない。一人々々、皆が大切な仲間だったのだ。
夢なら覚めてほしい…。
しかし、今まさに眠りから覚めたばかりのには、この受け入れがたい出来事が、夢ではなく紛れもない現実であると、認めざるを得なかった。
「…とりあえず、何か食べた方がいい。まあ、食欲はないだろうが、少しでも…、な」
そう言い残して凌統が部屋を出て行くのを見送って、陸遜はの震える身体を抱きしめた。
「仲間を失った辛い気持ちはお察しします。…しかし、これからは私たちが貴方の仲間です。だから…、泣かないで下さい」
が涙に濡れた顔を上げると、陸遜は、その瞳に吸い込まれていくような錯覚を感じた。
「私の名は陸伯言。陸遜と呼んで下さい。…貴方の名前を伺ってもよろしいですか?」
「あ…、…です。、と…」
「…、共に生き抜きましょう」
この地獄のような世界で宝物を得たように、陸遜はを抱く腕に力を込めた。
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