もう… だめだ………―――
の体から力が抜けていく。
まるで、物語で聞いた地獄のような風景。鬼のような姿の敵兵…。遠呂智と名乗る、異形の将………。
凄まじい強さだった。
孫市の号令で、皆 散り々々になって逃げたが、戦による疲労と先の見えない不安に、最早逃げ回る足にも限界が近付いていた。
そもそも、一体どこへ逃げているのか…。
このまま走り続けたとて、安全な場所などあるのだろうか。
力尽きるように膝を折ったは、荒い息を吐きながらゆっくりと今来た路を振り返った。
まるで、逃げて来た路を示すように横たわる仲間達の姿。追って来る敵の姿も見えないが、立っている味方もまた、一人もいなかった。
…孫市とも、とうにはぐれてしまった。
もう、正気を保っている事すら辛い…。
の体は、糸の切れた人形のように、地面へと崩れ落ちていった。
◇◆◇
「まだ息があるっ。…意識はありますか?しっかりして下さい!」
聞きなれない声に意識が浮上する。
がゆっくりと目蓋を開けると、目の前には育ちの良さそうな青年が心配そうに自分を覗き込んでいた。
「ああ…、良かった」
味方…?しかし明らかに雑賀衆の者ではない。それに、なんだか見慣れない服を着ているようだ。
(敵だとしても、もう戦えない…動けない)
素性も知れぬ青年に抱き起こされながら、の意識は再び闇へと飲まれていった。
「あっ、大丈夫ですか…?」
一度 目を覚ましたものの、再び意識を失ったを、陸遜は慌てて抱きなおした。
他の生存者を確認していた甘寧が、陸遜の元へとやって来た。
「他はダメだな」
「そうですか…」
「そいつはどうするんだ?敵じゃないとは言い切れないぜ?」
甘寧にあごで示され、陸遜は、血の気を失った顔で小さい呼吸を繰り返すを見つめた。
「少なくとも、あの異形の者達とは違いますし…、このまま放っておく訳にはいきません」
それを聞いた甘寧は、フン、と鼻を鳴らすとニヤリと笑みを浮かべた。
「わかった。俺は陸遜に従うぜ?」
くるりと背を向けると、「だから俺達を勝利に導いてくれよ?軍師さん」と他の仲間の元へと歩いて行く。
「…はい。必ず」
自分に言い聞かせるように呟いた陸遜は、土で汚れたの頬を優しく拭った。
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