さわやかな秋の午後、流れる雲、広い空…。
こんなに大きな風景さえも、所詮は自分の小さな目蓋の切れ間から見えている物に過ぎないのだ。
この小さな眼球が入っているだけの小さな切れ目…。
ここからでは見えない物が、世界には後どれくらいあるのだろう――
「…。こんな所に居たのか。何してんだ?」
「あ、孫市…。空を見てたんだ」
木の根を枕代わりに寝転んでいたは、突如目の前に現れた友人・雑賀孫市の顔に驚くでもなく、ふわりと笑って答えた。
「はあ〜、空ねぇ。相変わらず色気ねぇなぁ。たまには美しい女性に目を奪われた…なぁんて色っぽい話の一つでも聞かせてくれよ」
そう言って、どかっと隣に腰掛けた孫市に、は苦笑した。
「全く、孫市はそればっかりだね」
「あったりまえだろ?それがなかったら、何が楽しい」
悪びれる風もない孫市の言葉に、は少し考えてから首をかしげた。
「うー…ん、僕にはよくわからないな…」
美しい女性を見て感嘆する気持ちはわかるのだが、目の前の男のように、相手が夫持ちであろうと何であろうと後先考えず口説きまわりたくなる気持ちまでは理解できない。
なによりは、齢・18になる未だに、恋の一つもした事がなかった。
恋をすれば、たとえ目の前にどんな障害があったとしても乗り越えようと思うのだろうか。
恋を知れば…。
しかし、自分が恋に溺れる姿など、今のには想像もつかなかった。
「そうだ、今度俺の知り合いの女性を紹介してやろうか?」
と、恋に疎いを心配してか、この歳の離れた友人はよくこういう提案をしてくるのだが、しかし、一度話に乗って着いて行った所、目の前に現れた女性は、「を男にしてやろう」という孫市の意図が見え見えの、明らかに色気を商売にしている女だったのだ。
孫市ならともかく、そんな女性を相手に愛や恋など、
に務まる訳がない。
ありもしない用事を理由に、早々に退出したのだが、孫市はが照れて尻込みしたのだと思ったらしく、それからも度々誘いをかけてくるのだった。
「そういうのはいいよ…。僕はもっと普通に………――」
「…ん?どうした?」
孫市は、言葉の途切れたに問いかけ、その視線の先を追って自分の後方を振り返った。
「な…んだ?ありゃあ………」
その空には、見たこともないような禍々しい色をした雲が奇妙に渦を巻いていた。
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