「な…、なにを言い出すのです、秀吉殿っ」
光秀が慌てた様子で秀吉の発言をたしなめた。光秀同様、誰よりも信長の恐ろしさを知っているはずの秀吉である。そんな事が許されるはずがないのはわかっていようものを…。
「なに、平時であれば許されんじゃろうが、今は事情が事情じゃ。何かしらの理由をつけて誤魔化しゃ、まさか地獄の果てまで二人を追い回したりはせんじゃろ」
「ですが………」
尚も渋る光秀を「なんとかなるじゃろ、儂に任せとけ」と秀吉が宥めるが、としては、秀吉の言葉が「平時であれば地獄の果てまで追いかけられる」とも受け取れて、改めて信長の恐ろしさを思い知った。孫市が毛嫌いするのも頷ける。
「光秀。信長様には、部屋にはも陸遜殿もおらんくて、城内を探したが見つからんかった。と言っておけ。二人が城を出た理由は、儂が明日までに考えておく。…と陸遜殿もそれでええか?」
「はい。お二人には嫌な役をさせてしまって申し訳ありませんが、他に策がありません。よろしくお願いします」
陸遜が深々と頭を下げたのに倣って、も秀吉と光秀にしっかりと頭を下げた。
光秀は、主を謀る行為に加担する事に躊躇いはあったが、内心では心底ホッとしていた。何しろ、今夜の不寝番は他ならぬ光秀だったのだ。おそらく陸遜と好き合っているであろう目の前の青年が信長に犯される声を、襖一枚隔てた場所でずっと聞いていなければならないかと思うと、ここに来るまでの足は重く感じて仕方がなかったのだ。
「わかりました。私も微力ながらご協力します」
光秀は、意を決して二人に微笑んだ。
「この辺りで少し休みましょう」
陸遜は、木々の密集した茂みに入ると、秀吉から譲り受けた馬の背を降りた。
馬まで世話をしてもらうのは心苦しくもあったので一度は遠慮したのだが、元々その馬は信長の軍で陸遜とが二人で使っていた馬だったので、いなくなっても誰も気付かないだろうと言われ、その言葉に甘える事にした。
織田軍での陸遜とは、光秀の助言により馬を使って二人一組で出陣する事が多かった。は遠くの弓兵などを優先的に倒してくれたので、陸遜は手近な敵に集中できたし、何より戦場で誰に咎められる事もなく、ここまで密着していられる方法は他に無いだろう。
馬の手綱を木に結んだ二人は、少し離れた木の根元に腰を下ろした。
「少し眠った方がいい」
「うん…。陸遜、寒くない?」
「温めてくれますか?」
悪戯っぽく問いかけると、一瞬躊躇いを見せたが、陸遜の腰を包み込むように抱きついてきた。露出した腹部を覆う作戦らしい。
の可愛らしい行動に頬を緩めた陸遜は、の肩を抱き寄せ、その頭に頬をすり寄せた。本当なら今頃は…、と考えると信長に恨み言の一つも言いたくなってくるが、起こってしまった事は仕方がない。はこうしてここに居るのだし、身体を重ねる機会は、またいくらでもあるだろう。
「秀吉殿の情報によると、孫市殿は伊達政宗を討つために街亭に向かったという事でしたね。趙雲軍の本体も、そう遠くない場所に居るでしょう。…たとえ討伐を終えて街亭を後にしていたとしても、今までの位置関係から見て、その後は虎牢関の方角に向かうはずです」
「うん。…早めに合流できると良いけど………」
「大丈夫ですよ。孫市殿と秀吉殿は頻繁に連絡を取り合っているようですし、万が一上手く合流できなかったとしても、秀吉殿から連絡を受けた孫市殿が捜索を出してくれるでしょう」
「…そうだね」
「ええ…」
二人きりの逃避行というのも悪くはないが、現実問題として敵軍と遭遇してしまうと逃げる以外の道はない。趙雲軍という大きな軍勢の近くには、敵軍も集まりやすい。街亭で合流できなければ、敵に遭遇する危険は一気に増す事になる。
(こればかりは、運に任せるしかありません)
とにかく今は、眠れる時に少しでも眠っておかなければ。
陸遜は、を抱き寄せたまま目を閉じた。
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