「夜…伽………?」
の身体から血の気が引いていく。ふらりと揺らいだ肩を、陸遜が後ろから支えた。
「それは、お断りできないのですか?」
陸遜の問いに、光秀は渋い顔でゆっくりと首を振った。
「本来ならば、殿は織田家の家臣ではありません。しかし、今の状況では…」
今は明らかな緊急事態であり、誰がどこの所属かなど、あって無いに等しい。信長に拾われたと陸遜は、現在織田軍の人間という事になってしまう。
陸遜は唇を噛んだ。との再会に喜ぶ余り、信長がをそのような目で見ていた事に気付けなかった自分が疎ましい。自分がしっかりと目を配っていれば気付けたかも知れない。早めに察知できていればこのような事態になる前に何らかの手段を講じる事も出来たはずだった。
(私がついていながら…)
陸遜は、の肩を握る手に力を込めた。
「わかりました。…は今、体調が優れないようですので、私が行きます」
「陸遜っ…」
「大丈夫ですよ、貴方は先に休んでいて下さい」
陸遜は涙ぐむに、安心させるように微笑んだ。そっと肩を撫で、を後ろに下がらせると、自分が光秀の正面に立つ。
陸遜は受身の経験こそはなかったが、性行為自体は初めてではない。いや、年齢の割には慣れていると言ってもいい。
明らかに行為に慣れていないに比べれば、処世術の一つとして割り切る事は容易だった。
何より、自分以外の男がに触れるのは耐えられない。
「光秀殿、宜しいですよね?」
「………私では判断できませんので、信長様に掛け合ってみましょう」
「お願いします」
の体調が悪いというのが嘘だという事は光秀にもわかったが光秀はあえてそこには触れなかった。
一歩下がった光秀に続いて陸遜が部屋を出ようとすると、後ろからクッと袖を引かれた。
「…」
陸遜はの手を外そうと、そっと自分の手を重ねた。
「嫌だ…っ」
しかしは、益々離すまいと服の袖を掴む手に力を込めた。
「、大丈夫ですから…」
「嫌だっ、陸遜が…、陸遜が、そんな…、そんなの嫌だよっ。だったら僕が…、陸遜を行かせるくらいなら、僕が行く…っ」
の瞳に溜まった涙が、つうと頬に流れた。自分が、を他人に触れさせたくないと思うのと同じように、もまた陸遜の事を大切に思っているのだと思うと、陸遜の胸は熱く締め付けられた。
「…」
その時、廊下の向こうから一人の影が近付いてきた。
「おっ、なんじゃ〜?何かあったんか?」
「秀吉殿…」
緊張感のない声で頭を掻きながら現れた秀吉によって、その場の空気が一気に変わった。
「光秀は今晩、不寝番だったじゃろ。こんな所で何しとるんじゃ?」
「ええ、それが…」
言い辛そうに睫毛を伏せた光秀に、秀吉は納得がいった様に二度軽く頷いた。
「は〜ん、夜伽の命でも下ったか。か?陸遜殿か?」
「殿です…」
「あちゃ〜、そりゃいかん!孫市に怒られちまう!」
秀吉は、わざとらしくおでこに手をあてると、天井を仰いだ。
「陸遜殿が代わりに行くと仰ったんですが…」
言いながら、光秀はちらりとに視線を向けた。白い頬を伝う涙が痛々しい。
「よしよし、泣くな」
秀吉はおどけた顔でを覗き込むと、宥めるように頭を撫ぜた。
「陸遜殿が代わりに行くなんて事になったら、も余計に辛いじゃろ。行かせとぉないんじゃな?」
は真っ赤な目で涙を堪えて頷いた。
その様子を、光秀と陸遜は黙って見守った。秀吉は一体、どうするつもりなのだろうか。
光秀としても、初めから印象の良かったを、こんな風に泣かせるのは忍びない。しかし、主の命令であるだけにどうしようもないというのが現状なのだ。
秀吉には何か策があるのだろうか…。
「しょうがないの、二人は今からこの城を出たらええ」
秀吉が軽い調子で放った一言に、三人は耳を疑った。
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