破邪顕正
17
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「一足遅かったようですね…」



 二人が街亭にたどり着いた時、そこに趙雲軍の姿は既になかった。
 想定内の事ではあったが、出来れば現実になってほしくなかった予想が当たってしまった。
「陸遜…」
 が不安げな瞳で見上げてくる。
「大丈夫ですよ。大群では、そう早い移動は出来ません。敵軍にも狙われているでしょうから、必ずどこかで足止めも食うでしょう。虎牢関までには合流できますよ」
 自分達が敵軍に見つからなければ…。
 不安要素は心の中でつぶやいた。
 しかし、陸遜が言葉にしなかった不安にも気付いているのか、「うん…」と言って微笑んだその表情は、どこか晴れなかった。

「…誰かと思えば、…か」
 背後から響いた声に、陸遜とが同時に振り返る。
 二人から10m程離れた位置に、腕組みをして立つ石田三成の姿があった。
「三成殿…」
 三成といえば秀吉の右腕…。秀吉は孫市に会いに雑賀を訪れる際、三成を無理やり連れてくる事があり、はよく、酔っ払って盛り上がる秀吉と孫市を尻目に、三成の愚痴を聞かされたものだった。
 陸遜と供に織田軍に身を寄せていた頃、三成の姿が見えない事に気付いてはいたが、まさかこんな所で会おうとは…。
「こんな所にお一人で…。私達は先日まで秀吉殿と………」
 三成に歩み寄ろうと踏み出したの腕を、陸遜が思いがけず強い力で引き止めた。
、安易に近付いてはいけません」
「え…、でも三成殿は…」
 「敵ではない」と、続けようとしたの言葉は、三成の「フンッ」という嘲笑で遮られた。
「一人…、だと思うか?」
 三成のその言葉を合図にしたように、物影から一人、二人と青白い肌の兵士が姿を現す。その異形の兵はにも見覚えがあった。
「え………」
 の顔から表情が消える。
「捕らえろ」
 三成の命令に従い、数十人の遠呂智兵が二人に向かい走り出す。
 陸遜は素早く馬の背に跨ると、を馬上に引き上げた。
!飛ばします。しっかりつかまって下さい!」
 は無言のまま、震える指で陸遜の腰にぎゅっとしがみ付いた。



「おい!こっちだ!!」
 しばらく馬を走らせていると、見知らぬ集団に出会った。どうやら二人を助けてくれるつもりらしく、そろそろ馬の消耗が限界に近付いていた事もあり、陸遜は有り難くその一団に紛れ込んだ。
「俺の名は宮本武蔵!死にたい奴はかかって来い!」
 武蔵と名乗る青年が怒声をあげると、二人を追って来ていた三成が一団と距離をとって馬を止めた。その目は武蔵を通り過ぎ、まっすぐにを見ていた。
「フン…、さすがにこの数では分が悪い。…引くぞ」
 三成は、最後に陸遜と一瞬目を合わせた後、配下の遠呂智兵を率いて去って行った。

…、大丈夫ですか?」
 陸遜は先に馬を降りると、未だ混乱の収まらないを丁寧に馬上から抱き降ろした。そのままが首に抱きついてくる。
「どうして…」
 が小さくつぶやいた。
 三成は口も態度も悪いが、決して悪人ではない。その言動から誤解を受ける事も多く、敵を作りやすい性格ではあったが、本心では誰よりも世の平和を願っていたはずで、遠呂智に賛同するなど考えられない。
 しかし先程の三成は、明らかに遠呂智の兵士を配下として使役していて…。自分達を「捕らえろ」…と。
…」
 陸遜は、強くしがみ付いてくるを包み込むように優しく抱きしめた。



を逃したのは惜しいな。…あれは側に置いておくのに丁度良い。随分と愚痴も溜まっているしな。………それに…」
 三成は、撤退する馬上で揺られながら端正な口元に笑みを浮かべた。
「一緒にいた男は、良い手駒になりそうだ」


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