は静かに馬を降りると、茂みに隠れて前方の様子を伺った。
少し離れた所に詰所があり、そのすぐ近くには平塚為広、笠原政堯らの姿があった。そしてその後方にはもう一つの詰所が見える。
平塚、笠原が遠呂智に組しているという情報は既に孫市に聞かされていた。つまりはここから見える二つの詰所は遠呂智軍の詰所という事になる。
(強引に馬で突っ切るか…)
しかし、この下邳のどこに陸遜がいるのかわからない常態で下手に目立つ動きをするのは危険だ。孫市の情報に間違いがなければ、近くに織田信長の軍がいるはずだった。まずは織田軍の人間を探すのが先決だろう。
は馬の首を撫で、そっと今来た方角を戻るよう促した。一瞬、どこかに繋いでおこうかとも思ったが、万が一、自分がこの場所に戻る事が出来なかった場合、馬に気の毒な事になってしまう為、この世界では貴重な存在だったが手放す事に決めた。
よく馴れた馬であれば、呼べばまた戻って来るであろうが、とこの馬では、まだそこまでの信頼関係は築けていなかった。
(ここまでありがとう)
労いと感謝の思いを込め、去り行く馬の後姿を見送ったその時、背後を馬の蹄の音が通り過ぎた。
敵に発見されたかと身構えるが、馬上の人物は刀を翻しながら真直ぐに平塚、笠原らに向かって行く。
(あれは…、明智光秀!)
も雑賀衆の一員として参加した戦場で何度か目にしてきたが、流れるような動作で敵を蹴散らしてゆくその男の姿は、相変わらず見惚れるほどの見事さだった。
光秀が無駄のない動きで平塚、笠原、そして二つの拠点を制圧した所で我に返ったは、茂みから飛び出した。
「光秀殿!」
「!!…雑賀衆………?」
「貴方は織田軍の方ですね!陸遜は…、陸遜はどこに居るのですか!?」
一瞬驚いて刀を向けた光秀だったが、切っ先を向けられている事にも気付いていないように陸遜の居所を尋ねるの様子に、訝しげに眉根を寄せた。
「貴方は?」
「ああ、申し訳ありません。私は雑賀衆の。陸遜に命を救われ、先日まで陸遜軍で世話になっていました」
の言葉に納得がいったように、光秀が軽く頷いた。
「なるほど、そういう事ですか。…丁度いい、私の後ろにお乗りなさい」
「え…?」
「私は今より陸遜殿救出のため本陣を離れた所です。援護射撃をお願いします。」
見たところ敵の間者のようにも見えない。いや、間者は間者のように見えないからこそ間者たりえるのであって、明らかに間者のように見える間者など存在しないのだが、それにしてもは光秀から見て敵の間者と考えるには異質すぎた。彼は目立ちすぎるのだ。
早い話が、二・三度見た程度では顔を憶えられないくらいの容姿が、間者としては適任だと光秀は考えている。
(このように美しい青年では、一度見たら忘れまい)
「はい、ありがとうございます!」
そのような事を光秀が考えているとは露も知らないは、顔を綻ばせて勢いよく頷いた。
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