外はすっかり日が暮れ、田舎の夜の暗さに少し驚く。
月がなければ本当に真の闇だ。
あと数日で満月になるという少し歪んだ丸い月を見上げた後、
僕達は何となく駅の方に向かって歩き出した。
同じ雪駄を履いている筈なのに、ペタペタと音をさせてしまう僕と
颯爽と歩くシュウさん。
同じ男なのに、どうしてこんなに違うんだろ。
少し前を歩く、その大きな背中を見詰めながら、ふぅ〜、と小さく
溜め息をつく。
するとそれを耳聡く聞きつけたシュウさんが立ち止まって振り返った。
「どうしました?歩くのが少し早過ぎましたか?」
どこまでも優しいシュウさんに、僕は苦笑しながら首を横に振った。
「ん〜ん、そうじゃなくて。やっぱりシュウさんってカッコいいなって。」
『?』という顔をしている。
「僕はちっちゃくてやせっぽちで、おまけに顔もこんなんだから、
よく女の子に間違われるんですよ。
だからシュウさんみたいに男らしくてカッコいい人に
憧れちゃいます。」
僕が自嘲気味にそう笑うと、
シュウさんが怖くなる位真剣な眼差しで僕の目を見詰めた。
「ユヅキさんは純粋でまっすぐな心の持ち主です。
それに溢れる程の才能も。
その華奢な体で、どうやったらあんなに力強い絵が描けるのだろうと
思わせる位。
それなのに恥ずかしがり屋で純真で、可愛らしい。
私の方が貴方に憧れますよ。」
そんな事を言われたのは生まれて初めてだった。
僕は嬉しさと照れ臭さで、ありがとう、と小さく言った後思わず
下を向いてしまう。
そんな僕に気を使ってくれたのか、
もう少し歩きましょうか、と今度は僕の隣を歩き始めた。
そのまま僕達はしばらく歩き、シュウさんはこの辺りの地形や
気候など、様々な話を聞かせてくれた。
とても話題が豊富で、その上話が上手ですごく面白い。
いつの間にか話に夢中になっていた僕は、
足元に転がっていた石に気付かなかった。
「わっ!」
思わず転びそうになった僕を、シュウさんが抱き止めてくれる。
「……ご、ごめんなさい。」
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
慌てて離れようとするが、シュウさんはそのまま離してくれようと
しない。
「あ、あの……」
もう大丈夫ですから、と続けようとした僕の台詞をシュウさんが
静かに遮る。
「……ユヅキさんは、一目惚れってどう思います?」
突然言われた言葉に僕が混乱していると、
シュウさんはそのまま僕を優しく抱きしめ、月を見上げた。
「若い頃は様々な方とお付き合いもしましたし、色々遊んだりも
しました。
でも、この歳に到るまで一度も本気で誰かを愛した事はない。
だからましてや一目惚れなんて嘘だと、ずっとそう思っていました。
でも……」
と言った後、シュウさんの顔を見上げる僕に、痛いほど切なげな
視線を向けてくる。
「貴方の絵を見た時、そこから溢れ出てくる貴方の自我に、
心を奪われたのは事実です。
だけど、実はあの時ユヅキさんが描いてくれていた
私の絵が見えてしまいまして。」
……わ。見えちゃってたんだ……
僕は恥ずかしくて真っ赤になってしまう。
「私がいない場所でユヅキさんが私の事を思い出してくれていたと
思った瞬間、気がついたら抱きしめていました。
嬉しくて愛しくて堪らなくなった。
でも、それだけじゃない。
貴方の笑った顔、困った顔、恥ずかしがる顔、どれも全て
もっともっと見たいと思う。
貴方と出会った時から私の中に燻るこの気持ち……
本当に一瞬で恋に落ちたとしか思えない……」