いきなりの事に驚いた僕は身動きする事が出来なかった。
しばらくそうしたままで、シュウさんは何も言わない。
僕はどんどん早くなる鼓動を抑える事が出来ないまま、
ただシュウさんが動くのを待っていた。
……一体どれ位経ったのか。
10分かもしれないし1秒かもしれない。
時が止まったように感じた僕には正確な時間はわからなかった。
でも程なくしてシュウさんの腕が離れていく。
それを少し寂しく思いながら、僕はゆっくり後ろを振り返った。


シュウさんはいつの間にか僕と同じ膝立ちになり、
下を向きながら顔を逸らしている。
そうして少し肩を震わせた後、僕に視線を向け

「……驚かせてしまって申し訳ありません。
 私は少しどうかしているようですね。」

と、切なそうに微笑んだ。
でも次の瞬間には元通りのシュウさんに戻り

「さぁ、ご飯が冷めてしまいます。早く行きましょう。」

と言って、僕の手を取り立ち上がらせた。

「今日は久々のお客様ですから、腕によりをかけて作りましたよ。
 期待してくださいね?」

混じり気のない笑顔を僕に向け、僕達は夕食を食べる為に
本館に向かった。


あの抱擁が何だったのか、それはわからない。
きっとシュウさんは聞いても答えてはくれないだろう。
あの切なげな微笑を見た時に何故かそう思った。
それならば、と僕は思う。話してもらえる存在に自分がなればいい。
……今日初めて会ったばかりの人に、何故こんなに拘るのか、
僕自身にもわからないけど。
ただ確かな事は。
僕はシュウさんに笑っていて欲しいと思ってる事。
あんな切なそうな顔をさせたくないと思う。
そう思う気持ちが何なのか、それはわからないけれど……


「知り合い達が色々食材を送ってくれるんですよ。
 こんな田舎で不自由しているのだろうと、気を使ってくれて
 いるのでしょうね。」

そう言って笑うシュウさんが作った夕食は、
期待してください、と言っていただけあって本当に
素晴らしいものだった。
これだけの料理を一人で作るなんて凄すぎる。
料理が(も?)全然ダメな僕はただただ感心するだけだ。
その後シュウさんは、一人で食べたくないと言い張る僕に
苦笑しながらも、一緒に食卓についてくれた。
中でも自分で取りに行ったという、山菜を使った炊き込みご飯は
絶品だった。
僕達は他愛もない話をしながら次々と料理を食べ、
少食な僕にしては珍しく、全てを食べきってしまった。


「あ〜、お腹いっぱい!シュウさん、料理上手過ぎですよ〜。
 こんな料理を1週間も食べ続けたら、僕思いっきり
 太っちゃいますぅ〜。」

元々お酒が強くない僕は、知り合いが送ってくれたという
おいしい日本酒をお猪口に2杯呑み、
すっかりほろ酔い気分でその場に大の字に寝転がった。
そんな僕を見て、シュウさんはクスクス笑う。

「お褒めいただいてありがとうございます。
 腹ごなしと酔い覚ましに、少し散歩でもしましょうか?」

僕よりも遥かに沢山呑んでいるはずなのに、顔色一つ変えていない。

「ん〜、それイイ考えです〜。」

僕がそう言うと、シュウさんはゆっくりと僕の手を引いて
立ち上がらせてくれた。