6畳一間で確かにそんなに広くはないのだけど、昔ながらの
雪見障子や杉の雨戸がしつらえられ、しっとりとした情緒に
溢れていた。
いかにも「隠れ家」という雰囲気で、又来たくなる気持ちが
よくわかる。
開け放たれた障子の先には手入れの行き届いた前庭が見え、
先程歩いてきた打ち水をされた石畳も見える。
落ち着きのある佇まいで、その上広すぎないおかげで気楽に
過ごせそうな空間。
「……本当に素晴らしい所ですね……」
思わずもれた僕の言葉に
「ありがとうございます。気に入っていただけたようでホッとしました。」
と微笑んでくれた。
本当にシュウさんの人柄をそのまま表しているような気がした。
その後シュウさんの後について色々部屋の説明を聞かせてもらう。
そして最後に
「普段はこの部屋にも内風呂と露天風呂があるのですが、
申し訳ない事に宿の休み期間はお湯を止めてしまっているんです。
お手数ですが、本館の方でお入りいただいて構いませんか?」
と申し訳なさそうに言われた。僕が慌てて
「もちろんです。僕の方がご迷惑かけてるんですから、
そんなのは気にしないで下さい!」
と言うと、お風呂に入る時はいつでも遠慮なく声をかけてくださいね、と
笑った。
その後シュウさんは、夕食の支度をするから、と本館に戻って行った。
僕は一旦荷物の整理をした後お風呂に入らせてもらった。
お風呂自体は大きくはないものの、露天風呂から見える景色は
最高だった。
お風呂に準備されていた浴衣を来てすっかりリラックスした僕は、
その後、昼間描いたスケッチを分類し、シュウさんの表情や動きを
思い出しながら絵を描いて過ごした。
日も暮れ始めた頃、コンコンと引き戸を叩く音がした。
僕が出て行くと、夕食の用意が出来ましたから、と迎えに
来てくれていた。
慌てて中に戻り、先程書いていたシュウさんの絵を、
テーブルの上に散らばっていたスケッチの下に隠し終わった時、
「……やはりユヅキさんは本物の創り手なんですね。」
と突然すぐ後から声がした。
僕はそのままの姿勢でピキーンと固まる。
だって、立ち膝でテーブルの上を片付けていた僕に、
背後から覆い被さる様にしてシュウさんが腰を屈めて
立っていたんだから!
今までの19年間でこんなに人と近くで接した事はない。
(もちろん満員電車とかは抜かしてだけど)
たった2回だけど、告白されて女の子と付き合った事もある。
でも奥手で口下手の僕は自分から手を繋ぐのが精一杯で、
結局痺れを切らした女の子の方から去って行った。
だから今時19歳にもなってキスもした事がない。
そんな僕が、いきなりモデルのような人にすぐ近くにいられたら、
性別関係なくドキドキしてもおかしくないでしょう?
でも、そんな邪な思いを抱いている僕とは違い、
シュウさんはあくまでも冷静に僕のスケッチを眺めていた。
確かにシュウさんみたいな格好いい人なら
今まで沢山の女性と付き合ってきたんだろうし、
別にこれぐらいの接近はどうって事ないんだろうな。
そう思って、何故か少し痛む心は気付かない振りをした。
「……昼間色んな物を見て、何か感じる所はありましたか?」
静かにそう聴いて来るシュウさんに、
僕はドキドキする心臓を気付かれないよう注意しながら、
正直に答えた。
「……最初は見る物全てにただ目を奪われ続けるだけでした。
でもいつの間にか線路の上に座り込んでスケッチを描いていて。
その内電車の音がしたので、そろそろやめようと
ここに来たんですけど。」
そう言い終ってから、テーブルの上に載っていた一枚のスケッチを
取って見せた。
それはあの線路脇で見かけた露草の絵。
一枚の紙に、最初に見た元気に咲いている姿と
最後に見たしおれている姿、両方を描き止めてあった。
「人間より遥かに悠久の時を刻んでいて、
いつも同じ姿でそこにあると思っていた自然が、
実は少しずつ変化をしていて、少しも同じではないって
強く感じました。
でも、そうやって常に変わり続けているにも関わらず、
僕達に与える安堵感は変わらない。
その強さってすごいなって。
そしてその少しずつ移り変わっていく様を
少しでも描けたらいいなって思いました。」
たどたどしいながら、今の精一杯の気持ちを伝えた。
……少しの間沈黙が続き、
どうしよう、何か拙い事言っちゃったかな、と思っていた時。
ふわっと後ろから抱きすくめられた。