控え室に戻り、小野さんはちょっと待ってて、と言って
中山さんとシュウさんをソファに座らせる。
小野さんの強引さを知っているので、すっかり観念した僕は
ソファの斜め横に置いてあったパイプ椅子に座った。
小野さんがその辺をガタガタと片付けている間
僕は黙ってソファに座っている二人を観察する。
タイプは違うが、二人ともカッコいいと言う点は同じだ。
変装しているいないに関わらず、精悍な顔立ちのシュウさんに比べ、
中山さんは人懐っこそうな柔和な顔立ち。
小学校からの付き合いという事は、きっと歳は同じ37歳なんだろう。
背はシュウさんの方が少し高かったかも。
仕事だったのだろう二人は、中山さんはライトブラウン、
シュウさんはブラックの生地にブルーストライプが入っている
相変わらず高そうなスーツを着ていた。
実は僕も今日はお気に入りのベージュのスーツを着て来たんだけど
2人の前ではまるで七五三みたいだった。
……まあ、この二人と比較しようという事自体が無理なんだけどね。
そんな事をつらつらと考えているうちに小野さんが片付け終わった
らしく、カバーをかけたままの僕の絵を、二人の前にあるテーブルの
上に載せた。
テーブルを挟んで二人の向かいに立った小野さんが
「この絵を見たら驚くよ。でもきっと二人とも違う意味でね。」
意味深にそう言って、一気にカバーを外した。
二人とも見た瞬間に身を乗り出したまま、固まっている。
……だから嫌だったのに……
僕は気まずくて下を向いてしまう。
だってそこに描いてあるのは、あの村の線路の上を、真っ黒な
長い髪のシュウさんと僕が手を繋いで歩いている姿なんだから。
「コウイチ君、色々聞きたい事があると思うけど、
後で話してあげるから待っててくれるかい?」
小野さんがそう言うと、中山さんは黙ったまま頷いた。
そして今度は固まったままのシュウさんに話しかけた。
「シュウ君、ユヅキ君がこの絵を描き始めたのは6年前なんだよ。」
その言葉にシュウさんは目を丸くして小野さんの方を見上げた。
そう、僕がこの絵を描き始めたのは6年前。
そしてシュウさんと再会して東京に戻った後、僕はこの絵の話を
小野さんにした。
ずっと心配をしてくれていた小野さんには
何もかも包み隠さず正直に話そうと思ったから。
「僕がこの絵の存在を知ったのは5日前。
ユヅキ君が君の所から帰ってきた日に見せてくれた。
でも、その時にはまだ色が入ってなくてね。
下絵を描くのに丸6年、
色を入れる為にユヅキ君はここ5日間ほぼ徹夜だったんだ。」
……中山さんとシュウさんの視線が僕に向く。
その視線が気まずくて、僕は更に下を向いてしまった。
「6年前、君と別れた直後からユヅキ君はこの絵を描き始めた。
この絵を描き続けている間は、
シュウ君が自分を待っていてくれるんじゃないかと思ったらしい。
最初はシュウ君だけの絵だったそうだが、時間が経つにつれ
自分とシュウ君が一緒に前を向いて歩いていく姿を
描きたくなったそうだよ。」
……まさか小野さんにしたそんな話をシュウさんにされると
思ってなかったので、僕はいたたまれなくなってしまう。
「君がいなくて寂しくても、精一杯自分に出来るだけの事をしようと
努力を続け、こうやって個展が開けるようになるだけの
実力も身につけた。
そして君と再会して、やっとこの絵に色付けをする
勇気が出たんだ。」
そこまで話し終えて、今度は僕に語りかける。
「ユヅキ君、僕もうちの奴も君と出会えた事を誇りに思っているよ。
本当の息子のように僕達夫婦を慕ってくれて、心から感謝している。
そしてその息子がここまで愛せる人物を見つけたんだから、
何があっても応援していくからね。」
僕は顔を上げて、どこまでも僕を守ってくれようとする
その慈愛に満ちた実父のような小野さんの目を見詰め、
溢れる涙はそのままに、うん、うん、と頷いた。
「……シュウ君、君に出した2つの条件はクリアしました。
ユヅキ君が本当に君を望んでいる事も良くわかってます。
だから僕達夫婦は君達を全身全霊で応援します。
でも、君と付き合う事でユヅキ君が苦しんで不幸になるとしたら、
君を絶対許さないって言った言葉、忘れないでくださいよ?」
「……もちろんです。私もユヅキさんを心から望んでいますから。」
そんなシュウさんの答えに、うん、と嬉しそうに頷いて
小野さんは中山さんを連れて控え室を出て行った。