小野さんが知り合いを見つけて話し込んでしまったので
僕は一人で展示室に入っていった。直後
「やあ。丁度仕事が一段落したから、早速見に来させてもらったよ。」
とニコニコ笑いながら話しかけてきたのは
中山紘一(ナカヤマコウイチ)さんという男性。
何を隠そう、僕の絵を買ってくれたお客さん第1号だ。
歳はシュウさんと同じ位だろうか。
小野さんの知り合いで、雇われ社長をしていると、本人が笑って
話してくれた事がある。
何かにつけて連絡をくれては僕の絵を見に来てくれ、ダメな所はダメと
きちんと指摘してくれるし、気に入ると手放しで誉めてくれるという
そのはっきりした性格に、僕は結構好感を持っていた。
「中山さん、わざわざありがとうございます。
もう絵は見ていただけましたか?」
と僕が聞くと、
「今日は悪友を連れて来たから、ユヅキ君に
案内してもらえないかと思ってね。」
とさりげなく僕の肩を抱く。
本人に全然悪気はないしとってもいい人なんだけど、
正直こういう所はちょっと苦手かも。
赤くなって下を向いている僕にはお構い無しに、中山さんは僕の肩を
抱いたままどんどんロビーに向かって歩き、あぁいたいた、と言った。
その言葉にふと顔を上げると、痛い程の視線が僕に向けられている。
……シュ、シュウさん……
東京に戻ってきてから僕達はお互いに忙しくて、
電話では毎日連絡を取り合っていたけど、一度も会っていなかった。
個展を見に来てくれるとは言っていたものの、来る日は聞いて
いなかったのでいつ会えるかとドキドキして待ってたのに、まさか
こんな形で会うなんて……
立ち止まった僕達の所に、銀縁眼鏡、茶色い髪、茶色い目の
シュウさんが歩いて来た。
「ユヅキ君、僕の小学校からの悪友で、葛城宗。
シュウ、この人が前から話してた木下柚月君だよ。」
中山さんがそう紹介すると、シュウさんは握手の為に
手を伸ばしてきた。
中山さんは未だに僕の肩を離してくれない。
「初めまして、木下さん。」
口元は微笑んでいるが、目はちっとも笑ってない。
初めまして、と小さい声で返すが、
握手をしている手が必要以上に強く握られている。
……こ、怖い……
僕は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
中山さんに促されるまま、僕達はロビーのソファに座った。
何故か僕の隣に中山さん、そして向かいに座ったシュウさんが
不機嫌そうに僕を見ている。
……どうしよ。怒ってるよ〜。
シュウさんの視線が痛くて、僕は思わず下を向いてしまう。
「俺が言っていた通りユヅキ君って可愛いだろ〜?」
「……」
「俺が持ってるのをお前に何枚か見せたけど、
こんな可愛い顔してあんな絵を描くなんてすごいよな?」
「……あぁ。」
シュウさんが言っていた、僕の絵を見せてもらった知人って
中山さんの事だったんだ……
それにしても、中山さんってシュウさんの機嫌が悪い事に
気がついてないのかな?
それとも付き合いが長いから平気なのかな?
僕がそんな事を思いながら、チラッとシュウさんの方を見ると
「ユヅキ君、こいつの態度が悪いのは気にしないでやって。
何で機嫌悪いのかわかんないけど、シュウは昔から怒りが
長続きしないから。
普段はこんな奴じゃないから安心してね。」
と中山さんは安心させるように僕に笑いかけ、ポンポンと
僕の膝を軽く叩く。
……シュウさんの目が釣り上がった気がする……
「あ、あの……」
何とかこの場から逃げ出そうと僕が声を出した途端、
それをシュウさんの声が遮る。
「……木下さん、お手洗いに案内してもらえませんか?」
「え…あ、はい!どうぞ、こちらです。」
そう言って僕が立ち上がると
「コウ、木下さんを借りるよ。」
とシュウさんが中山さんに告げ、僕達は、ごゆっくり、という
中山さんの声を後にした。